×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。



クラッキング・ウィザード



『バトル・フォー・エッグス』







「料理をしますわよ! ヴァル!」
 まったくなんの脈絡もない提案を受けて、ヴァルはぽかんと口を開けた。
 ヴァルリアス・ケルトヴィーネ――青と黒を基調とした上着をまとい、左目に黒いレンズの片眼鏡モノクルをかけた少年。その正体は鋭奪ノ魔人クラッキング・ウィザード≠フ異名を持つ外法術師ハッカー《フレキ》であり、他者の魔術的領域に侵入する外法術ハッキングの達人だ。
 《フレキ》は冷静沈着な慎重派として知られているが――そろそろその印象も変わりつつある頃かもしれないが――さすがに、魔術探偵グラムハッカーとしての事務所、つまり自宅のリビングでくつろいでいる時まで気を張ってはいるわけではない。
 なので、いきなりそんなことを言われては、困惑するしかなかった。
 告げた少女――エーレフォーアは、右拳を腰に当て、毅然と胸を張って立っている。見下ろす形になっているのは、ヴァルが座っている椅子を後ろに傾け、背後の彼女をぞんざいに振り向いているせいだ。
 なんとも奇抜な風体の少女である。長い銀の髪を、天に逆らうかのように結い上げている。着こなす衣装は左右の襟を前で合わせて帯で留めるタイプの珍しい衣装で、艶やかな華柄があしらわれている。それだけならちょっと変わったおしゃれ≠ナ済むのかもしれないが、背に負うた重厚なる大刀の存在が、彼女の出で立ちをぶっとんだ恰好≠ノ定義づけさせしめていた。
 どういうことか、と彼女の肩の上にいるお目付け役――みっつの首を持つ仔犬、ケルベロスに視線を向けてみる。
 魔力の変調によって生まれた魔精霊ディーモンのなかでも《知性ある獣ウィーリーヌン》と呼ばれる存在であり、エーレフォーアなどよりよほど優れた知性を発揮する魔犬は、諦めたようにあらぬ方を向いており、視線を合わせようとしない。
 とりあえず、ヴァルは眉をひそめることにした。
「料理って……なんで?」
「あなたね」エーレフォーアがうめく。「今、どんだけ借金あるかわかってんですの」
 えーと、とヴァルは暗算した。
 この間、ちょっと大きな仕事をこなすのに、九億ほどの金が飛んだ。
 貯蓄やら何やらをさばいて、三億くらいはどうにかなかったが、ざっとまだ六億の借金が残っていることになる。
 普通に働いていては、一生かかっても返しきれないほどの額だ。利子だけでも結構なものになる。一流の外法術師ハッカーとして非合法な稼ぎをこなしているヴァルでも、そう簡単に返せるものではなかった。
「先日の一件の報酬が明日には入るはずだから……これで合計三千万くらいは返したかな? 残りはざっくり五億七千万くらいか。お、意外となんとかなってるね」
「だあーっ!」
 エーレフォーアがヴァルの椅子をひっくり返した。
 少女のものとは思えぬ剛力である。
 空中に放り投げられたヴァルは、慌てることなく、あぐらをかいた。懐に収めている護符アミュレットが、落下≠ニいう事象をきっかけトリガーとして《浮遊フローティッジ》の魔術を発動――少年の身体は、ふよふよと緩やかに床に降りていく。
 とん、と着地して、ヴァルは肩をすくめた。
「席を立たせるにしちゃ、えらく豪快なやり方だね」
「な・ん・で、そんなへーぜんとしてますのよあなたは!」
「そりゃ、順調に返せてるからね。余裕も生まれる」
「その順調≠ェどこまで続くかわかんないんだからちょっとは焦れー!」
 ぎゃんぎゃんわめいてから――
 エーレフォーアは乱れた前髪をかき上げ、憮然とこちらを睨んできた。
「あのね、ヴァル。わたくしは、あなたが借金を返せるように協力してるんですのよ」
「ていうか原因は君だよね」
「お黙りあそばせ!」
 長い指で額を突かれる。
「いいこと? あなたは借金を返さなきゃならないんですの。……だから料理をなさい!」
「え、なんで」
「あなた、いつも外食ばかりでしょう。ああいうのは、料理してあげてるんだからちょっとくらい高めに払ってもらうよ≠チて感じのお値段なんだから、少しは自分で作って節約なさいッ!」
「えー」
 ヴァルは口を尖らせた。
「メンドくさいじゃないか」
「金をかけずに時間をかけるから節約になるんですのよ!」
「だったらその時間で仕事した方が得じゃない?」
「今日は何の日でしたかしら?」
「週に一度の安息日」
「事務所の仕事は?」
「特にない」
「これからの予定は?」
「朝食を採ったら役に立つんだか立たないんだかわからない魔術式アプリケイション集≠チてジョーク本をグラムラインから端末板タブレットに落として読もうかなって――」
「つまり仕事でもなんでもありませんのね?」
 にっこりとするエーレフォーア――その微笑みに、ヴァルの表情が若干引きつった。
「あ、いや、うん……これがね、なかなか面白い魔術式アプリケイションが見つかったりするんだよ。そしたらほら、僕くらいになると、それを仕事に役立てることもできたりするわけでさ? そう考えると、その本を読むという行為それ自体が一種の仕事と言っても過言ではないという論旨が成り立つと言わざるを得ない心地がしないこともないというか」
 言葉の途中で、エーレフォーアがヴァルの襟首をむんずとつかんだ。
 そして、そのまま玄関口へと引きずっていく。
「って、いきなり何するんだよ!?」
「料理をしますわよ、ヴァル!」
「台所と正反対の方角に向かってないか!?」
「料理をするにはまず材料から! ここ、肉も野菜もないじゃありませんの! まずは食材をゲットするところから始めますわよ!」
「そんなのグラムラインで八百屋なり肉屋なりに接続アクセスして、必要な食材を配達してもらえばいいじゃないか!」
「金がかかるッ!」
 言語道断――というか、一刀両断であった。
 ヴァルの講義を粉砕し、エーレフォーアはとうとう事務所の扉を開ける。
 冗談でもなんでもなく本気なのだとわかって、ヴァルは慌ててじたばたともがいた。
「ちょっとぉー!? ケ、ケルベロス! どうにかなんないかなこれ!?」
『恐れながら無理』『で』『ございます』
 少女の肩に乗った魔犬は、遠い目をして答えた。
『さあヴァルリアスさま』『諦めて』『ご同道くださいませ』
「嫌だ! 絶対何かある! 絶対普通に食材買う流れになんない気がする!」
「さあ、参りますわよ! いざ赴かん、食材調達の旅へ!」
「ほらもう旅≠ニか言ってるしさぁー!」
 開かれた扉から差し込んでくる爽やかな朝日に、エーレフォーアは軽やかに身を躍らせていく。
 ヴァルもまた、抵抗虚しく、朝日の照らし出す領域へと引きずり込まれていくのだった。



「おかしいだろ……」
 ヴァルは低い声でつぶやいた。
 憮然――というより、すでに茫然の態であった。
「どう考えてもおかしいだろ……これ」
「何がですのー?」
 風にあおられる髪を片手で押さえつけながら、エーレフォーア。
「何がも何も」
 がたがたと全身を揺らされている状態で、言葉を明瞭に発するのに苦心しながら――
 ヴァルは、周囲を見回した。
 悠々と広がる青と緑が、すべてを埋め尽くしている。
 青は、晴れ晴れと澄み渡る大空の色であり、緑は、大地を埋め尽くす草原の色であった。
 その眺めは、なだらかに後方へと流れていく。だが、だからと言って何が変わるわけでもなかった――景色は確かに動いているのに、見える風景に変化はないのだ。
 穏やかな風を受けてそよぐ草花、ゆったりと歩き回ってそれを食む牛や馬たち――多少の誤差こそあれど、そんな光景が延々と続くのだ。ひょっとして、決して出口に辿り着くことができないという類の幻術系の結界に紛れ込んでしまったのではないかと、ヴァルは本気で懸念した。
 だが、それは考えにくいことだ。ここは、魔術文明で栄える天空都市《ヴァラスキャルヴ》ではない・・・・のだから。
 天空都市《ヴァラスキャルヴ》は、その名の通り、天空に浮かぶ都市である。
 古の大戦争に巻き込まれることを恐れた当時の魔術師たちが、《疑似世界樹ユグドラシミュラ》と呼ばれる大いなる神遺物レリクスの魔力を以って、自分たちの住む都市を島ごと大空に浮かべたのが始まりである。
 地上の断絶を選んだ《ヴァラスキャルヴ》の人々は、独自の魔術文明を築いた。
 島を天に浮かべてなお余りある《疑似世界樹ユグドラシミュラ》の余剰魔力を使い、都市全域に張り巡らされた魔力の網、グラムラインがその象徴である。
 グラムラインは、都市中の魔術器具グラムドライバーに魔力を供給する。その恩恵にあずかれば、本来、発動のために膨大な魔力を必要とするような魔術式アプリケイションも、比較的容易に展開できるのである。決して出口に至れぬ幻術の迷宮≠造り上げることも、まあ、可能と言えば可能だ。
 しかし、ここにそんなものがあるはずはない。
 ここは《ヴァラスキャルヴ》ではなく、その周囲に浮かぶいくつかの小島のひとつであり――グラムラインが伸びていないからだ。
 《ヴァラスキャルヴ》であれば、移動には念動魔術で動く列車オルムを使うのが一般的であるのに、今ヴァルたちが幌のない馬車に揺られているのも、それが原因だ。グラムラインなしに列車オルムを運行させようものなら、誰か魔術師ウィザードが精神を集中して必死に魔力を流し込み続けなければならなくなる。正直、かなりの苦行である。だからこの辺りでは、魔術に頼らない設備が多く使われているのだ。
 なお、《ヴァラスキャルヴ》がある本島≠ゥらこの浮島までは、《長距離転移ロングディスタンス・テレポーテーション》を修めた魔術師が常駐する転移施設から瞬間転移させてもらっている。どうせなら目的地まで一瞬で飛ばしてほしいものだが、それを頼むとかなりの追加料金を取られるらしい。
 そんなわけで、目的地に辿り着くためには、こうして馬車に乗っていくしかないわけだが――
「……ていうかさ」
 ヴァルは空を見上げた。
 すべての闇を照らし出す裁きの兄≠スる太陽ソールが、ほぼ真上で輝いている。
「やっぱおかしいだろ!」
 少年はわめいた。
「僕ら、朝食の食材を調達しに来たんだろ!? なのになんで、真昼になってもまだ食材ひとつ手に入れられてないんだよ!」
「しょーがないじゃありませんの」
 気持ちよさそうに風を受けながら、エーレフォーアは言う。
「《ヴァラスキャルヴ》に卸される食材は、こうした都市外の自然領域で作られてますのよ。当然、都市内で買うより、現地で買った方が安いんですわ」
「だからって時間かけすぎだろ!?」
「お金をかけたくなかったら時間をかけるもんですわ」
「そこまでして食事を安く済ませたいわけじゃないし!」
「あら、見えてきましたわよ、目的地が」
「聞けよ!」
「懐かしいですわねー。あそこに行くのは、師匠と修行してた時以来ですかしら」
「聞けってば!」
 どこか悲痛ですらあるヴァルの叫びに、馬車の隅で丸くなって眠っていたケルベロスが、くあ、と軽くあくびを漏らした。


 エーレフォーアの言う目的地≠ヘ、牧草地帯の真っ只中に立つ一軒の家だった。
 ずいぶんと古びた、一階建ての土壁の家である。
 ヴァルは精神を集中して魔力を練り上げ、片眼鏡モノクル――《拡張鏡オーギュメンター》を起動、《魔力感知センス・マナ》を行ってみたが、どうやら家にはなんの魔力も込められていないらしいとわかった。ほとんどすべての家が魔術で生成された石材を用いている《ヴァラスキャルヴ》では考えられないことだ。
 馬車を下ろしてもらい(そのまま馬車が去ってしまったので、帰りはどーするんだとヴァルは不安になった)、家に近づいていく。
 すると、ちょうど家の扉を開けて誰かが出てきた。
 若草色の革チョッキを身につけ、フェルトの帽子を頭に載せた、たくましい体格の男だ。くわを手にしているところからすると、農夫なのだろう。
「ディラフさん!」
 エーレフォーアが元気に手を振ると、男は、「お」と相好を崩した。
「エーレフォーアちゃんか! はっは、久しぶりじゃねぇか!」
「お変わりないようですわね!」
「ここじゃ、変化なんてあってないようなもんさ」
 ニッと笑って、ディラフは鍬を叩いた。
「そういや、ちょいと前、あんたンとこの師匠も顔を見せたよ」
「あら、そうでしたの」
「また卵をくれって話かと思ったら、覆面がボロくなったから布をくれって言われてさ」
「相変わらずですわねー、あの人ったら」
「まったく、いつまで経ってもよくわかんねぇお人だよ」
 豪快に笑ってから――ディラフは、おや、と不思議そうな顔をした。
 エーレフォーアの肩越しに、腹が減りすぎて肩を落としているヴァルの姿を見つけたのである。
「どうしたい、坊主。死にそうなツラァしてるじゃねぇか」
「うん、まあ……」ヴァルはこめかみを押さえた。「朝から何も食べてないのに、つい精神集中とかしちゃったせいでね……」
「ほう? んじゃ、なんか食ってくか?」
「いいの!?」
「おうよ」
 バッと顔を上げるヴァルに、ディラフはにこにことうなずく。
「俺もそろそろ飯にしようと思ってたとこでな。お天道さんがカッカ照りつける真昼にゃ、きっちり休んでおくのが農夫の心得よ」
「あら。鍬を持って出てきたから、休憩が終わったところかと思いましたわ」
「いや、それがなあ。うっかり鍬を持ったまま家に入っちまったもんだから、女房に怒鳴られたとこなのよ」
 照れ笑いを浮かべるディラフの姿が、今のヴァルには後光すら射して見えた。
「じゃあ、よかったらご相伴に預からせて――」
「せっかくですけど遠慮しておきますわ」
「え」
 にっこりとエーレフォーアが言って、背後の少年を絶句させた。
「実は、このヴァルに料理をさせようと思って、食材を買いに来たところですの」
「ほう? なんだ、そうだったのか」
「ええ。ですから、帰って自分たちで作りますわ」
「朝食どころか昼食すらすっ飛ばす気か!?」
 思わず叫びを上げるヴァル。
 一般に、《ヴァラスキャルヴ》では一日二食〜三食を基本とする。多くの市民は昼・夕の二食だが、肉体労働や極度の頭脳労働に携わる人間は、朝食を採って一日の力を充実させる場合が多い。外法術ハッキングという、頭脳と精神をフル回転させる技術を生業とするヴァルも、朝食は採る派である――そして、どちらの場合にせよ、いちばんがっつりと食べるのは昼食と相場が決まっているのである。それが抜かれるとなれば、叫びたくもなる。
「だいじょうぶですわよ」
 エーレフォーアは、あっさりと言った。
「ディラフさんのところの卵は、食べるとものすごく元気が出るんですもの」
「卵だけじゃないぜ」
 ディラフがウィンクを飛ばしてくる。
「ウチは、麦がメインでよ。夏に収穫する小麦とライ麦の畑、秋に収穫する大麦の畑、それから何もしない休閑地の畑を毎年入れ替えながらやってんのさ。一度作物をこしらえた畑は、休ませねぇと回復しねぇからな」
「休ませてる土地には、牛や馬を放牧してるんですのよね」
「ああ。遊ばせておくのはもったいねぇし、あいつらの肥料は土地を豊かにするんでな。それでも足りねぇ分は、俺が《地神》の力でなんとかしてる。ま、そうやって都市に麦を送ってるってわけよ」
 世界に漂う魔力を練り上げる才能を、神性≠ニいう。
 神性には多くの種類があり、それによって、得意とする能力が異なっている。ヴァルの神性は奪う≠アとに特化した《賊神》、エーレフォーアの神性は戦うことに優れた《戦神》である。ディラフの《地神》は、大地の力に強く根差したもので、確かに、土地に豊饒をもたらす力があると聞いた覚えもある――が、そんなことはどうでもいい。
「特に、ディラフさんのところの麦の余りを食べて育った鶏の卵が格別なんですのよ……って、ヴァル? 何うずくまってますの?」
「むしろなんで君は元気なんだよ……」
 ヴァルは、恨めしそうな目で少女を見上げた。
 その時だった。
 遠くの方から、悲鳴が響いた。
「ブモォオォオオオオォオオオ――――ッ!」
 牛の。
「……え?」
「は?」
 きょとんとなるエーレフォーアたちとは対照的に、
「今のはッ!」
 ディラフは血相を変えて駆け出した。
 鍬を捨てて――かと思いきや、しっかりと握ったまま、牧草地帯の奥へと向かっていく。
『いったい』『何事で』『ございましょう?』
「わかりませんわね……とりあえず行ってみましょう!」
 ケルベロスとエーレフォーアが地を蹴って――
 ふと振り向いた少女が、足を止めて叫んだ。
「行きますわよ、ヴァルー!」
「さらに走れっての!?」
 ヴァルは心からの悲鳴を上げた。


 現場に駆けつけたヴァルたちは、唖然となった。
 そこは、牛が放牧されているあたりだった。
 肉づきのいい牛たちが慌ててその場を離れようとしているなか、鍬を構えたディラフだけが、叫び声を上げて踏みとどまっている。
「バグドラシュヴァン! ええい、畜生ッ!」
 彼の叫びは、空に放たれていた。
 地上から十メートルほど離れた位置に、一頭の牛の姿がある。
 バグドラシュヴァンというらしいその牛は、短い四足をじたばたと動かしながら、悲痛な声を上げている。普段、地面に接し続けて生きてきた獣が、突如として宙吊りにされたのだ。その不安はすさまじいものがあるだろう。
 解せないのは、なぜ宙吊りであるのかだ。
 ヴァルたちには、牛が独りでに宙に浮いてもがいているようにしか見えないのである。
 単に吊るされているだけではない。徐々に高度が上がっていく。
「何がどうなってるんだ……?」
 怪訝のつぶやきを漏らすヴァルの姿もまた、空にあった。
 翼を広げて飛翔する、銀色の鷲型魔人形ゴーレム《フレースヴェルグ》。その下部に備えつけられた輪につかまって飛んできたのだ。
 《フレースヴェルグ》の飛翔能力は念動魔術の《飛空フライト》によるものであり、本来、グラムラインと接続アクセスすることで魔力供給を受け、起動する。従って、グラムラインのないこの土地ではヴァルが自ら魔力を注ぐしかない。だが、今のヴァルにそんな余裕があるはずもない。
 にも関わらず飛べているのは、《フレースヴェルグ》に魔力を自動供給する魔術式アプリケイションが組み込まれているからだ。
 《フレースヴェルグ》の内蔵式魔力砲塔マナ・カノンは、携行型の魔術器具グラムドライバーとしては破格の威力を持つのだが、必要となる魔力量が多すぎてグラムラインの供給制限に引っかかってしまっている。そのため《フレースヴェルグ》は、グラムラインから魔力供給を受けて《飛空フライト》の効果を発揮しつつ、魔力砲塔マナ・カノンを撃つための魔力を自分で賄うべく、時間をかけて魔力を蓄積させる魔術式アプリケイションを備えているのだ。今回は、魔力砲塔マナ・カノン用の蓄積魔力を《飛空フライト》に回しているというわけだ。
「いったい何事ですの!?」
 エーレフォーアの声が上から聞こえる。彼女は《フレースヴェルグ》の上にしゃがみ込んでいる状態だ。
『念動魔術で』『牛を連れ去ろう』『という魂胆でしょうか』
「いや……」
 ヴァルは《拡張鏡オーギュメンター》を起動する。
 すると、牛のやや上方に魔力が渦巻いているのがわかった。
「牛に念動魔術をかけたのなら、魔力は牛から感じられるはずだ。そうじゃないってことは……おそらくだけど、魔術で透明化した何者かが、牛を持ち上げている・・・・・・・!」
「――なるほど」
 いらえと同時に、ぞらり・・・という金属の擦れる音が響いた。
 エーレフォーアが両手持ちの大刀を鞘から引き抜いたのだろう。
「でしたらッ!」
 衝撃が《フレースヴェルグ》を揺るがす。
「ってまさか――」
 答えのわかっている疑問ほど虚しいものはない。
 《フレースヴェルグ》の背を蹴ったエーレフォーアが牛の上へと跳躍していくさまを、ヴァルはあきれながら見送るはめになった。
「――いやぁああぁああああああッ!」
 すでに地上十五メートルに達する位置――であるにも関わらず、微塵の恐怖も宿さぬ勇ましすぎる烈声を上げ、エーレフォーアは大刀を振りかぶった。
「せいッ!」
 剛剣が一閃――牛の真上、何もないはずの虚空に激突・・し、激しい火花を撒き散らす。
『げぅあっ!?』
 苦痛と驚愕が混じり合ったような悲鳴が遅れて上がった。
 途端、上へ上へと上昇していた牛が、急激に落下する。透明化していた何者かが、エーレフォーアの打撃を受けて手を離したのだろう。
「ブモォォォオオオ――……!」
 憐れましい牛の鳴き声が、尾を引いて宙に響く。
 このままでは、大地に激突して少し早い食用肉への旅立ちを迎えることになる。
「ええい!」
 落下する牛に、ヴァルは《フレースヴェルグ》を向かわせた。
 地上七メートルあたりで接触――下に落ちる牛と横へ翔ける《フレースヴェルグ》が交差した瞬間、ヴァルは懐から取り出していた小さなメダルを牛の口に叩き込んでいた。途端、牛の落下速度が目に見えて緩まる。
 《浮遊フローティッジ》の護符アミュレットだ。まさか、牛を救うために使うことになるなどとは、夢にも思っていなかった。
 そのままヴァルも地面へ向かう。飛翔速度を調整し、危なげなく着地を決めてから空を見上げると、エーレフォーアの戦いはまだ続いていた。
「くっ……!」
 左腕を伸ばし、見えない何かにつかまったまま、エーレフォーアは空中に留まっていた。その肢体が大きく揺れているのは、つかまった何かが激しく身を揺すっているからか。
 さすがに、その状態で大刀を振るうことはできない――
 かと思いきや、
「……せいッ!」
 エーレフォーアは、右手の大刀を鋭く上に投擲・・した。
 投げ上げられた大刀は、すぐさま切っ先を下に向けて落下を始め――その勢いと重量とで、エーレフォーアの真横の虚空に強烈に突き立つ・・・・
『ぎえぇえええっ!?』
 再び悲鳴。
 直後、大刀の刀身が紅蓮の輝きを帯びた。
 投げる前に、魔剣《ディゾルヴ》に込められた解除魔術を起動させていたらしい。刀身から光が広がり、ざあっと虚空を薙いでいく。
 すると、透明化していた曲者の姿があらわになった。
 それは、エーレフォーアの数倍の体格を持ち、皮膜の翼を広げ、翡翠の鱗に覆われた、四足の爬虫類――
「……ドラゴンッ!?」
 さすがに、ヴァルは驚きの声を漏らした。
 ドラゴン――魔精霊ディーモンのなかでも最も有名な存在である。
 それは、彼らが魔精霊でも最強と目されているからに他ならない。
 だからこそ、様々な紋様のモチーフとして用いられ、人の文化における最強の魔精霊¢怩確固たるものとしてきたのだ。
 それが。
『ぃ――でででででで!』
 泣きわめきながら、じたばたともがいていた。
『いってぇええええぇえ――――! ちょ、マジやめて! ごめん! ごめんて!』
 あまつさえ、恥も外聞もなく平謝りしていた。
 エーレフォーアは、竜の頭の左右から生えている太い角につかまっている状態だ。降り落ちた《ディゾルヴ》は左肩口に突き刺さっており、どくどくと赤黒い血液が流れている。
「……そりゃ、確かに痛いだろうけどさ」
 思わず独りごちるヴァルであった。
「だからって、ちょっと剣で刺されたからって降参する竜とか、あんまり見たくなかったなぁ……」
『ごめんなさーい! すいませんでしたー! な!? ほらオレ謝ってんじゃん!? だからもういいだろおー!?』
 竜族と一口に言っても、ピンキリであるらしい。
 夢を打ち砕かれたような気分で途方に暮れるヴァルに、助けられた牛がなぜか親しげにすり寄ってきていた。


 戦意を喪失したドラゴンは、エーレフォーアを乗せたまま地上に降り立ち、悄然とうなだれた。
 さすがにエーレフォーアもこれ以上ドラゴンを攻撃するつもりはなく、《ディゾルヴ》を引き抜き(情けない悲鳴が上がった)地面に降りている。
 訝しげなエーレフォーア、驚きが抜けきっていないディラフ、ため息を吐くヴァルの三人を前に、ドラゴンは『すんません』と謝罪の意を示した。
『反省してます……』
 なお、肩口の傷は塞がっている。魔術の心得があるらしく、自分で治癒魔術をかけたのだ。
「よく、事情がつかめねぇんだけどよ……」
 ディラフは、困ったように頬をかいた。
「おまえさん、《竜翼島》のドラゴンかい?」
『うっす』
「《竜翼島》?」ヴァルが問うと、
「この近くにある浮島ですわ」エーレフォーアが答えた。「ドラゴンの一族が集まって暮らしている、一種の自治区ですわね」
「俺たち人間は、《竜翼島》のドラゴンと不可侵協定を結んでる。お互いの領域を侵さねぇ限りは、喧嘩しないようにしようぜ、って話だな」
「それが破られたってわけか……でも、なんで牛?」
『いや、それがっすね』
 へこへこと、低い態度でドラゴンが情けない声を上げる。
『実は、家内の卵がすげえ不調なんすよ』
「……はあ」
 魔精霊は、魔力が変質したことで誕生する獣である。多くの場合、なんらかの獣が突然変異する形で誕生するが、そうした魔精霊同士が交われば、その特徴を受け継いだ魔精霊がきちんと産まれてくる。
《竜翼島》にいるというドラゴンたちは、突然変異で生まれてきたドラゴンを祖先に持つ、れっきとした一族≠ネのだろう。だから、卵から産まれる。
『ドラゴンの卵ってぇのは、中が魔力で満たされてましてね……ただ、それがどーも弱ェんです。んで、家内がすっかりへこんじまって。こりゃ、どうにかしなきゃと思いまして……』
「……牛を?」
『いや、あの……旨そうだったんで』
「牛を食べて奥さんが元気になっても、卵の不調は変わらないんじゃありませんの?」
『竜ってのは、自分の魂から糸みてーなもんを伸ばして、卵ンなかの魂と交信できるんでさあ。特に母竜ともなると、常に卵と魂をつないで、産まれてくるための魔力を送り込んでたりもするんで……家内が元気になりゃあ、卵も持ち直すかなーって……』
「女房を元気づけてやりてぇって気持ちはわかるし、ウチの牛を評価してくれるのもありがてぇけどよ……」
 ディラフは、怒るというよりあきれているようだった。
「だからって、不可侵協定を破ってまで、毎日牛をかっさらってくこたあねぇだろうよ」
『ホントすんません……』
 うすうすそんな気はしていたが、どうも牛の強奪事件は今日が初めてではないらしい。
 ディラフが、重いため息を吐く。
「あのなあ、こっちだって鬼じゃねぇんだ。素直に言ってくれりゃあ、協力してやろうって気にもなるもんよ。それだってのに、こんなことするもんじゃねえぜ。だいたい。女房が大変だって時に、おめぇさんが傍にいてやらねぇでどうする? おめぇさんが捕まって、そんでもって人間とドラゴンが喧嘩になんかなってみろ、そん時、奥さんがどんな気持ちになるか、ちゃんと考えたのか? ええ?」
『すんません、ホントその通りっす……』
「…………」
 貧しい一家を養うため万引きに手を出してあっけなく捕まった気の弱いおっさんが店主に怒られているのを見ているようだ、とヴァルは思った。
 ドラゴンはしおしおとしょげ返っており、なんだか妙に憐れみを誘う。
 本質的に悪い性格ではないのだろう……おそらく。
「まあ、今回のことは不問にしておいてやるよ」
 ディラフも同じように感じたのか、困ったような顔でそう言った。
「もう、こんなバカなマネはすんじゃねぇぞ」
『へえ! すんませんっした!』
 ごりごりと頭で地面を抉るようにしながら、ドラゴンは咽び泣いた。
「やれやれ……すまんな、エーレフォーアちゃんに坊主。おかげで助かったぜ」
「いつも卵をいただいてるんですもの。これくらい、させてくださいな」
「ありがとうよ。……そうか、そういや卵の話だったな。ちょうどいい、今日のお礼にとびっきりの卵を選んで分けてやるよ」
「本当ですの!?」
 ぽんと手を打ち合わせるエーレフォーアを見ながら、ヴァルは大きく安堵の息を吐いた。なんだか妙な流れになってしまったが、これで食材調達の旅≠ヘ終わりだろう。ようやく食べ物にありつけそうだ。
「じゃあ、ちょっと《竜翼島》に行ってきますから、帰ってきた時にくださいませね♪」
「は?」
 安堵の吐息が絶句に変わった。
「ちょ、ちょっと? エーレフォーア? なんで《竜翼島》に行くわけ?」
「え、だって」少女はきょとんとして振り向いた。「そのドラゴンさんの卵は不調なんでしょう? ヴァルやケルベロスが見たら、何かわかるかもしれないじゃないですの」
「分析魔術のことを言ってるんなら、ドラゴンたちだって魔術は使えるわけだから、僕らが何かしたところで新情報は出ないと思うけど……」
「やってみなきゃわかんないじゃありませんの。……というわけで」
 エーレフォーアは、ドラゴンの頭をぽんぽんと叩いた。
「わたくしたちを、《竜翼島》まで運んでくださいませんこと? お力になれるかどうかわかりませんけど、やれる限りのことはやってみますわ」
『ホントっすか!? ありがてえ! あんた、いい人だ!』
 おいおいと感涙に咽ぶドラゴンに、エーレフォーアはにっこりと微笑みを受ける。
 その背後で、もうすぐ帰れる≠ニいう希望を打ち砕かれたヴァルは、ただ茫然と立ち尽くしていた。


 《竜翼島》は、その名の通り竜が翼を広げたような形状で、大きく二股に分かれた島である。
 ディラフのいた浮島からそれほど離れてはいないため、ヴァルたちはドラゴン――《馳せ風ストライディング・ガスト》の背に乗って移動した。
 空を飛んで浮島を渡っていると、当然、その下に広がる無限の雲海を目の当たりにすることになる。都市内にいるとあまり実感したことはないのだが、やはり自分たちは天空都市の住人であり、地上とは隔絶されたところにいるのだと、思い知らされる気分だった。
 上空から見ると、《竜翼島》は陸地のほとんどが山岳地帯となっていることがわかる。人間の手で切り開かれていないため、山肌の多くは密集した木々に覆い尽くされている。
 ドラゴンの一族が住んでいるという話だけあって、ちらほらと竜の姿が見受けられた。上空を旋回する者もあれば、地上の獲物を追いかけている者もある。
『なるべく見つからないように行きましょうぜ』
 ガストは、身を縮めながら言った。
『見つかっても、別に取って食ったりゃあしねぇんですが……ややこしいことになるといけねぇんで』
「賛成だ。誰かさんが、すでにややこしい話にしてくれてるからね」
『面目ねぇっす……』
 うなだれながら、ガストは滑空に入った。
 風を裂く竜の体躯が、みるみる山へと近づいていく。翼で風向きをうまく調整し、飛翔の勢いを和らげたガストは、やがて山の上空で滞空状態に入った。そして、ゆっくりと降下していく。
 木立に囲まれて見えなかったが、そこには、山肌に穿たれた洞窟があった。竜が入れる程度の大きさだ。
『オレの巣でさあ。さ、遠慮なく入ってくんなせえ』
 勧められるまま、ヴァルたちはガストの背中を降りた。そのまま、のしのしと中に入っていく彼に続く。
 当然、洞窟の内部に灯りはない。仕方なく、ヴァルは《拡張鏡オーギュメンター》を起動した。この魔具ドライバーには《暗視ナイト・ヴィジョン》の術も付与されているのだ。エーレフォーアも、ヴァルから預けられている対の《拡張鏡オーギュメンター》を取り出している。
「ぃしょっ、と……」
 軽く掛け声。エーレフォーアが精神を集中したらしい。
 ちらりと見やると、少女は億劫そうな顔をしていた。
「さっき、《ディゾルヴ》を起動した時も思いましたけど……やっぱり、グラムラインが通じてないと不便ですわね」
「まあね」
「グラムライン、浮島全体まで伸ばせないんですかしら?」
『難しいでしょうな』『もともとグラムラインは』『都市を覆えるほどのものですらありませんので』
 少女の肩の上でケルベロスが答える。
『グラムラインが都市を覆っているのは』『魔送剣《グラムコネクター》を都市の各所に浮かべ』『補助しているからなのです』
「でしたら、《グラムコネクター》をもっとたくさん造って、グラムラインが浮島まで届くようにしたらいいんじゃありませんこと?」
「残念ながら、《グラムコネクター》は神遺物レリクスなんでね」ヴァルは肩をすくめた。「今の人間の魔術文明じゃ、新しいのは造れないのさ。造れたとしてもやらない気がするけど」
「? なんでですの?」
「グラムラインが届くってのは、メリットばかりじゃないってことさ」
 言いつつ、ヴァルは自らの上着をトン、と指で叩いた。その内側には、彼が愛用する端末板タブレット――《翠玉板エメラルド・タブレット》が収められている。
 こちらの言わんとすることを察して、エーレフォーアが「あ」と声を上げた。
「そっか。グラムラインにアクセスできるってことは――」
「――グラムラインを通じて魔術侵入ハッキングされることもありうるってことさ。仮に浮島にまでグラムラインが届いて、農業やら何やらが魔術器具グラムドライバーで楽にこなせるようになったとして――そこを外法術師ハッカーにやられたら、どうなる?」
「作物が採れなくなって……困る?」
「困る≠チてレベルじゃないね。五十万もの市民を抱える《ヴァラスキャルヴ》の食糧事情は、完全に都市外からの供給に頼っている。それが途絶えようものなら、多くの市民が餓死を迎えるし、生き残った連中も食料を求めて殺し合う暗黒時代が到来する」
 そんなことを話しているうちに、一同は洞窟の最奥に辿り着いていた。
 そこには、美しい黄玉トパーズ色の鱗を持つほっそりとした竜がうずくまっている。
『家内でさあ』
 どことなく自慢げに、ガストが紹介した。
 雌竜が、ゆっくりと長い首をもたげる。どこか物憂げな光を宿した切れ長の瞳がヴァルたちを見つめた。力強く雄々しさに満ちたガストとは対照的に、優美な肢体をしたドラゴンであった。
『あなた、この方々は……?』
『おう、ちょっとな……卵の様子を見てくださる先生方だ』
『まあ』
 先生ってなんだよ、とヴァルが思っているのをよそに、母竜はすがるような眼差しを向けてきた。
『遠いところを、ありがとうございます。この島で最も魔術に長けた同族に調べていただいたのですが、とんと見当がつかぬということで……』
「となれば、僕たちが調べて何かがわかるって可能性は薄そうだけど」言いつつ、ヴァルは片眼鏡モノクルの位置を正した。「まあ、物は試しだ。その卵、見せてもらってもいいかな?」
『ええ……どうぞ』
 ゆったりとした動作で、雌竜は身体を洞窟の脇に寄せた。
 それによって、彼女が抱いていた白い卵がヴァルたちの前に姿を現す。
 一抱えはあろうかという大きさだ。つるりとした質感で、傷ひとつついていない。
「ふむ……」
 起動させたままの《拡張鏡オーギュメンター》で見ると、確かに卵の内側から魔力の反応が発せられていた。その波長はひどく不安定で、いつ消えてもおかしくないように見える。
『それでは』『分析魔術を』『行使いたします』
 進み出たケルベロスが、首の動きで宙に魔文字ルーンを刻みつつ、呪文スペルを唱え始める。
 ヴァルも同じ術を使おうとして――
(――?)
 違和感に、眉をひそめた。
(……なんだ?)
 何か・・変だ・・。直感がそう告げていた。
 ただし、変だ≠ニいう感覚に知識が追随していない――なぜ変だと思うのか、ヴァル自身がわからないでいる。
(うーん……なんだろう?)
 変だと思う対象があるとすれば、卵の魔力しかあるまいが――
(なんだろう、これを見てるとなんか引っかかるんだよな……波長の感じというか……この魔力の揺らぎ方……これじゃ、まるで――)
「……!」
 不意に、ヴァルの表情が緊迫を得た。
 戦慄が背筋を撃ち、空腹でどんよりとしていた脳に、突如として電流が通う。
「ヴァル?」
 隣のエーレフォーアが不思議そうにのぞき込んできた。
「どうかしましたの?」
「いや……」
 ヴァルは、まさかと思いながら、指先を宙に走らせた。
「そんなはず、ないとは思うんだけど……」
 強く精神を集中し、魔文字ルーンの連なりを描いていく。
「《我が指先は神秘を穿つ》《幽玄の帳を引き裂きて》《闇の内なる秘奥に触れる》……」
 呪文に応じて魔文字ルーンが発光――その意味的象徴に応じて周囲の魔力が練り上げられ、ヴァルの意に従っていく。
 《魔力探知サーチ・マナ》の術だ。
 《拡張鏡オーギュメンター》に付与されている《魔力感知センス・マナ》は、周囲の魔力の様態を感じ取るためのものだが、《魔力探知サーチ・マナ》は違う。魔力の糸を伸ばし、より鮮明に魔力を探る術だ。そして今、ヴァルは意志力を振り絞り、可能な限り多くの魔力をその術に注いでいた。
『ふむ』『確かに』『原因となるものは見受けられませんが……』
 《魔力解析アナライズ・マナ》の術を行使し終えたケルベロスが、言いながらこちらを見やる。
 ヴァルは、慎重に卵へと魔力の指先を伸ばしていく。
 あった・・・
 びりっという反応がヴァルの精神に逆流してくる――魔力の指先は、《拡張鏡オーギュメンター》では見つけられなかった隠された魔力・・・・・・に触れたのだ。
「なんらかの術が卵にかけられている……」ヴァルはつぶやいた。「かなり強い魔力を用いなければ見出すことができないよう、《魔力隠蔽コンシール・マナ》を併用しながらね……」
『なんだって!?』
 ガストが、ぎょっとなった。
『じゅ、術って――誰かがウチの卵に何かしたってんですかい!?』
「ああ。それも、これは……まさかとは思ったけど、間違いない」
 ひた、と卵を見据え――ヴァルは告げた。
「この卵――魔術侵入ハッキングを受けている!」


NexT
クラッキング・ウィザード 短編目次へ