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クラッキング・ウィザード



『決闘! 《幻想七星剣》!』







「あなたたち」
 エーレフォーアは、噛み潰した苦虫をうっかり呑み込んでしまったような、憤懣と消沈がない交ぜになった表情で、目の前の少年と少女に命じた。
「そこにお直んなさい!」
 言われたふたりは、きょとんとしている。
 ひとりは、ヴァルという名の少年だ。青と黒を基調ベースとした服装で、同じ色合いの帽子をかぶっている。鋭い光をたたえた紫水晶アメジスト色の双眸は、左目にかけている黒レンズの片眼鏡モノクルと併せて、理知的な印象を与える。ただ、今のきょとんとした表情だと、眼鏡の奥の童顔が強調され、むしろあどけなく見えていた。
 もうひとりは、アルマという名の少女だ。かわいらしく洒落た衣装の上から、星型の装飾品アクセサリをいくつも身に着けている。男子にしては華奢なヴァルよりなお細く小柄で、やはり、きょとんとしていると年齢より幼く見える。
 ふたりは、一瞬、顔を見合わせてから、ソファに座り直した。
 ヴァルの家である。この天空都市《ヴァラスキャルヴ》で魔術探偵グラムハッカーを称する彼の、自宅にして事務所だ。
 家主でありながら居直させられたヴァルは、怪訝げに首を傾げた。
「直ったけど。何?」
「何? じゃないですわ!」
 エーレフォーアはわめいた。
 ヴァルやアルマと同年代の少女だが、その風体はかなり奇抜だ。襟を前で合わせるタイプの、派手な赤い羽織を着ているだけでも相当なものなのに、銀色の髪を天に逆らうがごとく後ろで高く結わえ、さらには恐ろしく重厚な大刀を背負っている。刀身の長さは彼女の身の丈、幅の広さは彼女の腰回りに匹敵するかそれ以上か――というくらいの、とんでもない代物だ。納める鞘も、木や革ではなく頑丈な金属製である。
 そんな剣を背負った少女に凄まれれば普通は身が竦みかねないものだが、ヴァルとアルマは平然としたものだった。
「昨日のあれ! あのペンダント! あれ、どういうことですのよー!」
「ああ」ヴァルは、ぽんと手を打った。「なーんだ、あれのことか。すっきりした」
「すっきりすんなー!」
 昨日のあれ――というのは、ヴァルたちが請けた依頼に絡んでいる。
 昨日、彼らは、さる開発企業から泥棒退治の依頼を受けていた。
 なんでも、毎日少しずつ、魔術を封じた道具である魔術器具グラムドライバーの材料となる宝石パワーストーンや錬金素材が盗まれているのだという。
 外部からの侵入がありえないとは言えないが、毎日やられるということになれば、内部犯の可能性が高い。しかも、どうやら魔術的に侵入してくる手合い――いわゆる外法術師ハッカーを防ぐため雇っていた対抗外法術師カウンターハッカーたちがグルであるような気がする、とのことだった。
 そこで、外部の強力な個人外法術師ハッカーであり、しかも最近は物理的対処≠煦き受けるようになったヴァルこと《フレキ》に、協力を仰ぎたいとの話だった。
 ヴァルはアルマと連携し、企業のグラムラインに星霊獣アストラル・ファミリアを潜伏させた。ほとんどの魔術器具グラムドライバーは、都市全域を覆う見えざる魔力の網、グラムラインに接続して魔力供給を受け、動作している。企業の開発研究塔ディヴェロップメント・タワーを守るために仕込まれた、さまざまな防衛魔術の発動機構も同様だ。逆に言えば、グラムラインを通じて防衛機構に接続アクセスし、魔術的に改竄ハックしてしまえば、易々と侵入することが可能になる。ヴァルたちは、グラムラインでなんらかの動きがあるだろうと見越し、グラムライン上で活動可能な使い魔たる星霊獣アストラル・ファミリアを放ったというわけだ。
 そして、深夜、現れた賊が認証用の魔文字ルーンを扉に示したのを察知し、ヴァルたちは各種防衛魔術を作動――この時点で、やはり賊とグルであり、その侵入に気づかないふりをしていた企業側の対抗外法術師カウンターハッカーとの星霊獣戦グラムファイトに突入した。
 同時に、塔に侵入した賊が慌てて逃げるのを、外で待機していたエーレフォーアが捕捉し、追い詰めた。
 やぶれかぶれになった賊は、なんと爆炎魔術を秘めた魔具ドライバーで、エーレフォーアもろとも自爆しようとした。
 その時、敵外法術師ハッカーと交戦しつつもエーレフォーアと通信していたヴァルは、彼女に持たせていたペンダント型 魔具ドライバーの起動を指示。
 従ったエーレフォーアが、魔具ドライバーのルーンを指でなぞると――
 そのペンダント型魔具ドライバーが、赤い爆発を引き起こしたのだった。
「なんなんですのよあれー!」
「何って、小規模な爆発を起こす魔具ドライバーだよ。言ってなかったっけ?」
「言わなかったですわよ!」
「キミも訊かなかったけどね……」
 あきれ顔で言うアルマをギッと睨んでから、エーレフォーアはヴァルに視線を戻す。
「な・ん・で、相手の自爆を止めるのに、わたくしを自爆させるんですの!?」
「あれは、見た目こそ派手だけど、ダメージを与えるんじゃなく、衝撃で敵を朦朧とさせる魔術を封じてある品なんだよ。実際、うまくいったろ?」
「朦朧どころか昏倒してましたわよ!」
「思ったより威力があったねー。嬉しい誤算?」
「悲しい現実って言うんですのよそれはー! ていうかどっちにしてもわたくし巻き込まれるじゃありませんの!」
「だいじょうぶ」
「何が!?」
 ヴァルは笑顔を浮かべた。
「君、あの程度の爆発じゃ小揺るぎもしないから」
「だからって女子を自爆させるなぁーっ!」
 エーレフォーアは、ヴァルの襟首をつかんで激しく前後に揺さぶった。「あははははははは」と気の抜けた少年の笑い声が余韻を含んで響く。
「小揺るぎもしない≠チて言われるのは、別にいいんだ……」
 つぶやいて、アルマは、ちらりと脇に視線を向けた。
「……ね。このふたりって、前からこんなだったの?」
 問われたのは、ソファの肘かけにちょこんと腰かけた、一匹の仔犬だ。
 掌に乗るくらいの大きさで、ふわふわの毛並みと、みっつの首を持ち合わせている。
 エーレフォーアの父に仕える魔精霊、ケルベロスである。
 ケルベロスは、後ろ肢で顎の下をかきながら、それぞれの首から答えた。
『似たような感じでしたが』『最近はヴァルリアスさまが割と適当になられて』『こういうやり取りが増えたような気がいたします』
「おいおいケルベロス」
 いまだ揺さぶられながら、ヴァルが真顔で振り向いた。
「適当とはご挨拶だね。僕は人生最適解≠ェ信条だよ」
「最適解が自爆っておかしいじゃないですのー! 捕縛用の魔具ドライバーなら、もっと他にいろいろあるはずでしょお!?」
「いや、あれこそまさに最適解さ」
 エーレフォーアの叫びに、ヴァルは真顔のままで答えた。
「――だって、いちばん面白そうだったし」
「がーっ!」
 少女の内なる獣が解き放たれた。


 その後、昨日の依頼の報酬を確認し、エーレフォーアへの給与を割り当てたり、単なる世間話に興じたり、ヴァルがエーレフォーアに新しい魔術器具グラムドライバーを勧めようとしてその効果で一悶着あったり(身体能力を底上げする代わりに声が異様に甲高く変質する魔性薬ポーションだったのだが、エーレフォーアが断固として使用を拒否した)した後、夕方になって、エーレフォーアは帰路に着いていた。
 ケルベロスを右肩に乗せたまま、斜陽に赤く照らし出される街並みを憮然として歩く。
『それ』『に』『しても』
 軽食屋から流れてくるシチューの香りにくんくんと鼻を鳴らしつつ、ケルベロスが口を開いた。
『先の一件以来』『ヴァルリアスさまは』『お茶目になられましたな』
「わたくし、お茶目で自爆させられたんですの?」
 はあ、と嘆息して。
「まあ、でも……前の危なっかしい感じが抜けたのは、良かったですわね」
 回想に耽るように、暮れゆく空を見上げてつぶやく。
「今は、無理をしてないっていうか、好きに生きてるっていうか、人生楽しんでるっていうか……、……ちょっと、謳歌し過ぎな気もしますけど」
『以前は』『ご自分の心を』『ご自分で縛られていましたから』
 こくこくとうなずくケルベロス。
『今は自らの心を解き放ち』『ようやく素の自分になられたのでしょう』『喜ばしいことです』
「そうですわね……無理に自分を縛らずに生きるって、結構難しいことですものね」
『お嬢さまは』『まったくあっさり』『自由奔放に過ごされてますが』
「お・ま・え・も・でしょうが!」
 間近で怒鳴られたケルベロスが、六つの耳をぺたんと頭にくっつけ、素知らぬ顔であらぬ方を見やった――その時だった。
「――!?」
 不意に、エーレフォーアが勢いよく左側を振り向いた。
 右肩に乗っていたケルベロスが振り落とされそうになって『おっ』『と』『とと……』慌ててしがみついている。
『お嬢さま』『いかが』『されました?』
「――今のは、剣戟の響き!」
 言うや、少女は相貌を緊迫の色で満たし、背中の剣に手をかけた。
 魔術的に強化された金属素材《魔銀オレイカルコス》の鞘から、これもまた《魔銀》製の刀身を持つ大刀、《ディゾルヴ》がぞらり・・・と引き抜かれる。緩く反った刀身にはいくつもの魔文字ルーンが刻まれており、自身が魔剣であることを主張している。
 そのまま彼女は黄昏を駆ける一陣の突風と化し、住宅街の細い路地へと身を踊らせる。
『よく』『そんな音が』『聞こえますね』
「剣の撃ち合う響きは独特で、わかりやすいですもの!」
『いえ、そっちじゃなくて』『通りにいた他の方々は』『誰も聞こえていらっしゃらなかったくらいの音でしたが……』
「……いた!」
 類稀なる脚力を活かし、人がふたり横に並べるかどうかという路地を駆け抜けたエーレフォーアは、やがて人影を発見した。
 路地の真ん中で、ふたりの人間が相対している。
 相対≠ナはあったが、対峙≠ナはなかった。
 片方の影は膝を着き、がっくりとうなだれている。また、もう片方の影は相手に白刃の切っ先を突きつけ、刃の角度をゆらゆらと変えて黄昏の照り返しを楽しんでいた。勝負であったとするなら、その勝敗は明白だ。
「――お?」
 立っている方が、こちらに気づいた。
 派手な柄物の衣装の上から、色とりどりの帯を首や腰や肩などに巻きつけた金髪の青年だ。
 手にした剣は、諸刃の直剣。短い幅広の刀身に、紅く輝く七つの魔文字ルーンが刻まれている。その並びは、北斗七星を思わせた。
 青年は、にこやかな笑顔を浮かべた。
「これはこれは。お美しい観客さんだ。しかし、あいにくだったね。出し物は、もう終わってしまったんだよ」
 言って、さっと相手の傍らにしゃがみ込み、すぐに立ち上がる。
 青年の左手で何かが光った。剣だ。淡く刀身の発光する長剣を、うなだれた相手から奪い取ったのだ。
「約束通り、頂戴する」
 ニィ――、と、月の妖しく微笑むように唇を歪めて。
 青年は、ふっと後方へ跳躍した。
 俊敏な動作で路地を曲がり、エーレフォーアの視界から消えていく。
 追うべきか――と一瞬思ったエーレフォーアだったが、すぐに考え直す。事情もわからぬ状態だ。彼を追うより、膝を着いた相手に駆け寄るべきだろう。
「だいじょうぶですの?」
 屈み込み、声をかけ――
 彼女は、驚きに目を見開いた。
「グーウェル師範……!」
 そこにいたのは、見知った相手だったのだ。
 初老に差しかかった、痩せぎすの男性。エーレフォーアや先の青年に比べればまるで特徴のない平民衣装だが、その実、真っ向から対峙すれば息が詰まるような威圧感を放ってくる人であることを、エーレフォーアはよく知っている。
 だが、今のグーウェルから、そんな圧力は微塵も感じられない。
 皺の増えた顔を失意と屈辱に歪め、がっくりとうなだれる弱々しい姿に、エーレフォーアは強い戸惑いを覚えた。
「エーレフォーアくん……か?」
 のろのろと顔を上げ、グーウェルもまた、驚きの声を返してくる。
「久しいな。ずいぶんと、大きくなった……」
「ご、ご無沙汰しております。それで――お怪我はありませんの?」
「怪我はない」かぶりを振って、グーウェルは自嘲的に笑った。「怪我をするまでもなく、あっさりと敗れ去ってしまったのでね……」
 よもや――と思ってはいたが、相手の口から確たる敗北を告げられ、少女は息を呑む。
「あなたほどの方が……。あの方は、いったい――?」
「シャウ……と名乗った」
 青年の消えた方を見つめ、グーウェルは嘆息混じりにつぶやいた。
「シャウ……シャウ、か……確かに、な――」


 エーレフォーアは、グーウェルを送ることにした。
 グーウェルの道場は、通りからやや離れ、奥まったところにある。彼の自宅に併設された、十人程度の門下生が互いに撃ち合えるくらいの練習場だ。床には、やや柔らかい土を敷き詰めている。
 誰もいないがらんとした道場を、エーレフォーアは見回した。数年ぶりに訪れた道場の光景は、記憶にあるものとまったく異なるところがない。強い郷愁の念に撃たれ、少女は、ほう、とわずかな息を吐いた。
「懐かしいかね」
 背後の声に、エーレフォーアは振り向く。一度、自宅に戻ったグーウェルだった。
「だいじょうぶなんですの?」
「先ほども言ったが、怪我はない」
 軽く微笑み――グーウェルは、大きくため息を吐く。
「せっかくの再会だというのに、面倒をかけてしまったな……」
「いえ、そんな」エーレフォーアは慌てて両手を横に振った。「お気になさらないでくださいな、師範」
「師範、か……今は、実力で言うなら君の方が上だろうな。私が衰えたということもあるが……」
 悄然とした師の姿に胸が痛む。先の敗北がよほど応えているのだろう。
 武人として立ち会えば、負けることもある。悔しく思うのは当然だが、むしろそれを糧として、新たに励みなさい――かつて、グーウェルはそうエーレフォーアに教えてくれた。
 今の彼は、自身の教えを実践できてはいない。とはいえ、だからと言って責めるのは酷な話だろう――怪我をすることさえないくらい一方的に破られ、大切な剣を奪われたのだ。これほどの屈辱はない。
「あの剣……《白き武勲コールド・ジェスト》ですかしら?」
 問いに、グーウェルは静かにうなずく。
 連綿と続いてきた、彼の武人の家柄に伝わる名剣であり、強い魔力を秘めた魔剣だ。
「確か、冷気を起こして敵の動きを鈍らせる……」
「そう。とても優れた魔剣だった。それなのに敗れ、奪われてしまったのは、私の実力が不足していたせいだな……」
「師範――」
「君が武者修行の旅に出た後、門下生の数が年々減っていてね……私は、ずっと忸怩たる思いを抱いていた」
 師は、皺の刻まれた手を持ち上げ、じっと見つめる。
「そういう時流とわかってはいたが……私の剣が衰えたからではないか、という焦慮もあった。今日は、それをまざまざと思い知らされることになったよ。しかし、授業料としては高くつきすぎた……先祖代々受け継がれてきた宝剣を奪われるなど……これでは、武の礎を築いてきた先人たちに申し訳が立たぬ……!」
 拳を握り、グーウェルが震える――剣を奪った相手への怒りではない。奪われるしかなかった己自身への激しい憤激が、その心を焼いているのだ。
 震えの止まらない拳が――
 そっと、やわからな温もりに包まれた。
 ハッとして上げられるグーウェルの顔を、エーレフォーアは真剣な表情で見つめ返す。師の拳を両手で包んだまま。
「剣がなくとも――師範の武は、わたくしに息づいています」
 少女は言った。揺るぎない誇りを、瞳と言葉に限りなく込めて。
「師範の教えてくださった技は……先人たちが築き、師範が受け継がれた武の魂は……わたくしの血となり、この身を脈々と流れていますわ……決して――絶えることなく! ですから……師範――」
 必死に語る少女の顔を、グーウェルは、惚けたように見つめ返した。
 やがて、わずかに顔をうつむかせ――
「ありがとう――エーレフォーアくん……」
 声を、絞り出した。
「君は、いい武人になってくれた――そんな君のなかに、我らの武が刻まれていること……まこと、ありがたく思う……!」
 同時に、小さなしずくがこぼれ落ち、重ねられた手の上で弾けて散った。
 熱く――血のように。


NexT
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