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クラッキング・ウィザード



『決闘! 《幻想七星剣》!』








「「《幻想七星剣》……?」」
 翌朝。
 真剣な面持ちで事務所を訪れたエーレフォーアからその名を告げられ、ヴァルとアルマは、同時に目を瞬かせた。
「そうですわ」
 うなずくエーレフォーア。
 ソファに腰かけたヴァルたちに対し、テーブルを挟んで椅子に座り、向かい合っている。
「グーウェル師範を破った男は、そういう魔剣を使っていたそうなんですの」
「そのグーウェル師範ってのは、前に言ってた、都市の外に住んでるっていうわけわかんない師匠じゃなくて、君が都市を出る前に武術を習ってた先生か何か?」
「ええ。六歳くらいの頃に師事していた方ですの」
 高度な魔術文明を誇るこの天空都市《ヴァラスキャルヴ》にあって、身体的技術の粋たる武術は、人気こそないものの、決して失われてはいない。師範級マスター・クラスの武人たちが道場を経営し、古来の技を連綿と伝えている。
「師事っていうか、君、道場破りやってたんじゃなかったっけ」
「は?」絶句するアルマ。「道場破り……? 六歳で!?」
『そう』『らしい』『ですね』
 語るのはケルベロスだ。
『都市中の道場に赴かれては』『師範の方々に』『試合を挑まれていたとか』
「ええ。さすがに勝てませんでしたけど」
「いや、当たり前じゃん……ていうか、挑戦するまでもなくわかるじゃん……」
「あの時は、子供でしたもの。挑戦すること自体が、どきどきわくわくだったんですわ」
 うろんげなアルマに、口を尖らせるエーレフォーア。
「でも、そもそも門前払いにされることが多くて。グーウェル師範は、快く試合を引き受けてくださった上に、その後、丁寧に技を教えてくださったんですのよ」
「で、そのグーウェル師範は、なんで戦ってたのさ?」
「道を歩いていて、路上決闘ストリート・デュエルを申し込まれたらしいんですの」
「なにそれ」
「非合法な決闘だよ」
 これにはアルマが答える。
「裏社会の連中がね、よくやってるんだ。お互いの魔術器具グラムドライバーを賭けて戦い、負けた方の魔具ドライバーを奪う、ってヤツ。だいたいは賭け試合だから、正式に届け出をしてない違法な決闘になるんだけど、メンツを賭けて行われることもあるよ」
「元々、武人同士の決闘が発祥なんですわ。特にここは魔術都市で、どちらも魔剣を持っているから、それを賭けて勝負する習わしがあったんですの。武術が盛んでない今は、あまり行われてませんけど……師範は、決闘を受けないと道場がどうなるかな、とか言われて、せざるを得なくなったそうですわ」
「で、負けて剣を取られたと」
 ふむ、と腕を組んで、ヴァルはソファに身を預けた。魔術端末となる石板、《翠玉板エメラルド・タブレット》を取り出し、何事かルーンを打ち込み始める。
「合意の上ならまだともかく、脅迫して決闘に持ち込んだ挙句、剣を奪っていくなんて、許しがたいことですわ!」
 エーレフォーアは、憤然と拳を握った。
「グーウェル師範は、幼いわたくしに厳しくも温かく指導してくださった恩師なんですの。だから、恩返しがしたい――なんとしても、《幻想七星剣》のシャウを捕まえて、師範の剣を取り戻したいんですの!」
「ふぅん」
 ヴァルの指が板面を叩く。
「相手が脅迫に及んだっていうなら、犯罪者を捕まえる専門家に頼むべきじゃないか? 官憲とか、《破雲輝刃》とかさ」
「それは、師範から止められてますの……」少女はしゅんと肩を落とした。「脅迫されてのこととはいえ、非合法の決闘を受けたわけですから……負けて剣を取られた、ってことまで含めて噂が広まると、道場が立ちいかなくなるかもしれないって……」
「弱い人に習いたくない、とか思われるってことか。それなら、相手の魔剣がよっぽどすごかったってことにしちゃえば?」
「強い魔剣を手に入れ、使いこなすのも武人の資質だと言われてますのよ。魔剣の強弱を理由にはできませんわ」
「ふぅん……そんなもんなんだ。微妙に納得しがたいがね。ところで、実際、相手の魔剣って強かったわけ?」
「ええ。師範がおっしゃるには、敵が七人に分身して、七対一で襲いかかってきたとか……」
「分身?」アルマが目をぱちくりとさせる。「七対一、って……それ、分身全部が実体を持ってたの?」
「らしいですわ。容姿はもちろん、服装や武器もそっくり同じで、実際に剣を撃ち合わせたそうですの」
「それは……妙だね」
 アルマは眉をひそめて考え込んだ。
「自分そっくりの、実体ある分身を即座に生成するなんて……そんなの、不可能だよ」
「そうなんですの?」
 あまり魔術に詳しくないエーレフォーアが首を傾げる。
「地水火風を初めとする精霊属性エレメンタルを利用して、魔力から真水や炎や土くれを形成する魔術はあるし、変容魔術――いわゆる錬金術なら、魔力から《魔銀オレイカルコス》を生成したり、人間同様の生体を形成して魔生命ホムンクルスを生み出したりすることもできる。でも、人間サイズの生体を造ろうとしたら、魔性薬ポーション儀式リチュアルを駆使して、数ヶ月もの時間をかけなきゃいけない。それを、戦闘中に一瞬で、しかも服や武器まで込みで生成できるわけがない。仮にできたとしても、それを動かすには強力な精神魔術を同時行使しないといけないはずだし。だから、七人に分身して七対一で戦う≠ネんて、できるわけないの」
「古代神族ぐらいになると、《分身》って魔文字ルーン一発で、分身できたりしたらしいけどね」
 変わらず《翠玉板エメラルド・タブレット》を叩きつつ、ヴァルが興味なさげに言った。
「そんなルーンは失伝してるし、残ってても、人間の精神力じゃ使いこなせないだろうからね。アルマが言ったような手段で、疑似的に再現しようとするしかない。現実的に考えれば、自分そっくりの虚像を幻術で形成して、そいつらを囮に本人が斬りつけた、とかじゃない?」
「はあ……」
 よくわからないけど、無理だってことだけはわかった――と如実に書かれた顔で、エーレフォーアがうなずく。
「それより、剣を取り戻すって言ってもさ。依頼人が年々門下生の減ってる道場主じゃ、大して報酬も出ないってことだろ? ついでに言えば、そのグーウェルさんは、そもそもそいつを捕まえてくれなんて言ってないんじゃないか?」
「ええ……その、実は師範から頼まれたわけじゃなくって――」
「君が自分から恩返しのために動いた、と」
 ヴァルは大きく嘆息する。
「つまりは、完全なタダ働きってことだ。それじゃあ――」
 たん、とひとつ大きく板面を指打タップ
 すると、三人の脇に通信窓ウィンドウが表示され、直立した蜥蜴とかげのような男が映った。  ヴァルが懇意にしている情報屋インテリジェンサー、《ランバルディ》である。
「《ランバルディ》には、なるべく安めで情報収集を頼むしかないね」
 にやりとして告げるヴァル――エーレフォーアと、通信窓ウィンドウのなかの蜥蜴人リザーディアが唖然となる。
「い、いいんですの?」
『ちょ、ちょっと待て! 何!? なんで俺いきなり値切られてんの!?』
「いいだろ」少年は、しれっとして《ランバルディ》の方を向いた。「友情価格で頼むよ」
『おまえの口から友情≠チて言葉が出るのは、もっと燃えるシチュエーションでだと思ってたのに!』
「安く情報が買えるかと思うと、すんごく燃える」
『こっちは懐が寒くなるっつうんだよ!』
 わめいて。
《ランバルディ》は、はた、とふたつの視線に気づいた。
 真摯かつ必死な眼差しで見つめてくるエーレフォーアと、
 じっとりとした眼差しで見やってくるアルマのものだった。
「お願いですわ、《ランバルディ》!」エーレフォーアの懇願。
「どうするの、情報屋さん? 女の子の頼み、無下にしちゃう?」アルマの皮肉。
『く、う……』
 苦渋の表情で、わなわなと身体を震わせ――
『ええい、わかったよ! 俺も《エリィ》ちゃんには世話ンなってるからな、格安でやってやらあ!』
「ありがとう、《ランバルディ》!」
 エーレフォーアが嬉しそうに手を叩いて微笑み、
「ありがとう、《ランバルディ》」
 ヴァルもまた、笑顔で感謝を述べた。
「じゃあ格安ってことで、――値段はいつもの千分の一くらいでよろしく」
『安いにも限度があんだろーがー!』
 情報屋の絶叫を、少年は耳を塞ぐことでかわした。



 淡く皓々と照る月が、薄雲に隠れ、朧と揺らぐ。
 青年――《幻想七星剣》のシャウは、魔術で発光する角灯ランタンを手に提げ、通りを進んでいく。  腰には小剣――言わずと知れた《幻想七星剣》が揺れている。そして、角灯ランタンを持たぬ右手には鞘つきの曲刀。また、どこかの武人から奪った魔剣だろうか。
 シャウの進む通りは、廃屋街のそれだった。かつては住宅街だったが、魔術事故が起こって爆炎と毒霧に包まれ、住人たちは退去せざるを得なくなった。しばらくして毒霧は消えたが、そう言われて安心できるものではなく、なかなか住みたいと言う人間が出てこないため、長らく放置されていた。その間に、行くところのない貧民が軒下を求めて住み着いたり、犯罪者たちの拠点が置かれたりして、ますます整備が難しくなってしまった。
 事故の名残で半壊した家屋が立ち並ぶ路地は、石畳もところどころが抉れ、砕けている。シャウは、つまづかないよう、角灯ランタンの灯りで前方を照らしながら注意深く進む。
 刹那。
「――はあッ!」
 威勢のいい声とともに、突如、照明範囲に影が落ちた。
 いや――影が≠ヌころではない。落ちてきたのは、武装した少女そのものだ。
 武人令嬢エーレフォーア――双の瞳を赫々たる戦意にきらめかせた彼女が、近くの家屋の上から落下してきたのである。
「おまえは……」
 突然の事態に、シャウは動揺をあらわにした。
 対して、エーレフォーアは着地姿勢から屹然と立ち上がり、力強く右手を腰に当てる。
 灯りの類は持っていないが、右目にはヴァルのものとそっくりの片眼鏡モノクルがかかっている。ヴァルの片眼鏡モノクル――《拡張鏡オーギュメンター》と対になるもので、《暗視ナイト・ビジョン》の魔術が備わっているのだ。
 肩に乗っていたケルベロスが軽やかに降り、邪魔にならぬよう通りの脇に移動する。
「見つけましたわ」
 エーレフォーアは、凛然と響き渡る声音で告げた。
「あなたの居所に関する情報は、すぐに集まりましたわ。その派手な風体、身を隠すには向かなくってよ!」
『君が言うかね』片眼鏡モノクルからヴァルの声が流れる。
「わたくしは逃げも隠れもしませんもの」
 言いつつ、少女は背中の剣をぞらり・・・と引き抜いた。
「《幻想七星剣》のシャウ! グーウェル師範から奪った魔剣、返していただきますわ!」
「ああ――観客になり損ねたお嬢ちゃんか……」
 シャウは憮然として右手の曲刀を放り捨て、ランタンを地面に置いた。
「あれは武人同士の決闘でいただいたものだ。返すいわれはない」
「決闘を強いておいて、何を!」
 憤然と言って、エーレフォーアは構えを取った。
 手にした大刀――魔剣《ディゾルヴ》の切っ先を地面に向け、右下段に構える。
 放たれる矢のごとき視線が、猛々しくシャウを穿った。
「あなたにも少しは武人の心があるなら師範の剣を賭けて勝負なさい!」
「武人の心、ね……」
 シャウは、苛立ったように舌打ちし、剣を抜く。
 先日、エーレフォーアと会った時に見せた余裕綽々の風情ではない。エーレフォーアの言葉か態度が、よほど気に障ったのだろうか。
 自身の腕より少し長いくらいの、小振りの剣――刀身に七つの魔文字ルーンを刻まれた魔剣。
 人呼んで――《幻想七星剣》。
「いいだろう。貴様も魔剣士――ならばその魔剣、いただいていく」
「勝てる前提で話を進めないでいただきたいですわね」
「ふん。こちらが負ける理由はないんでね。こういう言い方しかしようがないのさ」
 乱暴に言って、シャウは刀身の北斗七星をなぞった。
「《起動オープン》!」
 すると、シャウを中心にして白い霧が巻き起こり、路地を丸ごと呑み込んでいく。
 ただの霧ではない――視界を遮る特性を持たされた魔力の霧だ。《拡張鏡オーギュメンター》といえど、見通せるものではない。
 視界を封じられた状態で、エーレフォーアは動かない。泰然として構えたまま、いかなる奇襲にも対応できるよう、集中力を高めていく。
 しかし、奇襲はなかった。
 立ち込めた霧は、十を数えるほどですぐに薄れ、消えていったのだ。
 そして、霧が晴れた後――
「……!」
 エーレフォーアは、思わず息を呑んだ。
 シャウが、邪気の笑みを浮かべる。
 その数、七つ・・
 前方に三人、背後に三人――それだけの数のシャウが、新たに出現していた。
 まったく同じ見た目のシャウたちだ――奇抜な衣装も、手にした剣も、まるで異なるところがない。無論、顔かたちや体格もそっくりである。
「これが……」
「そう――《幻想七星剣》」
 最初のひとりオリジナル・シャウが、嘲るように告げる。
「幻像の類じゃあないぜ。正真正銘、実体のある分身だ」
 彼の言葉を証明するように、六人の新たなシャウたちが、それぞれ特徴の異なる笑いを上げた。
「そーそ。みぃーんな全員、俺なんだぜぇ?」シャウが豪快に笑い、
「残念ですが、君では我々には勝てませんよ」シャウが冷然と笑い、
「師範とやらも、手も足も出なかったんだっ」シャウが爽快に笑い、
「今のうちに降参することをおすすめしよう」シャウが皮肉に笑い、
「痛い目とか、見たくないっしょ? ねえ?」シャウが明朗に笑い、
「だがな、挑んでくるなら容赦はしねえぞ?」シャウが残虐に笑う。
「と、いうわけだ」
 最初のひとりオリジナル・シャウは、悠然と剣の切っ先を突きつけてきた。
「剣を置け。そして、尻尾を巻いておうちに帰んな――武人気取りのお嬢ちゃん!」

「どういうことだ……?」
 自宅。
 エーレフォーアの視界を、テーブルに置いた《翠玉板エメラルド・タブレット》の上に通信窓ウィンドウとして映し出しているヴァルは、緊迫の面持ちでつぶやいた。
「ランタンに照らされる影までちゃんとできてる……幻術にしては精巧すぎる」
「幻術じゃないみたいだよ」
 目を閉じたアルマが告げる。
 ソファに身を沈めた彼女の周囲には、四つの石板が浮かんでいる。《四つの書テトラビブロス》――使い手と精神接続マインド・リンクする特性を持つ端末板タブレットだ。
 ヴァルからエーレフォーアの視界を回された彼女は、情報魔術を使って新たなシャウたちの解析を行っている。
「六人全員、《生命感知センス・ヴァイタリティ》に反応してる。少なくとも、あれが生き物なのは確かだよ」
「馬鹿な」ヴァルはうめいた。「ありえない――魔生命ホムンクルスがあんな簡単に造れてたまるか。それに、精神魔術で疑似人格を付与しなきゃ動けないはずだ!」
『その通りだよ、姿を見せない誰かさん』
 エーレフォーアの《拡張鏡オーギュメンター》から流れるヴァルの言葉に、シャウが応える。
『現代の魔術じゃ、そもそも分身自体が造れない。だが――こいつはただの魔剣じゃない。神代において古代神族が用いた、神遺物レリクスなんだよ!』
「だから、こんな突拍子もないことだってできる――ってわけかい!?」
『ケケケ! その通ぉーりィ!』『神様の魔法は、そりゃあ人知を超えるもんねー♪』『ま、そういうわけでな、たとえ魔術の掩護があっても消せやしないぜ?』『だから勝ち目がないって言ったんだよー』『我らが分身することは、師範とやらから聞いたのでしょう? まさか、どうせ幻術だろうと侮っていたのですか?』『だとすれば、甘い目論みだったな』
 六人のシャウが口々に応える。あらかじめそういう音声を魔術で録音していたという可能性も考えたが、それぞれ自我を持っていなくてはできない応答と思えた。
神遺物レリクスか……」
 そういうものを見るのは、初めてではない。
 エーレフォーアと出会うきっかけになったのも、《滴るものドラウプニル》という神遺物レリクスが原因だった。それは、この天空都市を浮かべ、結界を維持し、都市中の魔術器具グラムドライバーに魔力を供給する神遺物レリクス、《疑似世界樹ユグドラシミュラ》の半分もの魔力供給が可能という、とてつもない代物だった。そんなものを造れてしまうのが、古代神族だ――確かに、実体のある分身を七つ生み出すくらいなら、できてしまいかねない。
(いくらエーレフォーアが強いと言っても、七対一は分が悪すぎる)
 相手が雑魚であればいざ知らず、敵はまがりなりにも武人だ。
(魔剣《ディゾルヴ》の阻害魔術も、神遺物レリクスには通用しないだろう)
 ただの魔術器具グラムドライバーで生成された幻像であれば、《ディゾルヴ》の阻害魔術で崩壊させることもできたはずだが――
(確かに――このままでは勝ち目はない)
 だとしたら――
 作り出す・・・・しかない。
「悪いけど、しばらく防御に専念してくれ、エーレフォーア」
 相手に聞かれないよう音量を絞って、ヴァルはささやいた。
「その間に――奴の《幻想七星剣》に魔術侵入ハッキングして、分身を消すから」
『えっ――』
 少女の驚きの声が伝わる。
『でも――』
「武人の勝負に水を差すな、なんて言うなよ。神遺物レリクスが相手じゃまともな勝負とは言えないし、そもそも強引に決闘を吹っかける連中に正々堂々立ち回ってやる義理はない。それに、これで君が負けて《ディゾルヴ》を取られようものなら、ウチの事務所としては大損なんでね――いくらでも、ずるをさせてもらう」
『でも、できますの? 神遺物レリクス魔術侵入ハッキングなんて――』
「《ドラウプニル》に魔術侵入ハッキングしてみせたのは、どこの外法術師ハッカーだったっけ?」
 ヴァルは、不敵な笑みを頬に刻んだ。
『あれは、アルマと協力したからでしょう? 今のアルマは外法術ハッキングが使えないんですから、あなたひとりでやることになりますわ!』
「上等さ。やってみせようじゃないか――神遺物レリクスへの単独魔術侵入ハッキング!」
 ヴァルの意気に応えるように、紫水晶アメジストの双眸が、ぼうっと淡い光を放つ。
「なんせ、鋭奪ノ魔人クラッキング・ウィザード≠ネんて大層な呼ばれ方をされてるもんでね――そのくらいはこなしてみせなきゃ、名前負けってヤツさ。そうだろ?」
 わずか、逡巡の気配を見せてから――
『わかりましたわ』
 エーレフォーアは、しっかりとうなずいた。
『お願いしますわ――ヴァル!』
「ああ――任せとけ!」
 応えつつ、《翠玉板エメラルド・タブレット》の板面に指を走らせ、魔術式アプリケイションを呼び出す。
 ヴァルの眼の輝きは、いよいよ強さを増していた――かつて継承した《貴賊神トリックマスター》としての神格が、奪う≠ニいう行為に呼応して、その真価を発揮しようとしているのだ。
 《賊神》――盗み、奪うもの。
 かつては忌避した神性であり、捨てたくても捨てられなかった資質。
 だが、今は。
(僕の力で――僕の技術だ)
 自らさだめ、選び取った道だ。
(なら――使いこなしてこそ、華ってもんだ!)
 少年は昂然として顔を上げ、至難極まる勝負に向けて、その意志を昂ぶらせる。
「さあ――魔術侵入ハッキングを、始めよう!」
「……ねえ」
 と。
 ソファのアルマが、声を上げた。
「盛り上がってるとこ、悪いんだけどさ」
 どこかあきれたような調子で首を傾げる。
「あれ、分身じゃなくて――七つ子とかじゃない?」
 ……………………
 彼女の言葉に、その場の全員が絶句した。
 ヴァル、エーレフォーアは言うに及ばず、七人のシャウも同様だった。
「…………え」
 茫然と、ヴァルは背後を振り向く。
「いや、でも」
神遺物レリクスなんて、そうそう転がってるわけないじゃん」
 目を開けたアルマは、じっとりと少年を見つめる。
「あんな奴らがそれを持ってるって考えるより、実は七つ子です、って方が、ありえそうなもんじゃない?」
「い、いや……七つ子の方が神遺物レリクスよりなさそうじゃないか!?」
『そうですか?』『犬的には』『よくあることですよー』
「あいつら犬じゃないだろ!」
「七つ子じゃなくて、七人兄弟とかでもいいんだけど。ね、シャウさんたち。そのへん、どうなの?」
 茫然となっていたシャウたちが、アルマに問われて我に返る。
『そ、そんなわけがないだろう!』
『そ、そうそう! なーに言っちゃってるんだよー、あははー、ばかだなー!』
『うんうん! 僕ら、正真正銘の分身だよ! ね、兄貴!』
『ああ、当ったり前――』
「……兄貴?」
『『『あ』』』
 七人のシャウが語るに落ちた。
『あ、いや! 違う! 今のは! その、なんつうか――』『何か聞き違えたんじゃないですかね! ええ!』『ほ、ほら! 分身にも序列があってさ、上の奴を兄貴≠チて呼ぶという魔術的にも象徴的意味性を持つ重要な概念が織り込まれていて――』
 なにやら慌てて弁明を始めるシャウたちの姿を見て――
 ヴァルは、ぐったりとテーブルに突っ伏した。
 かと思うと、すぐに起き上がり、不敵な笑みを浮かべ直す。
「ふ……。マジな対決ムードを醸し出し、くっ、そういう神遺物レリクスだというのか!≠ニ相手に信じ込ませる寸法か……! こちらの心理を突いた巧みな作戦だ。彼らはどうやら、とてつもない策士だね! さすがの僕も引っかかったよ!」
「引っかかったことにびっくりなんだけど。ねえ。鋭奪ノ魔人クラッキング・ウィザード≠ウん」
 アルマの言葉にとどめを刺され、ヴァルはまたしても突っ伏し、動かなくなった。
『つまり……』
 エーレフォーアの、強いて抑えた声音が場に流れる。
『あなたがたは、武人の方々に決闘を強制しておきながら、魔剣の効果と偽って、七人がかりで襲いかかっていた……と、いうことですの?』
『あ、いや、それは……』
『で・す・の?』
『ふ、ふん! だからどうだってんだ!?』
『ど、どのみち、この状況が七対一なのは変わりないんだ!』
『あ、諦めて降参しろー!』
 口々にわめくシャウたちが――
 ぎょっとなって、後ずさる。
 ごうっ――と、戦場に風が吹いていた。
 荒く吹き抜ける、猛々しい風だった。まるで、今の少女の心情に呼応したかのような。
『よぅく、わかりましたわ……』
 つぶやいて。
 エーレフォーアは、確然と顔を上げた。
『あなたたち! 全員、性根を叩き直して差し上げますことよ!』
『さ……されてたまるかー!』
 若干ズレた抵抗の声を上げ、シャウたちはエーレフォーアに踊りかかった。
 路地はそこそこ広いとはいえ、四人が並べるほどではない。だから、最初のひとりオリジナル・シャウを除く六人の分身もどき・・・たちが、前後から挟撃にかかった。正面と左右に散り、それぞれの剣を上段・中段・下段に繰り出す――飛び退くことも横にかわすことも許さず、確実に標的を捉えるための連携だ。
 対して、エーレフォーアは――
 さっと懐から何かを取り出し、目の前に掲げた。
 真紅の宝玉を埋め込まれたペンダントだ。
 宝玉の中央には魔文字ルーンが刻まれている。
 エーレフォーアは即座に指で魔文字ルーンを名乗り、起動呪文キースペルを唱えた。
『――《起動オープン》ッ!』
 直後――彼女を中心として、赤い爆発が巻き起こった!
『うあっ……!?』
 突進してきた六人のシャウたちが、爆風に巻き込まれてのけぞり、よろける。
 一昨日、エーレフォーアがヴァルに使わされたペンダント型の魔具ドライバーだ。その爆発は肉体にダメージをもたらすものではないが、範囲内の対象を衝撃で昏倒させる効果がある。
 さすがに相手も鍛錬を重ねた武人である。鍛え上げた肉体で魔術効果に抵抗レジストし、昏倒することはなかった。しかし、わずかに意識が朦朧となり、突進の足を止めてしまう結果となる。
 その隙に、エーレフォーアは跳躍した。
 爆発の衝撃などものともせず、しっかりとした動きでやや右上に跳ぶ――家の壁を強烈に蹴りつけて、反対側の家壁に飛躍――そしてさらにその壁を蹴り、最初に蹴った家の屋根まで一気に上がった。
『『『なあっ!?』』』
 驚くべき身体能力に、シャウ兄弟が絶句する。
 今や、エーレフォーアの視界は、彼らをまとめて見下ろすものだった。
 そして――
『必殺……』
 彼女が、勢いよく大刀を振りかぶる気配が伝わる。
『《性根・叩き直し・斬り》ッ!!』
 直後、高速で剛剣が振り抜かれ――エーレフォーアの乗った屋根の端を直撃した。
 ぼろぼろに破損していた《錬瓦レンガ》造りの屋根に、凄まじい衝撃が走り――その先端が、ばらばらに崩壊しながら、ぼろりと落ちる。
 エーレフォーアを討つため一か所に固まった、六人のシャウたちへと。
『『『げ、えええええええええええええ――――っ!?』』』
 降り注ぐ瓦礫の立てる轟音が、六重の絶叫を蹂躙した。
 地響きが起こり、濛々たる噴煙が立ち込める。
 見れば、瓦礫の山は、六人が立っていたあたりを丸ごと埋め尽くしていた。
「……勝ち目がない、なんてもんじゃなかったな」
 ぐでんとテーブルに伏せたまま、顔だけを上げたヴァルがうめく。
「ぶちぎれた時の彼女の爆発力を完全に忘れてた……アルマ、あれって死んでない?」
「《生命感知センス・ヴァイタリティ》はまだ反応してるよ。《魔力障壁マナ・ウォール》の護符アミュレットくらい持ってたんじゃない?」
 片目を閉じて《四つの書テトラビブロス》から情報を受け取りつつ、アルマが応えた。
「それにしても――ボクの罠を破った時もそうだけど、とんでもないことするね、エーレフォーアって……。ていうか、何、今の必殺技。……必殺技?」
「《性根叩き直し斬り》っていうか、《性根叩き潰し・・斬り》な気がする……」
「そもそも、あれ、《斬り》って言っていいの……? ね、ケルベロス」
『わん』『わんわん』『ほけきょ』
 危険を察して離れていたらしいケルベロスが、こちらとの通信機能を持つ首輪を通して、ノーコメントの意を示した。
 ヴァルたちが好き勝手なことを言っている間に、エーレフォーアは屋根から路地へと飛び降りた。
 着地した先で、ひとりだけ攻撃範囲にいなかった最初のひとりオリジナル・シャウが、わなわなと震えている。
 それを見たエーレフォーアは、『あら』と意外そうにつぶやいた。
『やる気。まだ、ありますのね?』
 どこかうきうきとした口調で言いながら、改めて、右下段に剣を構える。
『なら――勝負の続きを! いたしましょうか……!』

 そう言われて、初めてシャウは、自分が剣を構えていることに気づいた。
 右半身を前に出し、《幻想七星剣》を腰のあたりで構えている。
 剣の秘密を破られ、六人の兄弟を一網打尽に倒されて――シャウ自身は、敗北を確信していた。
 なのに、構えた。構えていた。
(まだ、やれる)
 誰かがそう言っているかのように、シャウには思えた。
(誰か≠チて――俺、か……?)
 静かな驚きが胸を撃ち、心に波紋が広がっていく。
(やれるって……そう、思っている――思いたいのか……俺は――)
 身体はまだ震えている。しかし、それはもはや恐怖のものではなくなりつつあった。
 目の前に、剣を構えた武人がいて、そして自分は剣を手にしている。
 ならばすることはひとつしかない。
 そう思えばこその――
(武者震い……これが!)
 自覚するほどに、さらなる昂ぶりが胸を焦がしていく。
 初めてなのだ。こうして――真っ向から、武人として相対するのは。
 シャウたちは、さる武術道場の子として育った。
 父は語ろうとはしなかったが、どうやら実の子ではなく、父が懇意にしていた武人が今わの際に託した子であるらしかった。ただ、誰もそれを気にすることはなかった。父は、まぎれもなく自分たちの父をやってくれていたから。
 しかし、経営がうまくいかなくなり、家は赤貧を強いられ――やがて、父が病に倒れ、若くして亡くなった。
 残された兄弟は、まだ奥義の伝授も済んでおらず、道場を売り払って金に換えるしかなかった。
 昔から兄弟で働いていたから、なんとか食っていくことはできた。しかし、それゆえ彼らは基礎学校エレメンタリーに通えておらず、魔術を学ぶことができなかった。
 魔術文明を誇るこの天空都市《ヴァラスキャルヴ》において、魔術を使えぬ人間は不利である。魔術器具グラムドライバーの起動こそ可能だが、基礎的な魔術理論を修めていない以上、決まりきった作業に従事することしかできないし、魔具ドライバーだけでは対応できないちょっとしたイレギュラーに自ら魔術で対応することもできない。魔術を使えないというだけで雇ってもらえない場は多かった。また、単純な肉体労働も、魔力で駆動する魔人形ゴーレムに任せた方が効率的であるため働き口が少なく、雇ってもらえても給金はわずかだった。
 今後も、こんな辛うじて食っていけるくらいの暮らしを続けなければならないのか。困り果てていると、兄が、父の遺品たる魔剣――周囲に霧を生成するだけのものだ――を手に、こんな提案をしてきた。
『俺たちは兄弟にしちゃ顔が似てる。この剣の魔力で分身したということにして、武人たちに決闘を挑み、相手の魔剣を奪って金に換えたらいいんじゃないか?』
 ああ、それはいい、やってみよう、ぜひやろう――兄弟たちは口々にうなずいた。首を横に振る者はいなかった。赤貧と困窮が、本来あったはずの武人としての矜持プライドを根こそぎすり減らしていた。
 ただ、シャウだけが、おずおずと手を挙げた。
『その……普通に決闘を挑むんじゃ、だめかな』
『おいおい。俺たちは師範代にすら達してないんだぜ。決闘を引き受けるような腕に覚えのある武人たちと、真っ向からやり合って勝てるわけねぇだろう』
 そう言われてしまうと、シャウとしても反論の余地はなかった。
 けれど――本当は、ずっと憧れていた。
 武人として、正々堂々、真っ向勝負で鎬を削る――そんな対峙に。対決に。
 その時が――今、訪れていた。
 目の前の少女は恐るべき達人で、凄まじい剛力の持ち主で、仰天するほど俊敏だ。
 普通に考えて、勝てる相手ではない。なら、戦うべきではない。それがまっとうな判断だ。
(だけど……ここで負ければ、何もかも終わる)
 だから、戦わねばならない。
 そんな理由があることに、シャウは歓びを得た。決闘しないでいいのなら、たぶん自分はしないだろう。逃げられるなら逃げてしまうだろう。だからこそ、この背水の陣がありがたかった。逃げ道のないこと。やるしかないことが。
 そして、その局面にあって構えを取れるということに、シャウは切実に感謝した。身体に沁みついていたからこそ、ここで構えが出たのだ。血を感じた。養父から、そのはるかな祖先から脈々と受け継がれてきた、技という名の魂の血を。
 戦わせてくれているのだ。養父が。魂に流れる、武人の血が。今。
(とはいえ、まともに戦えば、勝てるはずがない……)
 ごくり、強く唾を呑む。
(奥義で行く)
 そう決めるた途端、心臓が大きく跳ねた。そして、すぐさま早鐘のごとく響き出した。
 死んだ父から、結局、奥義を学ぶことはできなかった。
 だからシャウは、自分だけの奥義を考え、練習を繰り返してきたのだ。
 そんなものを使うような日は来ないだろうと思いながらも――どうしても、諦めきれずに。
 それを、撃つ時が来た。
(昂ぶらないはずがない……!)
 心の武の血がたぎるのだ。
 挑めと。
 勝てと。
 それが、おまえのさだめだと……!
 無論――シャウの奥義は、正統な剣術の奥義と比べれば、いかにも浅はかで稚拙なものに過ぎまい。
 それでも。
 だとしても。
 何千回、何万回と練習してきた、自分だけの奥義には違いない。
 ならば、勝てる。
 いや――勝つ。勝ってみせる。
 シャウは、息を整え、目の前の少女に視線を据える。
 少女を視界の焦点に捉えつつも、ぼんやりと映る焦点以外の部分にも注意を向ける。一点に注視するのでは、咄嗟の機転が働かない。見るならすべて。視界のすべてだ。
 視線の先で、少女が豪快に微笑んだ。
 この立ち合いが愉しくてたまらない――と言わんばかりの微笑みだった。
 シャウは気づかない――自分もまた、似たような表情でいることに。
 風が吹く。対峙するふたりの武人の狭間から、ほうほうのていで逃げ出すように。
 逆風と、シャウは感じた。実際はどうだったかわからない。ただ、こちらに向けて吹きつけていると感じたのだ。少女の気魄が、威圧感が、烈風と化して押し寄せてきているのだと。
 目を細め、少女が告げる。
「エーレフォーア・ゼムディムズ――魔剣《ディゾルヴ》! 参りますわ……!」
 シャウの唇も、自ずと動いた。
「シャウ・ヴズドエルド――《幻想七星剣》! 受けて立つ……!」
「されば!」
「来いッ!」
「承知!」
 少女の身体が、わずかにたわみ――次の瞬間には、爆ぜるような疾駆を見せていた。
 加速した肉体が、数歩のうちに間合いを埋める。壮烈なる踏み込み。右下段に構えた剣が振り上がる。わかっている。縦斬りではない。右から左の薙ぎ払い。フェイントも何もない。苛烈極まる真っ向一閃。
 シャウの筋力では、受け止めることはままならない。剣を叩き折られて死ぬか、受けてよろけた直後にとどめを刺されて死ぬかだ。横に薙ぐ一閃である以上、前に出ることもできない。ならば後退してかわすしかない――だが、おそらくはそうすれば連撃が来る。防御とは、攻撃に繋げてこそ意味がある。防御だけで終われば、相手の攻撃が続くだけ――そしていつかは防御を崩され、致命の刃を受けるのだ。
 シャウは動かなかった。エーレフォーアの肉薄を、じっと待ち構えていた。とてつもない恐怖に襲われ、叫んで逃げ出したくなる自分を、『見ろ! 見ろ!』と叱咤し続けていた。見ろ! 見るんだ! ああ来ることはわかっている。ならば見ろ! 見極めろ!
 踏み込みが終わる。腰がひねられる。全身が躍動し、凄まじいまでの威力が生じるのがわかる。さらに腕が連動。轟然として鋼が唸る。来る。風を裂いて。きっと痛い――いや、それどころでは済まない。おそらくは死ぬ。当たったら。かわせばいい。かわすしかない! でもまだだ。今じゃない。もう少し。まだ早すぎる。ああ、剣が来る! 対応が遅すぎても斬られるだろう! 見るべきは、とてつもなくぴったりな、最適の一瞬だ。見ろ。見ろ。見ろ! 逃げずに見続け、見極めろ! 那由多なゆたのどこかにあるはずの、奥義撃つべき確然たる刹那を!
 それは、
 ――今ではなく、
 ――今ではなく、
 ――今でもなく、
 ――そう、……今だ!
「……!」
 シャウは、跳んだ。
 エーレフォーアの大刀が振り抜かれるなか、ある一時を見極め、そこで跳んだ――地面を蹴り、その足を胴に縮めるようにして、一閃から逃れようとあがいた。風が抜ける。足下が冷えて、ぞっと悪寒が駆け上る。鋼の通過する気配。やった。避けた! 避けきった!
(そして――ここから!)
 シャウは、跳躍と同時に右手の剣を振り上げている。落下が始まる。あとは、驚きの顔をしている少女の脳天へと振り下ろすだけだ。いかに彼女が剛力と俊敏を誇る達人とはいえ、大刀という重量のありすぎる武器をこうも大きな動きで振るった以上、それを即座に斬り返し、落ちてくるシャウを迎撃することはできない。勢いがつきすぎているため、振り抜く挙動から回避に移ることもできないはずだ。できてせいぜい身じろぎ程度。だから、決まった。勝った。後はただ、振り下ろすだけでいい。
 これこそが――奥義。この俺の。この俺だけの。
 爪先から脳天まで焼き抜かれるような熱を吐き出すために、シャウは咆哮した!
「奥義、《七星ななほし》……!」
 着地と同時に――斬る!
 脳天を割って――
 割――
「……っ!?」
 割れない。
 甲高い音とともに、硬い感触が《幻想七星剣》の一撃を弾き返す。
 それは――
「鞘……!?」
 エーレフォーアが背中に宿した大刀の鞘であった。
 避けられたと見るや、少女はすぐさま身をよじった――剣を振る勢いを殺せぬゆえに、その勢いに乗って、右から左に身を回し、眼前空中のシャウに背を向ける体勢を取った。そして――受けたのだ。背の鞘で。シャウの《墜ち七星》を……!
 《幻想七星剣》が小振りの片手剣であることが、この時、災いした――革や木製のものならいざ知らず、こんな分厚い金属の鞘を叩き斬る力はシャウにはなかった。
 加えて、エーレフォーアはただ身体を回して受けたのではない。瞬間の判断でシャウの一閃の軌道を見切り、自ら鞘をぶち当てて来たのだ。確実に防御が成功するように!
(なんという……!)
 驚愕するシャウの足が、地面を踏む。
 彼が咄嗟に退避しようとした時、エーレフォーアの回転はまだ終わっていなかった。
 背中を向けて鞘で受けた――その状態から、さらに半回転。つまりはぐるりと一回転して戻ってくる。振りきった大刀ごと。背中の鞘で《幻想七星剣》を横へ滑らせ、巧みに受け流しながら。
 振り向いた少女の顔には、ひどくうれしそうな笑みが刻まれている。
 やるな――、という賞賛の笑みだった。
 そして同時に、その上を行かせてもらった――、という勝利の笑みでもあった。
「――は」
 思わず、シャウは笑った。心の震えが喉を超え、唇を割って出たものだった。
 かつてない充実に、感動さえ覚えながら――
 シャウは、大刀の柄頭を至近距離から顔面にぶち込まれ、豪快に昏倒した。



 グーウェル師範の道場と似たような、住宅街の外れのあたりにひっそりと営まれている剣術道場――
 そこから出てきたエーレフォーアは、真昼の陽光をたっぷりと浴びて、「ふぁあ……」噛み殺せないあくびを上げた。
 直後、目の前にヴァルとアルマがいることに気づき、慌てて表情を取り繕う。
「無駄だよ」
 あきれ口調でヴァルが言い、エーレフォーアは「うぅう……!」と赤面して彼を睨みつけた。
「剣、返せた?」
 アルマが問うと、
『きちんと』『受け取って』『いただきました』
 エーレフォーアの肩に乗るケルベロスが応じた。
『こちらの道場の方も』『無理やり決闘をさせられたそうで』『喜んでいただけましたよ』
 昨日、シャウが奪っていた曲刀を持ち主に返したのだ。
 あの後、シャウたちは負けを認め、今後悪さをしないと誓った。正確には、心から誓ったのはシャウだけで、六人の兄弟は『次に何かやったら――わかってますわね?』と笑顔でエーレフォーアに脅され、震え上がってうなずいたという形だったが。
「それにしても、あの兄弟――いや、最初のひとりだけか。変わってたよね」
 ヴァルが肩をすくめる。
「あんなセコい真似をしていたかと思えば、最後の一撃……ずいぶんな奇策を打ってきたもんだ。対応できる君も不思議だけど。武術道場じゃ、あんな防御法も教えるわけ?」
「さすがにそれはないですわ」
 苦笑するエーレフォーア。
「あれは咄嗟にやっただけですのよ」
「なんで咄嗟にできるんだよ、あんなの……」
「命を晒し、剣と剣との撃ち合いに飛び込んでいれば、危機に対して自ずと身体が動くようになるもんですわ」
「そうかなあ……」
 首をひねるヴァル、理解を諦めたという様子のアルマとともに、エーレフォーアは帰路を歩き出す。
「師範さんの剣はどうするの?」
 歩きながらのアルマの疑問に、
「難しいですわね……」
 エーレフォーアは眉を曇らせる。
「昨日の剣以外が全部売られてしまっている以上、なんとかして見つけ出さないといけませんけど……」
「例の兄弟、今、剣を買い戻そうとがんばってるんだっけ? でも、魔術器具グラムドライバーの闇取引に流れたとしたら、探し出すのは困難だろうね」
 そっけなく言いながら、ヴァルが虚空を指で叩いた。《拡張鏡オーギュメンター》の視界上に表示された魔文字ルーン指打タップしたのだろう。
 りん、という音色がエーレフォーアの懐で上がる。
「?」
 それは、彼女に渡された《拡張鏡オーギュメンター》の通話受信音だった。
 見れば、片眼鏡モノクルから見える視界に、何かの地図と一覧表が表示されている。
「これって……」
「《ランバルディ》に頼んで、魔剣の流れそうな闇商人にあたりをつけてもらった。格安でね」
 薄っすらと、ヴァルは笑みを浮かべる。
「探し出すのは困難だが、不可能ではない――ってことさ。ついでに、探す人間の実力次第で、ちょっと面倒くさい≠ュらいに難易度が下がるものでね」
 語る少年に、エーレフォーアは、ぱっと顔を輝かせた。
「ありがとう、ヴァル……!」
「――――」
 一瞬、不意を衝かれたような顔をしたヴァルは、帽子のつばで顔を隠すようにして、そっぽを向く。
「最適解≠探したまでさ。ほら、例のペンダントだって、結局、役に立っただろ」
「む……」
 思い出し、眉をひそめて。
 エーレフォーアは、不承不承、うなずいてみせる。
「まあ、確かに……多勢を牽制するのには、使えましたわね」
「だろ?」
 振り向いたヴァルが朗らかに笑う。
「いや、あれはなかなか爽快だったねー。敵をまとめて朦朧とさせてるのに、君だけ平然と立ってるんだもんなー。やっぱり、あれを買って正解だったな。なにせ、君ほど爆発が似合う人もそういないからねー、あははははは」
「そうですかしらー、あはははは」
 エーレフォーアもまた朗らかに笑い、
 すっと件のペンダントを取り出した。
「は」
 笑顔で凍りつくヴァルの背後で、すでにアルマとケルベロスはそそくさと避難している。
 ペンダントの魔文字ルーンを指でなぞり、エーレフォーアは、にっこりと言った。
「――《起動オープン》」
 平穏な路地に、突然の爆音が轟いた。

 ――その後、ヴァルとエーレフォーアは、周辺住人のみなさんに、こっぴどく怒られた。






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