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クラッキング・ウィザード



魔術狙撃手グラムスナイパー 襲来』






 もはやどことも知れぬ路地の片隅で、ようやくアルマは足を止めていた。
「はあっ……はあっ……、はっ――はぁ……」
 焼け焦げた肺が、空気を求めて盛んに震える。
 隣で路地の壁に背を預けた女の子も、半ばぐったりとして荒く吐息していた。
 アーケード街から脇道を通り、しばらく進んだところだ。
 人ひとり通れるかどうかというくらいの細い路地である。
 路地を形成する左右の家は、二階部分が路地側に大きく出っ張っている。その陰に陣取ることで、なるべく上方から見えないように努めているのだった。
『やっと』『落ち着き』『ましたな』
 やれやれ、とケルベロス。
『いや、それにしても』『アルマティカさま』『なかなかの体力がおありで』
「まあね……」
 ぼんやりと答える。
「いちおう、裏社会にいたわけだから……どこかの誰かさんと違って、裏方でも少しは体力つけてたんだ」
 誰かさん≠ネら、これほど走れはすまい。
「でさ――キミ」
 呼吸が落ち着くのを待ってから、アルマは脇の女の子に視線を落とした。
「いったいどうして、あんなのに狙われてるわけ?」
 女の子は、びくっと身をすくませると、潤んだ目で見上げてくる。
「ご、ごめんなさい……」
「別に、怒ってるわけじゃないよ」
 苦笑する。
「でも、できたら聞かせてほしいな。いっしょに襲われた身としてはさ」
 女の子は、困ったようにうつむいた。手のなかの宝珠オーブを、ぎゅっと握りしめる。
「……あたし、リーフィって言います」
 ぽつりと、彼女は口を開いた。
「あたし……、ずっと、お父さんとふたり暮らししてて……お父さん、魔術器具グラムドライバーの開発会社に勤めてたんです。でも……」
 ぽとり――と、小さなしずくが宝珠オーブの上で跳ねた。
「十日くらい前、お父さんが、話があるって……あたしを親戚の家に預けるって。お父さんは、会社がいけないことをしてるのを知ったから、それをコクハツするって……」
「不正の内部告発、ね……」
 企業という新たな概念が生まれてから百年。官吏や裏社会と癒着を持つなど、悪事に手を染めた企業は多く、その実態を知った者が告発に出るケースも少なくはない。
「でも……お父さん、衛兵に捕まっちゃった……!」
 リーフィは、小さな拳を震わせて嗚咽した。
「悪いことしたのは、あっちなのに……お父さんが悪いってことにされて、連れていかれちゃったの……!」
『企業が』『官憲と』『手を組んだのでしょうな』
 ケルベロスが唸る。
『告発を握り潰し』『逆にお父上の罪を』『でっち上げた、と……』
「お父さんは、悪いことなんてしてないの……」
 顔をくしゃくしゃにするリーフィの双眸から、とめどなく涙があふれる。
「あたし、それを証明したいって思って……そしたら、端末板タブレット通信文メールが届いて。この宝珠オーブに会社の悪事の証拠があるから、それを取って来れば、お父さんの疑いが晴れるって……」
「まさか」アルマは目を見張った。「それで……取って来れちゃったの?」
「うん」
「でも、そんな物を置いてある場所なんて、警備が厳重なはずでしょ?」
「なかったよ?」
 きょとんとして、リーフィは涙に濡れた顔を上げる。
通信文メールをくれた人がね、指示してくれてたの。この時間に、会社のここから入って、ここに行けって。地図もいっしょで。言う通りにしたら、宝珠オーブがあった」
「なるほどね……外法術師ハッカーか、それとも内部犯か――」
 機密たる宝珠オーブの在り処を知り、厳重なはずの魔術警備を無効化にしてみせるとなれば、そのどちらかだろう。
(どっちにしても……実際に宝珠オーブを盗み出すっていう危険な役を、この子にやらせたわけだ)
 結果として、リーフィの動きは企業に勘づかれ、おそらくは企業の雇った魔術狙撃手グラムスナイパーに追われることとなった。どうやら、よほどまずい情報が――たとえば違法な魔術式アプリケイションであるとかが――宝珠オーブに刻まれているらしい。宝珠オーブを破壊してでも暴露を防ぎたいのだ。
 通信文メールの差出人は、単に企業を告発したかったのか、それとも宝珠オーブが盗まれた混乱に乗じて侵入したかったのか――
 何を企んでいたにせよ、リーフィを囮にしたのは確かなことだ。
(なんだろう……)
 アルマは、ぎゅっと眉根を寄せた。
(そういうの……すっごく、むかつく……!)
 犯罪者――外法術師ハッカーである自分に、事の善悪をどうこう言う権利はないし、そんなつもりもない。
 だが。
 自らの目的のためにリーフィの心を利用し、破滅へと導いた者がいる――
 そういうのは許せない。
 大人が子供をもてあそぶ・・・・・・・・・・・のは。
 ひどく、腹立たしく――そう――不愉快だ。
 もし、そういうことが許されてしまうのだとしたら――
「この子は不幸を招くから」なんて勝手な理由で家を追い出された自分が、生き延びるため必死になりながら抱いていた恨みも、怒りも、認められないということになってしまう。
(違うはずだ)
 怒ってもいいはずだ。
 本来守られるべき子供が、大人に蹂躙されるなんてことには――怒りを抱いていいはずだ。そうであっていいはずだ――
「ごめんなさい……」
 不意のリーフィの言葉で、アルマは我に返った。
 いつの間にか、うつむいて拳を握りしめていた。
 見ると、リーフィは再び、ぼろぼろと涙をこぼしている。
「あたしのせいで……巻き込んじゃって……ごめんなさい――」
「……そんなこと、考えてたの?」
 驚いて、アルマは目を瞬かせた。
 巻き込まれたことについて彼女を責めるつもりなど、まるでなかったからだ。
 困り顔でケルベロスの方を向くと、魔犬は、素知らぬ顔で顎の下をかいていた。
 嘆息し――リーフィに向き直る。
「気にしてないよ」
 言いながら彼女の涙を拭ってやると、リーフィは恐る恐る見上げてきた。
 臆病なリスのような仕草に、アルマは思わず微笑みを浮かべる。
「ボクが巻き込まれたのは、キミのせいじゃない。あれは運だよ」
「運……?」
「ボクは占い師だからね。よく知ってるんだ。何をどうしたって、どうにもならない運勢があるってね」
 言いながら、ゆっくりと頭を撫でてやる。
「今日のボクは運が悪かった。それだけさ」
「でも……」
「もちろん、だからって泣き寝入りする気はないよ」
 アルマは、瞳に強い戦意の色を宿した。
「運が悪かろうがなんだろうが、襲ってくるようなヤツには、目にものを見せてやらないとね。とりあえずは……そうだね、《破雲輝刃》かな。あそこは独立した機関だから、官憲と癒着してる企業でも捕まえてくれるはずだよ。いっしょに行って、奴らを困らせてやろう――リーフィ」
 言葉を受け、リーフィの表情が徐々に変化していく。
 凍れる冬のような強張りが溶け――うららかな春のような笑顔へと。
「う――うんっ」
 リーフィは、涙を散らしてうなずいた。
「ありがとう、おねえちゃん!」
「どういたしまして」
 アルマは再び微笑み――
 びぢゃあっ! という破裂の響きに、ハッとその表情を緊迫で塗り替えた。
 ふたりの周囲を砕けた障壁のかけらが舞う――ケルベロスが張っておいてくれたものだ。
「狙撃――!?」
 このひどく狭い路地で、なるべく建物の陰になる位置を選んで座り込んでいて――見つけ出すのも難しいはずなのに。
(魔術による探知は防いでいるんだから……これは、単純に上から探してるってわけじゃないな。もっと別の手を使っている……!)
「ケルベロス!」
 さっと立ち上がり、アルマは叫んだ。
「お願い、リーフィといっしょに《輝刃》に行って! ボクは、あいつを食い止めてみるから!」
『承知いたしました』『アルマティカさま』『どうぞご武運を!』
「そっちもね!」
 即答がありがたい。彼は、そんなことができるのか――とは聞いてこないのだ。やると言った以上、やってみせる。そんなこちらの意気を理解してくれている。
「お、おねえちゃん――」
「だいじょうぶ」
 不安そうなリーフィに、にこりと笑いかけ――
「ああいう、大人げない大人っていうのは――しっかり泣かせてやらないとね」
 アルマは、その笑みを冷然たるそれへと変えて告げた。


 大鷲が翼をはばたかせる。
 闇色で塗り固められた空間の上に走る、無数の光の帯――グラムライン。
 その上を飛ぶ、紫色の大鷲だ。
 猛禽類特有の鋭い双眸が、金色の光を放っている。
 大鷲は、小刻みに視線を動かしては、飛翔する角度をそれに合わせて調整していた。何かを追っている――という風だった。追い詰めるものではない。じっくりと追いかけ、つかず離れずの距離を保つ。追尾者の動きだ。
 ――その躯体に、突如、紅蓮の炎が着弾した。
『――!?』
 爆裂する火球の直撃を受けた大鷲が、ぐらりと傾ぐ。体勢を立て直すべく翼を動かすが、その翼が燃え上がっている。結果、無様にグラムラインに叩きつけられることとなった。
『……やっぱりね』
 冷ややかな声が、届く。
 ぐぐ……、と起き上がる大鷲の眼は、グラムラインの先からゆっくりと歩いてくる人影を捉えていた。
 夜天に輝く星々が集い合わさり、人の形を真似たような影。
『せっかく、上からじゃ見えない場所を探して隠れたっていうのに、あれほど正確に狙われたのはどうしてだろう、って思ったんだ』
 人影が言った。その時には、大鷲が嘴を開き、銀色の矢を射出していた。
『《宝瓶宮アクアリウス》』
 矢は、まっすぐに人影を貫いた。
 ただし――その瞬間、人影は霧状に変化していた。
 矢が通過した後、人影は元の姿に戻った。穿たれた傷などまるでなかった。
『だから、ここに来たんだ。グラムラインは都市全域に敷衍されている――ああいう狭い路地にだってね。通常空間を見る魔術式アプリケイションを仕込んだ星霊獣アストラル・ファミリアで、グラムライン上からボクたちを追跡――そうやって位置を割り出して、追尾弾で狙撃してきたってわけだ』
『ッ……!』
 大鷲が身をひるがえす。
 星霊獣アストラル・ファミリアの姿は、魔術的な象徴そのものである。乱暴な言い方をすれば、「目のいい星霊獣を作りたい」と思うなら、目のいい動物の形にした方が高い効果を得られるのだ。そして大鷲の特徴は視力だけではない。高速移動にも長けている。
 だが。
『《人馬宮サギタリウス》!』
 ほとんど瞬時にして、敵は大鷲の眼前に回り込んだ。
 その姿形は、馬の下半身を持つ燃える射手のものと化している。
 放たれる火矢に射抜き落とされながら、大鷲は愕然となっていた――なんたる速度か。それも、こうも多彩な星霊武装アストラル・オプションを搭載すれば動きが鈍るはずだというのに。ほとんど武装を持たせず、視力と速度に特化させたこの星霊獣が、あっさり追い抜かれるなど!
『《魔羯宮カプリコルヌス》!』
 さらに敵は、金色に輝く山羊と化し、再びグラムラインに落下した大鷲へと突撃を敢行した。ねじくれた角が大鷲の腹部を抉る。『ゲエッ!』上がる悲鳴―― 星霊獣アストラル・ファミリアの受けるダメージは、ある程度の苦痛となって、使い手に逆流フィードバックするのだ。
『さて……』
 大鷲を押し倒す姿勢でぐりぐりと角を抉り込みながら、敵は言った。
『本来なら、このまま魔術侵入ハッキングをかけて、本体の居場所を暴くべきなんだけど……残念ながら、それはできないんだ』
 冷徹な声。
『だから――うん。こうさせてもらおうかな。《白羊宮アリエス》!』
 金の山羊が、燃え上がる羊へと変化する。
 大鷲を抉ったままの角から紅蓮の炎が吹き上がり、星霊獣を内部から焼き尽くしていく。
 容赦なく。
『ギ、アアァアアアアアア――――ッ!』
 大鷲とその使い手は、聞くに堪えない絶叫を撒き散らした。

「ぐぅっ……!」
 びょうびょうと風の吹き荒ぶ高所で、男は両膝を着いた。
「ぐ――げえっ……、ひっ、は――ぁぶうっ……!」
 恥も外聞もなく、顔面を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにして、足元に盛大に吐瀉物を散らす。
 星霊獣が受けた打撃の逆流フィードバックに見舞われたのだ。
(く、くそ――! あ、あいつ!)
 変幻自在に姿を変える敵星霊獣の使い手を、男は恨んだ。
 敵の目的は、おそらくこちらの狙撃の牽制だ。そのため、こちらの星霊獣を襲ったのだ。破壊するためではなく――わざと長く苦痛の続く攻撃を加えて、狙撃どころではない状況へと追い込むために!
 逆流フィードバックの拷問から逃れるため、男は星霊獣との接続アクセスを強制切断しなければならなかった。
 代償として、少しの間、気絶してしまったし、標的を完全に見失ってしまったが――致し方ない。
(ま、まだだ……)
 男は、いやなにおいにまみれた顔を上げ、握り締めていた短杖ロッドを持ち上げる。
 《感知阻害センス・ジャマー》を維持したまま、星霊獣であれほどの力を発揮できたとは考えにくい。敵はいったん《感知阻害センス・ジャマー》を打ち切っているはずだ。今なら、《魔力探知サーチ・マナ》で宝珠にかけられた《符号マーキング》を見つけ出せる。そうしたら、宝珠と持ち主を狙撃して終了だ――
「なるほどね」
 聞き覚えのある声がして、男はぎょっとなった。
「どこから狙撃してるのかと思えば……《グラムコネクター》の上に陣取ってたんだ」
 言いながら、少女が姿を現す。
 標的に同行し、さまざまな術でこちらの邪魔をしてくれた少女だ。
 その声は、あの星霊獣から聞こえてきたものと同じだった。
「な――」
 男は、よろよろと後ずさった。
「なんで、ここが――」
 少女は、薄くその双眸を細めた。
 彼女が言う通り、ここは《グラムコネクター》――都市上空に浮かぶ十二の巨大魔剣のうち一振りの、鍔の上・・・だ。
 眼下には天空都市の街並みが広がり、激しい風が男のコートをはためかせている。
 対して、少女の衣装は揺れもしない。ひらひらとした短いスカートも、短めの髪も、全身に身に着けた星型の装飾品アクセサリも、まるで風の影響を受けていないのだ。単なる《飛空フライト》の術で飛んできたのではなく、風を操るルーンを組み込んだのだろうか。
「今まで狙撃された位置と角度から、当たりをつけただけさ」
 少女は冷然と微笑んだ。
「反撃がないのをいいことに、キミはここを動かないでいてくれたようだからね。何カ所かに絞れたよ。後は――まあ、ちょっと占いでね。ここにいそう・・・・・・って出たものだから」
「ッ!」
 男は、口に残った胃液と痰を荒々しく脇に吐き捨てた。
 そして、手にした短杖ロッドで空中に魔文字ルーンを描き始める。
「《穿つ光よ》《貫く烈輝よ》!」
「ボクは、近距離での魔術戦も経験している。誰かさんと違ってね」
 紡がれる呪文スペルに構わず、少女は悠然と語る。
「キミはどうかな――? 魔術狙撃手グラムスナイパーさん」
「《不遜の敵を微塵と砕け》!」
 男が少女に短杖ロッドを向けた。宙に刻まれた魔文字ルーンの群れが発光し、輝ける魔力の矢と化して少女に飛来する。
 矢は、少女の左胸を貫き、抜けた。
 それだけだった。貫かれた少女の身体にも服にも、傷痕はない。
 まるで、先ほどの星霊獣戦の再現だった。
「!?」
 幻術と、男は悟った。
 虚像を形成する《幻像ヴィジョン》と、ありもしない音を形成する《幻音ファルス・サウンド》を駆使して、あたかもそこから話しかけているように見せかけていたのだ。彼女の衣服が風にはためいていないのは、あれが単なる虚像であるから――
 慌てて背後を振り向くと、
 眼前に、少女が立っていた。
「っ――」
「《炎よ》」
 ひどく短い呪文スペルとともに、たった一文字、ルーンが踊る。
 瞬間、男のコートが燃え上がった。
「ひいっ――」
 炎を造り出すだけの、きわめて簡単な精霊魔術だ。破壊魔術ですらない。
 とはいえ、服を燃やされた方としては、たまったものではなかった。
「う、わああぁあああっ!」
 必死の形相で、男は自らぶちまけた吐瀉物の上を転がり、消火に努める。
「《炎よ》」
 直後、再び男のコートが炎上した。
「ぎゃあっ!」
 のたうち回る男の耳に、あの冷然たる一言が届く。
「《炎よ》」
「ひいっ!」
 発火。
「《炎よ》」
「や、やめ――」
 発火。
「《炎よ》」
「や、やめてくれぇッ!」
 全身を焼き焦がされ、男は泣き叫んだ。
「た、頼む! 悪かった、降参するッ! だから、もうっ、もうやめてくれ! た、助けて……!」
 じたばたともがきながら懇願する男に、少女は、ふと考え込むような仕草を見せて――
 そして、告げた。
「――《炎よ》」



 治安維持組織《破雲輝刃》詰所一階。
 休憩所と待合室を兼ねたロビーで、エーレフォーアは知り合いと向かい合っていた。
「リーフィさんは、こちらで保護いたします」
 語るのは、ずいぶんと小柄な金髪の少女だ。
 《破雲輝刃》の構成員たる《光剣者クラウド・バスター》のひとりで、名をティリィと言う。
 エーレフォーアとは古い付き合いだ。何度か、犯罪者捕縛のため、ティリィにお願いされて剣を執ったことがある。
 ティリィは、傍らで落ち着かなげにしているリーフィの肩に、ぽんと手を置いた。
「リーフィさんのお父さんについても、こちらで調べてみます。勤め先が官憲とつながっているなら、そういう時こそ、国家に帰属しない我々の出番ですからね」
「頼みますわ、ティリィ」
「任せてください」
 ティリィは笑顔でうなずき、そのまま恍惚たる表情になった。
「この一件を調べていけば、私も魔術狙撃手グラムスナイパーとかに狙われるかもしれませんからね……! ああ……待ち遠しいなぁ。早く来ないかなぁ」
「…………。相変わらずですわね」
 ティリィは、命に関わるようなスリルある状況を何より愛するため、この職業をやっているのだと公言している。将来の夢は、《輝刃》のトップに立って、あらゆる裏組織から命を狙われることらしい。
「と、それにしても」
 ティリィがいきなり真顔に戻った。
「例の、リーフィさんを助けて魔術狙撃手グラムスナイパーを撃退したっていう方、いったい何者なんです?」
「あー……」
 エーレフォーアは言葉に窮した。
「いちおう、今わたくしが勤めてる探偵事務所の……同僚? みたいな……」
「ああ、なるほど。ならしょうがないですね」
「どういう意味ですのそれ!」
「いえ、エーレフォーアさんの同僚なら、そのくらいできても納得だなって」
「その納得、わたくしは納得いきませんけど……」
 ぶつぶつつぶやいていると、
「あの……」
 おずおずと、リーフィが声を上げた。
「その――あのおねえちゃんに、お礼を言いたいんですけど……」
「あら」
 困ったように、エーレフォーアは右目にかけた片眼鏡モノクルをいじった。
「ごめんなさいね。あの子、シャイすぎて、そういうの苦手なんですのよ」
『お礼の言葉は』『我々が』『承りましょう』
 エーレフォーアの左肩に乗ったケルベロスが、六つのウィンクを飛ばした。
『ばっちり』『アルマティカさまに』『お伝えして進ぜますよ』
「ほんと?」
 リーフィの顔が、ぱっと輝く。
「えっと……じゃあ――」
 彼女が恥らいながら口を開くのに合わせて、エーレフォーアは、笑顔で虚空を指打タップした。


 アルマは、ぼーっと街並みを見つめていた。
 魔送剣《グラムコネクター》の鍔の上である。
 落ちれば間違いなく命がないほどの高所に無造作に腰かけ、細い両足をぶらぶらと空中に放っている。
「アルマ」
 ふと、背後から少年の声がした。<>BR>  振り向くと、銀色の鷲型魔人形ゴーレムにつかまって飛んできたヴァルが、鍔に着地するところだった。
 魔人形ゴーレム《フレースヴェルグ》を縮小させ、懐に仕舞い込みながら、ヴァルは不思議そうな顔をしている。
「何も、こんな突飛な場所で物思いに耽らなくても」
「ボクの自由でしょ」
 やや拗ねたように、アルマは唇を尖らせた。
「ま、そうだけどね」
 ヴァルは軽く肩をすくめる。
「あの女の子は、《輝刃》で保護してもらったよ。エーレフォーアの知り合いらしいから、問題ないはずさ」
「そう……」
「事件の途中で別れたっきりなんだろ? 相手も会いたがってると思うよ」
「ボクは、別に会いたいわけじゃないし……」
「感謝の言葉とか。言いたいんじゃないかな、あっちは」
「そういうの、別にいいし……。ていうか、《輝刃》の詰所なんて、行けるわけないじゃん。外法術師ハッカーやってたんだから」
「バレなきゃいい」
 少年は、にやりと不敵に笑ってみせる。
 普通に考えて、外法術師ハッカーがのこのこと《輝刃》の詰所を訪れることなどありえないが――今のヴァルなら、飄々とそれをやってのけかねない。
 アルマは、大きく嘆息した。
「……やっぱり変わったよ、キミ」
「そうかな」
「そうだよ。前は、ボクと似てるって思ったのに」
「似てるさ。今でもね」
 しれっとして、ヴァルは言う。
「どこがさ」
「そうだね。例えば……魔術狙撃手グラムスナイパーに襲われてる見知らぬ女の子を助けちゃうあたりとか?」
「……」
 思わず、唇がへの字に曲がる。
「あれは……別に。助けようとか、そんなんじゃなくて。巻き込まれて、仕方なく抵抗してたら、だんだん、相手にむかついたってだけで。――ていうか、キミは助けるわけ?」
「助けるんじゃないかな? 見捨てたら寝覚めが悪そうだし」
「……前のキミなら、そういうこと、言わなかった」
「意地でもね。だけど、なんだかんだ理由をつけて助けてたかもしれない。だから、変わったっていうのとは違うかな――単に、自分に素直になったのさ」
「なりすぎてむかつく」
「はっはっは」
 気にした風もなく、少年は笑う。
(むかつく=Aか……)
 実際、本人にその言葉を投げてみて、なぜそう思うのか、少しわかったような気がした。
(置いてかれたような気持ちなんだ)
 自分と似ている――自分の苦しみを理解してくれる。そう思えた相手が、ふっきれてしまった。自分はまだまだ悩みを抱えているのに、ずいぶんと楽しそうに前に進んでいく。だから――そう。立ち止まっている自分を置いて、彼が遠く先へ行ってしまっているような気がしてしまうのだ。
 ヴァルに対して、我ながら子供っぽい――拗ねたような態度を取ってしまうのも、それが原因なのだろう。
(……頭でっかちなんだ)
 そういうことを理解できてしまって――だけど、どうしていいかわからない。理屈にばかり振り回されて、感情の扱い方を知らない。そんな自分を、恨めしく思う。
 アルマは、憮然として両足を引き戻し、膝を抱えるようにして、顎を埋めた。
「アルマ」
 ボールでも放るような気軽さで、ヴァルが呼んでくる。
 振り返ると、彼は軽く虚空を指打タップしているところだった。
 そして、
「おや、強風で眼鏡が滑った」
 よくわからないことを言いながら、片眼鏡モノクルを軽く放り投げてくる。
 慌てて受け取ると、
『――あのね、』
 片眼鏡モノクルから、聞き覚えのある女の子の声が流れてきた。
 どこか遠慮がちで、恥ずかしそうで、だけど意を決して言ったという感じの言葉の群れが、否応なしにアルマの耳に滑り込む。
「――!」
 思わず、アルマは赤面した。耳まで熱くなるのがわかった。
 やがて、言葉が終わった。少女の胸に、とてつもない気恥ずかしさを残して。
 震えながら、ギッ、と少年を睨みつける。
 ヴァルはそっぽを向いて、眉をやや情けない形に曲げていた。
「しかし、ここ、ホントに風が強いな……。立ってるだけで体力を消耗するんだけど」
「キミはもっと身体鍛えろ、バカ!」
 わめくような少女の怒鳴り声が、天空都市の上空に響き渡った。


『《処方ラクヌンガ》』
 闇色の空間で名を呼ばれ、男は振り向いた。
 振り向いた――という表現が的確かどうかはわからない。そこにいるのは彼本人ではなくその星霊獣であり、色とりどりの花びらが次々と舞い落ちるという、奇矯な姿をしていたからだ。
 彼――《ラクヌンガ》は、平面状に展開されたグラムラインの片隅に佇んでいた。
 声をかけたのも星霊獣である。
 ふさふさとした尻尾を揺らす、黄金の毛並みの細目の狐だ。
 狐は、おどけたような女の声で、ころころと笑った。
『依頼はうまく果たしたよ。奴ら秘蔵の魔術式アプリケイションを盗んでやった』
『……そうか。よくやってくれた』
『朝飯前さ。あたしにとっちゃね』
 狐は、にんまりとした笑みを浮かべた。
『しっかし、この魔術式アプリケイション。《スレイプニル》にとって役に立つもんなのかい?』
 犯罪組織の名を、狐は挙げた。
 《スレイプニル》――超一流の外法術師ハッカーが集まる、外法集団ハッカー・グループだ。どんな企業の防魔壁ファイアウォールも易々と突破し、誰にも尻尾をつかませることがない、謎の精鋭たちとして知られている。その目的は、政府転覆を狙うテロであるとも、単なる愉快犯であるとも、さまざまに憶測が語られている。
『今はまだ、なんとも言えん』
 その首魁――《ラクヌンガ》は、曖昧なことを厳然として告げた。
『いずれ必要になるかもしれない。そういうものを、集めてもらっている』
『ふぅん? なら、いいけどね。深く考えず、あんたの命令に従わせてもらうよ。あんたが、あたしらを幸せにしてくれるならね』
『無論だ』
 《ラクヌンガ》の言葉に揺るぎはなかった。
『我らの心が安らかならんがために。それだけが、私の望みだ』
『期待してるよ』
『こちらこそ、期待している』
 ころころと笑う狐に、《ラクヌンガ》も微笑の気配を言葉に混ぜた。
『引き続き、よろしく頼む――《占事略决センジリャッケツ》』
『お安い御用さ』
 古風な物言いで答え――
 狐は、また、にんまりと笑った。


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