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クラッキング・ウィザード



魔術狙撃手グラムスナイパー 襲来』







 真っ暗な空間に、淡く輝ける光の帯が浮かんでいる。
 ひとつではない。無数だ。それらは複雑な網目模様を成し、闇色の空を覆っている。
 魔網グラムラインと呼ばれる。
 魔力によって形成された、本来、人の目には不可視の網である。
 これは、天空都市《ヴァラスキャルヴ》を空に浮かべる魔力供給機構たる《疑似世界樹ユグドラシミュラ》から放たれ、都市全域に敷衍ふえんしている。
 とはいえ、グラムラインを織り成すのは《疑似世界樹ユグドラシミュラ》の余剰魔力に過ぎない――そして、《ヴァラスキャルヴ》は五十万を超える規模の人間が暮らす都市だ。本当なら、到底、都市全域をまかなうことはできない。
 そのため、《ヴァラスキャルヴ》上空には、各方角に、魔送剣《グラムコネクター》と呼ばれる十二基の巨大魔剣が配備されている。
 それぞれが塔ほどの大きさを誇る《グラムコネクター》は、自らグラムラインに魔力を供給し、これを都市全域に伸ばす中継点の役割を果たしている。
 こうしてグラムラインが展開しているゆえに、《ヴァラスキャルヴ》では、魔術を封印された魔術器具グラムドライバーが普及している。
 魔術を使うには、世界に漂う魔力を練り上げるための精神集中が必要となる。だが、魔具ドライバーをグラムラインと魔術的に接続アクセスさせて魔力供給を受ければ、封じられている魔術を使う限りにおいては、精神集中が不要となる。ただ魔文字ルーンをなぞり、起動呪文キースペルを唱えるだけで効果を発揮できるのである。
 それゆえ、人々は気楽に魔術器具グラムドライバーを使いこなし、その利便性を頼っている。
 つまり、グラムラインは都市を支える基盤イェソドというわけだ――
(って言っても、便利過ぎて、逆に普段はありがたみを感じるどころじゃないけど)
 グラムラインの上に降り立ったアルマは、胸中で独りごちる。
 己の足ではない。今、アルマ自身はソファに身を沈めている。それなのに、人には見えず触れもしないグラムラインに着地した感覚があるのは、彼女が精神接続マインド・リンクしている使い魔ファミリア《アルマゲスト》がそうしているからだ。
 《アルマゲスト》は、夜天に瞬く星々をイメージした球体が寄り集まり、無理矢理に人型を模したような姿をしている。
 自らの手を動かすのと同じ感覚で、アルマは《アルマゲスト》の手を動かしてみた。
 問題はない。動作意志が、さしたる遅延もなく反映されている。
再生リジェネレーションはだいじょうぶみたいだね」
 かけられた声に、アルマは閉じていた双眸の片方を開いた。
 部屋が見える。
 こぢんまりとした一軒家の一室だ。ソファに座るアルマの前に、テーブルつきの椅子に腰かけた少年の姿がある。黒と青を基調とした衣服をまとい、 左目にレンズの黒い片眼鏡モノクルをかけた、怜悧な印象の少年だ。
 ヴァル。ヴァルリアス・ケルトヴィーネ。
 魔術探偵グラムハッカーを自称する魔術師ウィザードで、今は自分の雇い主だ。
 アルマは、彼の右目に映る自分の姿を、ぼんやりと見つめた。
(……彼には、どう見えてるんだろう)
 十五にしては小柄で華奢な体格。優雅さと愛らしさを同居させる意匠デザインの、やや厚手のワンピース姿で、星を象った装飾品アクセサリを多く身に着けている。
 短い髪とあどけない容貌が年齢よりも幼く見せると、不本意ながら知っているが、それでも容姿に自信はあるつもりで、気も遣っている。ただ、目の前の少年にそれを意識した風があまり見られないのが、アルマにとっては大いに不満だった。気にしていないよう見せかけているとか、本気の天然でそういうことを考えてもいないとかでもなく、常に飄々として真意を見せないという感じなので、可愛げがない。別に、意識してもらいたくて容姿に気を遣っているわけではないが。それにしても。なんとなく腹立たしさを覚える。
「おかげさまでね」
 だからというわけでもないが、アルマはつい皮肉を述べた。
「誰かさんに潰された部分は、だいたい治りきったよ」
「重畳だね」
 誰かさん≠ヘ、しれっと肩をすくめてテーブルに向き直った。そこには、彼の魔術端末となる石板《翠玉板エメラルド・タブレット》が置かれている。
 ヴァルは板面に浮かんだ魔文字ルーン指打タップし始める。
「あとは、グラムライン上から通常空間を可視化する魔術式アプリケイションを持たせたいところだね。魔術侵入ハッキングには不要な機能だけど、僕らはエーレフォーアとの連携が多いから。彼女が戦闘中、その付近のグラムラインに星霊獣を飛ばし、そこから通常空間を索敵させて、主に伏兵の発見を――」
 滔々と述べるヴァルの背中を、アルマは無言で蹴りつけた。
 前につんのめった少年が、怪訝そうに振り返ってくる。
「……何?」
「ごめん」アルマは、つんとそっぽを向いた。「足、伸ばしたら当たっちゃった」
 伸ばしたらっていうか君それかなり無理した姿勢になってるだろ、とかなんとか不服げにぼやくヴァルに構わず、アルマは《アルマゲスト》を己の端末板タブレットたる《四つの書テトラビブロス》に戻し、精神接続マインド・リンクを打ち切る。
 そして、おもむろに立ち上がり、ソファの脇に置いてあった鞄をつかんだ。
「外へ?」訊いてくるヴァルに、
「ちょっとね」答え、《四つの書テトラビブロス》を鞄に仕舞いながら、玄関へ向かう。
 今日は何か事務所に依頼が来ているわけでもなく、それゆえ《アルマゲスト》の再生確認を行っていたのであって、それが終わった以上、散歩なり買い物なりに出るのは不自然ではないはずだが、
(……逃げたな)
 アルマ自身は、そんな自覚に憂鬱を得ていた。
 胸のなかが、重い空気で満たされたような気分。
(なんで、逃げなきゃいけないのさ……)
 嘆息とともに、自分に問いかけながら、アルマはヴァルの家の扉を開いて外に出た。


 昼下がりの街並みを、アルマは歩く。
 やや広めの通りだ。というのも、道の中央に鋼鉄の線路レールが敷かれている。列車オルムと呼ばれる大きな金属の箱が、十数人の人間を乗せて、念動魔術で線路レールの上を滑っていく。
 すれ違う列車オルムにちらりと視線を向けると、自分と同年代の男女が数人、和やかに談笑しているのが見えた。
 揃いの長衣ローブを着ているところからすると、大学で魔術を学ぶ学生だったのだろう。多くの人間は 基礎学校エレメンタリーで簡単な魔術を習うに留まるが、大学に進めば、魔術の専門家――魔術師ウィザードとしての道が拓ける。
(生まれた家が違ったら、ボクもああなってたのかな……)
 ぼんやりと、そんなことを考える。
 アルマは占星魔術師の家系に生まれた。本来なら、先ほどの若者たちのように大学へと進み、魔術を修め、家を継ぐはずだった。
 しかし、その未来は叶わず、アルマは家を勘当された。
 《賊神トリックスター》――奪う≠アとに特化した神性を持っていたことが原因だった。
 人は、開花した神性を用いて魔力を練り上げ、魔術を行使する。その際、神性の種類によって、魔力の使い方に得手不得手が発生する。《賊神トリックスター》なら、奪う∞侵す′果を持つ魔術に長じるが、逆に与える∞治す≠ニいった類の魔術が行使できなくなる。
 それだけと言えばそれだけの話であり、占星魔術においては特に影響があるものではない。
 だが、それでも両親はアルマを捨てた。
 この子は家に災いを招く――そう、占いで出たからだという。
 アルマは幼くして家を追い出され、裏社会を転々とするしかなかった。
 そして、独学で魔術を修め、やがて他者の魔術的領域に侵入する魔術――外法術ハッキングの使い手として成長していった。
 学校に通えぬ以上、魔術は独学で学ぶしかない。アルマは魔導書グリモアを盗み、必死で魔術を修得した。魔術なくして、幼い少女が生きていくすべはなかった。
 今日の食べ物を得るために、《幻音ファルス・サウンド》の術であらぬ方角から物音を鳴らし、パン屋の主人の注意を逸らした。
 ごろつきどもから身を守るために、《魔矢撃マナ・ボルト》で威嚇し、《魔力障壁マナ・ウォール》で障壁を打ち建て、《飛空フライト》の魔術で空を逃げた。
 安全に夜を明かすために、《感知》《生命》《睡眠》《阻害》の魔文字ルーンを組み合わせ、周囲に生命を感知すると自動的に目が覚める術を構築してから眠りに就いた。
 無論、それらの魔術を最初から使えたわけではないが、一般的水準から考えれば驚くべき速度で、アルマは魔術を修めていった。ただ必死だったのだ。必要な術を使えなければ、いつ危険に見舞われるともわからなかったから。
 だから――あんな風に、友人たちと笑い合いながら安穏と魔術を学ぶ日々というのは、アルマには想像もできないことだった。
(安穏、か……)
 歩きながら、その言葉を反芻する。
(考えてみたら、今ほど安穏としてる時って、これまでなかったかもね……)
 外法集団ハッカー・グループ《スレイプニル》の一員としてヴァルと戦い、敗れ、外法術ハッキングを封じられて。
 ヴァルの事務所の近くに家を借り、無理矢理、所員として押しかけて。
 今は、ヴァルが仕事で外法術ハッキングするのを各種魔術で掩護サポートしている。
 矢面に立つのは、ヴァルかエーレフォーアだ。アルマ自身が、物理的・魔術的に攻撃を受ける機会はほとんどないと言っていい。
 その意味で――今のアルマの生活は、これまでになく安穏としていると言っていい。
 だが――いや、それゆえに、
(なんか、慣れない……)
 そう感じている。
(安全なところで立ち回るっていうのは……、なんか。逆に不安になる)
 あらゆる危険に対処するすべを学んできたがゆえに、危険のない状況というのは、ひどく落ち着かないものとなっていた。
(あんなふうに、わいわいやってる場所にいるのも、初めてだし……)
 想起する。
 事務所の日常的光景――エーレフォーアが何やらわめき、ヴァルが飄々とあしらい、ケルベロスが茶々を入れる。落ち着きのない騒がしさ。
(慣れてない)
 思う。
(ボクは。あんな環境には……そう、慣れてない。慣れてなくて……馴染めなくて。それで……落ち着かない……)
 じゃあなんで押しかけたんだ――という今更の疑問が内側から起こる。
(それは……外法術ハッキングを封じられたからで。責任を取ってもらわなきゃ、食べていけなかったし……それに、いつかヴァルには外法術ハッキングの封印を解いてもらわなきゃいけないし……まあ、いつかっていうか、そもそもそれを言い出さなきゃいけないんだけど……そのためには、近くにいた方が……)
 胸中で述べながら、なんとも言い訳じみた言葉だ、と我ながら思っていると――
『おや』『これは』『アルマティカさま』
 雑踏のなか、ふと、知った声がかけられた。
「ケルベロス?」
 声のした方向――右側の足元を見やると、そこに彼がいた。
 ふわふわとした毛並みと、みっつ並んだ頭が特徴の仔犬である。
 名はケルベロス。エーレフォーアに仕える使い魔ファミリアであり、ヴァルの事務所で頻繁に顔を合わせている。
「珍しいね、キミがひとりだなんて」
『本日は』『オフを』『いただいておりますので』
使い魔ファミリアにもオフってあるんだ……」
『普通ありませんが』『お嬢さまから』『たまには、と仰せつかりまして』
「ふぅん……それで、その休暇の日に、何やってたの?」
『散歩』『で』『ございます』
「あ、そう……」
 そういえば犬だった。流暢にしゃべるので忘れがちになるのだが。
『ところでアルマティカさま』『新しい環境には』『もう慣れられましたか?』
「どうかな……」
 ぼんやりと、アルマは答える。
「それなりにやっていけてるとは思うけど、ちょっとついて行きづらいところはあるかな……主に、エーレフォーアのテンションとか」
『まあ、お嬢さまは』『たいへんお元気で』『いらっしゃいますから』
「元気ってレベルかな、あれ……」
 ぼやいてから――
「そのへん含めて、思ってたのと違ってたっていうか――」ふと目を伏せ、ぽつりと漏らす。「らしくもなく、早まったかな、とか……」
『『『ふむ……』』』
 ケルベロスは、みっつの首を軽くかしげた。
『ひょっとして』『後悔を』『されておいでで?』
「――――」
 言われ、アルマは言葉に詰まった。
 わずかに顔が赤らむ。話すつもりもなかった本音がついこぼれてしまったのだと、今さらに気づいたのだ。飄々としたケルベロスの態度に、つい話してしまったのか――それとも、誰かに聞いてほしかったのか。
(それこそ、らしくもない……)
 抵抗を感じながら、
「そうじゃないんだ」
 アルマは、ぼそぼそと答えた。
「ただ、少し……勢い任せだったかなって。そう思っただけだよ」
『左様』『で』『ございますか』
 ケルベロスは、こくこくとうなずいた。こちらが勝手に気恥ずかしさを覚えていることなど、どこ吹く風という感じだった。
『それはそれで』『良いのでは』『ないでしょうか』
「……そうかな」
『勢いに任せ過ぎるのもなんですが』『それでも、勢いというものがなければ』『なかなか前へは進めぬものです』
「前、ね……」
 つぶやいて、頭を振る。
「キミのご主人さまは前に出過ぎだけどね」
『そういう』『お方』『ですので』
「サポートするのも大変でしょ?」
『ですね――ただ』『前に出られる方を後ろから見るのが』『好きなものでして』
「ふぅん……」
 やっぱり、この魔犬もこの魔犬で変わっている――そんな風に思いつつ、アルマは相槌を打つ。
『いや、失敬』『歩きながらするような』『話ではございませんでしたな』
 しれっとして、ケルベロスは話題を打ち切った。
『それで、アルマティカさま』『本日は』『お買い物ですかな?』
「あ、うん。そんなとこ……」
『左様ですか』『そういえばあちらの屋根つきアーケード街に新しい反物屋が』『……おや?』
 みっつめの首が、本来しゃべるべきセリフを切って、怪訝の声を上げる。
 直後、アルマは背後から衝撃を喰らった。
「うわっ?」
 痛みはないが、華奢な体格が災いして前のめりに倒れ込んでしまう。
(――なに!?)
 同時に鋭く身をひねり、後ろを振り返る。いちおう裏社会で生きてきた身だ。突発的な出来事に対し、即座に把握せんとするのは、ほとんど無意識の行いだった。
 見れば、数歩分離れたところに、尻餅をついた小さな女の子の姿があった。
 どうやら、彼女が自分に背後からぶつかってきたらしい。
(この場合、だいじょうぶ? って言うべきなのかな……)
 あまりそういう経験がないので、やや困惑を覚えていると――
 突如、天から飛来した光の矢が、足元の石畳を爆砕した!
「!?」
 ぎょっとして後ずさる。
 石畳は、肩幅くらいの範囲が粉砕され、受けた矢の威力を物語っている。
(これは――魔術攻撃!)
「ひ、ひっ……」
 女の子が、顔色を蒼白にして立ち上がる。胸に、ぎゅっと黄金色の宝珠オーブを抱きしめていた。その表面には、びっしりと魔文字ルーンが刻まれている。
 周囲からは「なんだ!?」とか「うわあっ!」とか、驚きの声が上がっている。目の前の女の子の反応は、それらとは少し違っていた。怯え、戸惑いながらも、どこか決然とした色を双眸に宿していたのだ。
(この子、今の攻撃に心当たりがある……?)
 直感する。
(いや――今の攻撃は、この子を狙ってたんだ。この子がボクとぶつかって、それで狙いが外れたんだ!)
 アルマは、バッと周囲の建物を確認した。
 高いものはない。せいぜい三階立てか四階立てというところ。そして、それらの上には何者の姿も見受けられない。
 だが、先ほどの《魔矢撃マナ・ボルト》は、まぎれもなく上方から飛来したものだった。
 つまり、これは――
(魔術による超遠距離狙撃――敵は魔術狙撃手グラムスナイパー!)
 ぞっと背筋が凍りつくのを自覚しながら――アルマは、そう結論した。




 《魔矢撃マナ・ボルト》を代表格とする破壊魔術は、魔力を直接発射して目標にダメージを与える魔術系統である。
 その威力・射程は、使い手の習熟度と、練り上げた魔力量に比例する。
 一人前の破壊魔術師が全力で撃ったとして、到達距離は平均おおよそ十メートル前後――達人級マスター・クラスでも二十メートル前後が限度と聞く。
 しかし、魔術とは、魔文字ルーンの組み合わせ次第で如何様にも改造カスタマイズしうる魔的技術だ。
 たとえば、魔術そのものを強化する精錬魔術に属するルーンを組み合わせれば、一キロメートルを超える射程を誇る破壊魔術の発射も可能となる。
 無論、目標が認識できなければ狙いを定めようがない――そのため、魔術による超遠距離狙撃を行うには、情報魔術に属する《望遠ロング・ウェイ》などの術を併用しなければならない。
 そして、それを為す者――すなわち魔術狙撃手グラムスナイパーは、相手の攻撃距離、いや、相手の対応距離外からの一方的な攻撃を可能とする、恐るべき敵となるのだ。
 だから、この場に留まるのは危険でしかない。
「こっち!」
 アルマはすばやく女の子に近づき、その手を取って駆け出した。
「えっ――」
 びっくりした顔の彼女に構わず、手近な店舗に突入する。
 軽食屋だった。遅い昼を採る者たちで半分ほどの席が埋まっている。それなりに騒がしかったであろう店舗は、外で発した爆音のためか、水を打ったように静まり返っていた。
 アルマは店の中央あたりで足を止めた。ケルベロスもついてきている。
「あっ、あの――」
 女の子が、怯えた顔でこちらを見ている。
 十歳前後というところか。袖の短い上着と、裾の短いズボンが活発な印象を与えている。やや長めの髪が後ろで束ねられ、頭の動きに応じて軽快に揺れた。
「キミ」アルマは鋭く問うた。「さっきの奴に、狙われてる?」
「えっ」一瞬、息を呑んでから、女の子はぶんぶんとうなずく。「は、はいっ」
(その宝珠オーブか)
 口には出さなかったが、だいたい見当はつけていた。
 彼女が手にしている宝珠オーブはおそらく、開発された魔術式アプリケイションを刻んでおくための記録用の宝珠オーブだ。いわば、誰かが精魂込めて造り上げた、魔術的機密の塊である。もし企業のものであるなら、ライバル企業に渡れば大きな打撃を被ることになる。
 彼女がそんなものを持っている事情は不明だが、白昼堂々狙撃を受けることからすると、相手もなりふり構わないだけの理由があるのだろう。
「ねえ、キミ――」
 少しでも状況を把握しようと再び口を開いた時。
 ばぎゃあっ! という盛大な破裂音が頭上で響いた。
「っ……!」
 狙撃だった。
 軽食屋一階の天井を、おそらく二階の部屋ごとぶち抜きながら、輝ける魔力の矢が女の子を襲っていた。ただ、それは彼女に届くことなく、アルマの頭より少し上の空間で透明な障壁に激突し、打ち弾かれていた。同時に、障壁が姿を現し、砕け散っている。
『念のため張っておいて』『正解でしたが』『よもや一撃とは……』
 ケルベロスが唸る。さらなる狙撃を警戒して、《魔力障壁マナ・ウォール》の術をかけていてくれたらしい。周囲を覆う魔力の防壁を構築する術だ。《護神ガーディアン》の神性を持つ彼は、そうした防護魔術を得意としている。
 感謝する暇もなく、アルマは鋭く思考する。
(今の狙撃、この子を直撃する軌道だった……屋内にいるのに、完璧に位置をつかんでいるということは、視覚に依存する狙撃じゃない。敵に、魔術的に把握・・・・・・されている!)
 敵が《透視シーイング・スルー》の術を併用した可能性もあったが、この都市の建物は、ほとんどが魔術防護を受けた 《錬瓦レンガ》という石材を用いている。《錬瓦》の魔術処理を貫通して透視するのは難しいはずだ。
「ケルベロス、もう一回お願い!」
『《堅固なるかな我が心意》』『《さればうつつにあらわされ》』『《不破なる守護の壁であれ》……』
 こくこくうなずいて呪文詠唱インキャンテーションを開始するケルベロス。
 アルマは、細く白い指をすばやく宙に走らせる。
『《瞳に映るは真のみ》』
 指先で描く魔文字ルーンに対応する呪文スペルを唱えつつ、精神を集中し、周囲に漂う魔力マナを練り上げる。
 低級の情報魔術たる《魔力感知センス・マナ》を発動――周囲の魔力の流れを感知。特に、女の子へと意識を向ける。
 女の子自身からは、なんの魔力も感じられない。ただし、手にした宝珠オーブからはいくつか魔力の反応が発されていた。
(たぶん、そのうちのひとつが《符号マーキング》になってる……)
 魔術的な識別記号を付与されている、ということだ。
 狙撃手は、《符号》を魔術で探知・判別することで、宝珠を持つ女の子の位置を把握している。だから、屋内であろうと正確に狙えるのだ。
(なら……!)
「《虚ろの紗幕よ》《世の理を閉じ》《知られざる闇の彼方に埋没せよ》……」
 続けざまに呪文を詠唱する。
 その間に再び狙撃が来たが、これはケルベロスが張り直した障壁に弾かれた。正確には、ケルベロスが障壁を張るのと、狙撃が来るのとがほぼ同時だった。見れば、ケルベロスが少し呼吸を乱している。なるべく速く障壁を張るため、無理をして魔力を練ったのだろう。何度もできることではない――つまり、このまま狙撃を防ぎきることはできない。
 魔術と魔術の対決は、時間差タイムラグが勝敗を分けると言っていい。魔力の収斂、呪文の詠唱と、魔術の行使にはとかく時間が必要だ。時間の使い方を誤れば、どんなに優秀な魔術師ウィザードであっても敗北を喫するのだ。
 ケルベロスは、ほとんど瞬間的に防護壁を構築する《魔力楯マナ・シールド》の術も得意としているが、あれは《魔力障壁マナ・ウォール》ほどの防護力を持たない。敵の狙撃威力が《魔力障壁マナ・ウォール》とほぼ同等であることを考えると、《魔力楯マナ・シールド》では貫通されてしまうだろう。
「《汝は知られざるもの》《無きも同然》!」
 アルマの詠唱が終わった。魔力を妨げる《阻害》のルーンに《感知》のルーンを組み合わせ、探知・感知系魔術のみを強く遮断する《感知阻害センス・ジャマー》の魔術を構築し、宝珠オーブ付与エンチャントする。これで、相手は魔術的探知からの狙撃が不可能になった。
 ルーンを組み合わせることで、状況に則した即興魔術インプロンプチュを構築できるのが魔術の強みだ。もっとも、使うルーンが増えれば詠唱時間も精神集中の難易度も増すため、諸刃の剣ではあるが……
(次は――)
 アルマは、右耳につけている星型のイヤリングをぱちりと外し、その表面に薄く刻印された魔文字ルーンをなぞる。
「《起動オープン》っ!」
 起動呪文キースペルを唱え、あまり人がいない壁際を見つけて、そちらにイヤリングを投擲――すると、イヤリングが爆発を引き起こし、見事に壁を粉砕した。店内の人々が絶句する。
「お店の人、ごめんっ」
 すばやく言いつつ、空いた手で女の子の手を引き、目ざとく見つけておいた店の裏口へと移動。ドアを開け、路地へと飛び出す。
 路地を走って数歩、背後で爆音が響いた。
 おそらく敵は、《符号》が探知できなくなったため、入り口か裏口から出たところを狙い撃ちにするつもりでいただろう。そして、壁が爆砕されたため、そちらから出てくるのではと狙いを変えた。しかし、アルマたちが裏口から出て来たので、慌ててさらに狙いを修正したが、捉えきれなかった――というところか。
「ケルベロス!」
 アルマは走りながら、併走する魔犬へと声を発した。
「さっき言ってた屋根つきアーケード街、どっち!?」
『通りを』『左で』『ございます!』
「さんきゅ!」
 路地から通りに出て、行き交う人々の驚きの顔を置き去りに左折。
 すぐさま、ケルベロスが言った屋根つきアーケード街が見えてくる。そういえば聞いたことがあった。反物屋を初めとする、あまり直射日光をありがたがらない商売の者たちが集まる、通りを屋根で覆った商店街だ。屋根を狙撃への遮蔽にしようという算段だった。
 駆け抜ける背後で爆音。人々の悲鳴が上がる。
 アルマはちらりと女の子に視線をやる。がんばって走っていたが、限界が近そうだ。屋根つきアーケード街まで走れるかどうか。今の速度を保てなければ、狙撃に喰われる。
 まだ距離がある。ざっと三十メートル。遠い。
 女の子が辛そうに喘ぐ。アルマ自身、肺が焼きつきつつあった。呼吸を求め、切なげに肺が泣く。まだだ。必死にこらえる。死にたくなければ走るしかない!
 十五メートル。背後に着弾。魔力の風を背中に受けて走る。
 これまでの敵の射撃間隔なら、ちょうどこちらがアーケードに入りきるあたりで、再度、来るはずだ。つまり逃げきれば勝ちだ。あとちょっと。見やる。女の子は必死で走っている。そうだ。死にたくなければ走れ!
 足元で、ぶつぶつと声。ケルベロスが何やらつぶやいている。呪文だ。なんの術だろう。障壁を張ってしまうと移動できなくなるので、少なくとも《魔力障壁マナ・ウォール》ではないだろうが。
 十メートル。恐ろしく遠く感じる。
 五メートル。進んでいる。着実に前に。あと少し。あと少しだ!
 三メートル。
 一メートル。
 ……到達!
「……っく!」
 女の子の手を強く引き、アーケードに引っ張り込む。屋根越しに狙いを定められないよう、やや右手側に移動しながらだ。「ひ、はぁっ、はあっ――」女の子は涙目で足をもつれさせた。彼女が転びそうになるのを慌てて支えようとして、アルマは尻餅をつく。
(狙撃は――、ないか……)
 これまでの間隔からすれば、到着と同時に来るはずだったが、当たるまいと諦めたのだろうか。
(つ、疲れた……でも、またすぐに移動しないと――)
 思った瞬間、
 光が来た。
 正面から・・・・――アーケードの屋根を迂回して!
「……!」
(追尾弾――!?)
 光は、自ずとアルマを狙う軌道を描いていた。女の子を胸に抱き、尻餅をついたままでは避けようもない。
 刹那、
『《守護せよ》』『《防護せよ》』『《結界よあれ》!』
 三重の詠唱が響くや、そそり立つ《魔力障壁マナ・ウォール》がアルマたちを覆って、迫り来る光の矢を弾き散らした!
「――――」
 驚きに目を見張るアルマの傍に来て、ケルベロスが飄々と告げる。
『素の速射から』『ルーンを追加しての』『追尾射撃に切り替えた、というところですかな』
 どうやら、相手がなんらかの手段でアーケード内でも攻撃してくることを想定し、走りながら《魔力障壁マナ・ウォール》の呪文詠唱をしていたということらしい。ちょうどアルマたちがアーケードに入った直後に発動できるよう、タイミングを調整して。
 考えてみれば、あのエーレフォーアと常に行動を共にしている――つまりは彼女と同じ修羅場を潜り抜けてきた魔犬である。こと戦闘において、これほど頼りになる相棒もいない。
『追尾と言っても、いささか曲がる程度で』『さほど精密ではない様子』『今のうちに退避いたしましょう』
「う、うん……」
 ばくばくと鳴り続ける心臓を必死でなだめてどうにか起き上がり、アルマは、身を隠す場所を探して駆け出した。


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