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クラッキング・ウィザード



『バトル・フォー・エッグス』







『卵のなかの魔力の波長は、魔術侵入ハッキングを受けて防衛効果を発揮している時の防魔壁ファイアウォールのそれに、よく似ていたんだ』
 烈風が駆け抜ける。
 《竜翼島》上空――飛翔するガストの上にしゃがみこんだエーレフォーアは、《拡張鏡オーギュメンター》側の視界に表示された表示窓ウィンドウから聞こえるヴァルの声に耳を傾けている。
「でも、ここにはグラムラインがないから、魔術侵入ハッキングができないはずじゃありませんの?」
『普通ならね。でも、ドラゴンは普通じゃない』
 驟雨のごとき指打タップの音が響く。
『ガストが言ってた通り、ドラゴンは糸≠伸ばして卵とつながりを持てる。この事件の犯人は、そのつながり――《ドラゴニック・ライン》とでも呼ぶべきものを、グラムラインの代わりにしたんだ。《魔力感知センス・マナ》で気取られないよう、それを隠蔽魔術で隠しながらね。もちろん、似ているとはいえグラムラインそのものではないものを使って外法術ハッキングするわけだから、魔文字ルーンを駆使した調整が必須で――』
『……しかも、それができんのは竜族だけ――ってワケですかい』
 ガストが怒りに震える。
『しかし、なんで卵に……その、魔術侵入ハッキングとかってのをする必要があるんですかい!?』
魔術侵入ハッキングは、他者の魔術領域に侵入し、その魔術式アプリケイションを改竄する術だ。この場合、竜の卵の中身――生まれてくる新たな竜の魂とでも言うべきものが、魔術式アプリケイションにあたる。おそらくだけど、卵に魔術侵入ハッキングすることで、その精神を自由に改竄できるはずだ――つまり、君たちの子供の性格も思想も、好きなようにいじれるってわけ』
『な――なんじゃそりゃあ!?』
 怒りと動揺のあまり、ガストがふらついた。
『くそっ――どこのどいつがそんな真似を!』
『ほどなくわかるさ。そのまま飛んでくれればね』
 ヴァルが、薄っすらと笑う気配がした。
『剣を執る者は剣によりて死す――ってね。外法術ハッキングがどれだけハイリスクな真似なのか、そいつはすぐに知ることになるさ』

 母竜の見守る前で、ヴァルは《翠玉板エメラルド・タブレット》に指打タップの雨を降らせ続ける。
 額には汗が浮いていた。いつもなら必要のない負担――《拡張鏡オーギュメンター》と《翠玉板エメラルド・タブレット》に自ら魔力を供給し続けるべく、気を張り続けているためだ。特に《翠玉板エメラルド・タブレット》は強力な魔術式アプリケイションを多く搭載している分、必要となる魔力の量が多い。
 敵外法術師ハッカーの位置を割り出すのに、魔術侵入ハッキングは必要ない。敵は、自身から《ドラゴニック・ライン》を伸ばし、グラムラインの代わりとしているのだ。ならば、隠蔽魔術を貫通した今なら、《魔力感知センス・マナ》で《ドラゴニック・ライン》を辿っていくだけで、本体に辿り着くことができる。エーレフォーアたちが採っているのは、そういうルートだ。
 にも関わらず、ヴァルがこうして汗水を垂らしているのには理由がある。
(《ドラゴニック・ライン》はグラムラインそのものじゃない――接続アクセスするには、グラムラインに接続アクセスするのに使う魔術式アプリケイションを改良しなくちゃいけない……)
 無数の魔文字ルーンが板面に踊る。
(《魔力解析アナライズ・マナ》でつかんだ《ドラゴニック・ライン》の特徴を元に、接続アクセスを可能とするにふさわしい文脈を魔文字ルーンで形成する――そうして即席の略式儀典プロコトルを構成、一時的な接続アクセスを通す……!)
 持てる知識を総動員する。数万を超える数の魔文字ルーンの形状と、それが象徴する意味性、それら同士の熟語構造による新たな意味の派生を脳内から瞬時に検索。《ドラゴニック・ライン》への強制接続アクセスを通す≠スめ、次から次へと魔文字ルーンをつなげていく――熟語だけでは足りない、複数の熟語の組み合わせで別の意味を象徴する比喩技法ケニングを駆使しなければ、できることではない!
 鬼気迫る形相で指打タップを続けるヴァルを、母竜が不安そうに見つめている。
 それに気づいたヴァルは、彼女に顔を向け、強い笑みを浮かべてみせた。
「だいじょうぶだよ、奥さん。安心してくれていい。この子は強い子だ」
『え――』
 驚きに満ちた母竜の美しくきらめく眼を、ヴァルはじっと見つめる。
 そうしている間も指は板面上を荒れ狂い、いっさいの澱みなく魔文字ルーンを描き続けている。
「卵の不調は、数日前からあったんだろ? この子は、ずっと魔術侵入ハッキングに耐えてきたってことさ――まだ物心ついてないのに、生まれてすらいないのに――この子には、強い意志がある。自分を自分のものとする、そういう確固たる誇りがある!」
 《翠玉板エメラルド・タブレット》へ向き直る。
「この子は強い。きっと、どこまでもはばたいていける。果てしない空の、限りない彼方へ行ける、そういう心が息づいている……」
 だからこそ――
「その心を奪わせはしないさ――魔術探偵の意地にかけてね!」
 たん、と強く魔文字ルーン指打タップ
 《翠玉板エメラルド・タブレット》が光を放ち、昂然として見つめる少年の相貌を淡く照らし出す。
「即席の略式儀典プロトコルを構成完了――接続魔術式アプリケイションの構造を変換して適用――」
 指打タップ
「仮想グラムラインとの意味的乖離を封鎖調整――防魔壁ファイアウォールを限定承諾――解放!」
 指打タップ
 暴れる魔力を、魔文字ルーンの群れで強引に説得≠キる――というより、もはや言いくるめ≠トいく。騙す騙るは外法術師ハッカー十八番おはこだ。
 グラムラインではないものをグラムラインと誤認させて魔力のパスを伸ばす――ヴァルの指は、適宜魔文字ルーンを選択・指打タップ続けている。少しでも言いくるめ≠ェ途切れれば、魔力は霧散し、接続アクセスは解消される。
「……行く!」
 指打タップ
 《翠玉板エメラルド・タブレット》と《ドラゴニック・ライン》が魔力でつながれ、その糸の上を、ヴァルの使い魔ファミリアである狼型の星霊獣アストラル・ファミリア《フレキ》が駆け抜けていく。《拡張鏡オーギュメンター》に新たな表示窓ウィンドウが表示され、その姿が映し出される。
 暗黒の空間に淡く輝ける太い帯――《ドラゴニック・ライン》。《フレキ》は、細い光の横道からそこへ飛び降りる。
 風のようなものが、狼の毛並みを撫ぜていく。一方的に流れる魔力の波濤だ。それが向かう先には、大きな光の塊がある。
「あれが、卵か……」
 魔風を受けた光の塊は、不安定に揺らいでいる。外法術ハッキングに抵抗しているのだ。
(どう戦う……?)
 ヴァルは一瞬、思案した。この魔風を止めるには、《ドラゴニック・ライン》の先にある発信源――おそらくは竜族の外法術師ハッカーの精神――まで到達し、打撃を与えねばならない。
 なら、それを優先するのがいちばんである……が。
(僕がそいつを殴っている間、あの子はずっと苦しみ続けるわけか)
 この数日間、ずっと耐えてきたのだ。あと少しくらい、まだ抵抗は続けられるだろう。
(――なんて考えるのは、癪だな)
 合理的ではあるが――やりたくない・・・・・・
(なら、どうする?)
 決まっている。
「――両方だ・・・ッ!」
 ヴァルは、《フレキ》を卵の方へと向かわせた。
 光の帯を駆け抜ける灰色狼――その全身から、ヴァルの打ち込んだ魔文字ルーンが光となって伸び、卵に到達する。
「聞こえるか」
 ヴァルは、静かに呼びかけた。
 卵へ――そのなかにいるはずの、いつか竜として生まれるべき魂へ。
「今、君は攻撃されている――君という君を喰われようとしている・・・・・・・・・・・・・・・・!」
 卵が震えた――恐怖にか。怒りにか。あるいは、まだそのどちらであるかすら、自分ではわからないでいるのか。
 いずれにしても、そんなのは嫌だ≠ニ思っていることは間違いあるまい――卵の起こす激しい蠕動が、それを証明している。
 ヴァルは、薄っすらと微笑みを浮かべた。
「君は強い。よく耐えた。だが、耐えるだけだ。それじゃ勝てない――牙には牙を! 誇りの牙を持たずして、己の意志は守れない!」
 牙――? と、卵が揺れた。それはまだ、卵の知らない概念だった。
「そうだ――牙だ!」
 《フレキ》が馳せる。あと少し。
「自分のなかの、いちばん鋭く尖った部分だ――敵を貫き、壁をぶち抜く……そういう意志の象徴たるものだ!」
 狼が跳躍する。ガッと大きく顎を広げ、ずらりと並んだ牙を剥く。喰らいつく――震え続ける卵に向けて!
 同時に、ヴァルの眼が光を発した。
 暗い洞窟のなかで、手元の端末板タブレットから放たれる光に照らし出されていた少年の双眸が、まぎれもなく自ずから光を放ち、きらめいていた。紫水晶アメジストの輝きが、燃え滾るような意志を示していた。
 《賊神》の神性を全力で解放――魔術ではなく、神性に基づく能力を行使する。
精神侵入マインドハック》――他者の心に踏み入る禁断の力を、《フレキ》を通じて卵に放つ。
 相手の精神に触れ、その抵抗を打ち破ることができれば、その在り様を自在に改竄しうる――それだけの力を、しかしヴァルは、まったく別の形で用いていた。
 心で心に呼びかける――ただそれだけの力として。
「君にはまだ牙はない!」
 心の叫びが心に届く。心を震わせ、心をつなぐ。
「だから――使え! 僕の牙だ! 意志を脅かすものすべてを貫くために磨いた牙だ!」
 心で呼ばう。心に問われる。心で応える。心が揺れる。心が決まり――心が吼える。
「さあ――どうする!?」
行く・・
 はっきりとした応答が、直接ヴァルの精神に響いた。
その牙で・・・・――行く・・!)
「なら――来いッ!」
ああ・・――行く・・ッ!)
 光が、形を変えていく。
 巨大な光の塊が、喰らいつく《フレキ》の体内へと呑みこまれていく――渦を為し、螺旋を描き、確たる意志持つものとして――まさしく一個の牙≠ニして、《フレキ》のなかへと滑り込んでいく。
 やがて、牙と化した光すべてが《フレキ》に呑みこまれ――
 《フレキ》が、震えた。
 見覚えのある震え――あの卵の震えだった。
 膨大な魔力が狼の全身に満ちていた。荒れ狂うほどの力。制御しがたいほどの熱。まだ生まれてすらいない魂の、自分として生まれたい≠ニいう意志そのものだ。
 本来なら、それは爆裂四散し、無為に霧消していたかもしれない。自分の意志を、魂を示すすべを知らぬがゆえに、有り余る熱と力が暴走し、形を取ることすらできなかったかもしれない。
 だが、ヴァルの示したイメージが――牙≠ニいう意味性が、その熱に形を与えた。
 《フレキ》の背に、皮膜の翼が大きく広がる。
 《フレキ》の額に、巨大な角が逞しく生える。
 そして――《フレキ》の口に、鋭く長い二本の牙が宿る。
『オ――』
 《フレキ》が吼えた。
『オオ――オォオオ――』
ただの咆哮ではなかった。それは、二重に響く雄叫びだった。
『オ――オォオオオオオォオオオオオオオオオオオッ!!』
 それは――卵とヴァルの、内側から沸き起こる意志を形に変えた、牙の叫びだった。
 目標を失った魔風が、《フレキ》に迫る。その意志を食い潰し、望むがままに変えようという不遜さで迫る。
 《フレキ》がそれらを、見た・・
 それだけで、魔風のすべてがガラスのように砕け散った。
 圧倒的抵抗――食い潰してくるものを食い潰す牙の意志の顕現だった。
「このまま攻め入る」
 厳然として告げると、《フレキ》の内なる光から、確かなうなずきの気配があった。
早く行こう・・・・・
 同時に、どこかうずうずとした呼びかけがあった。生まれて初めて牙≠手に入れた竜が、自らの意志を示したくてたまらないでいるのだった。
「焦るなよ」
 ヴァルは笑みを浮かべ、魔文字ルーンで《フレキ》の背中を撫ぜた。
「敵はもう逃げられない。確実に喰らいつき、思い知らせてやろう――手前勝手な真似をしたことへの報いってヤツをね」
ああ・・…!)
 ぶるり、と《フレキ》が震える。全身が脈打ち、翼が強くはばたく。
「さあ――反撃を、始めよう!」
 ヴァルが、そう宣言すると――
 待ってましたとばかりに地を蹴った《フレキ》が、瞬時にして、《ドラゴニック・ライン》を駆け抜ける尋常ならざる速度の颶風と化した。



「……見つけたッ!」
 エーレフォーアが、鋭く叫んだ。
 《竜翼島》の右翼先端にあたる断崖――そこに、一頭の竜が座っていた。
 眼下を埋め尽くす叢雲を見つめる、群青色の鱗の竜。《ドラゴニック・ライン》は、その竜とつながっていた。
「そこの竜!」
 少女の呼びかけに、竜が振り向く。
 どこかひねたような、鋭い目つきをしている。ガストに比べて体格が小柄であるところを見ると、雌竜なのだろうか。
 怪訝げに振り向いた竜は、ガストの姿を認めて、あからさまにぎょっとなった。
『は……!? な、なんで――!?』
『てめえは――《流羅雲クラウディ・アライ》!』ガストが吼える。『なんだってウチの卵にあんな真似をしやがった!?』
『っ……!』
 翼を広げ、逃げようとする《流羅雲クラウディ・アライ》。
「言い逃れはしないってことですのね」
 エーレフォーアは、遠慮なく《ディゾルヴ》を抜き放った。
「ガスト! 接近を!」
『うす!』
 ガストが加速――《流羅雲クラウディ・アライ》に突撃せんばかりの勢いで迫る。
『くっ!』
 地を蹴って離陸する《流羅雲クラウディ・アライ》の真横をガストが通過する――瞬間、
「はあッ!」
 エーレフォーアの烈剣が閃き、すれ違いざまに《流羅雲クラウディ・アライ》の脇腹を峰で殴打した!
『うあっ……!』
 離陸の瞬間に強烈な一撃を受けた《流羅雲クラウディ・アライ》は、空中で体勢を立て直すこともできず落下。なんとか身をひねり、翼を激突から守るものの、腹部を強かに打つことになる。
 エーレフォーアはガストの背を蹴り、大刀を振りかぶりながら《流羅雲クラウディ・アライ》めがけて飛び降りた。ケルベロスは、少女の肩にがんばってしがみついている。
「はぁあああぁああああ――――ッ!」
 落下の勢いを乗せた剣撃を見舞おうとする少女に、《流羅雲クラウディ・アライ》がぎろりと凄烈な睥睨へいげいを向ける。
『調子に乗るなッ!』
 振り向きざま、大きく開かれた口腔から火の粉が爆ぜる。次の瞬間には、落下してくるエーレフォーアめがけて、灼熱の火球が吐き出されていた。
 対して少女は、怯むことすらなく、カッとまなじりを裂いて刀身に指を走らせる。
「《溶かし尽くせよ》《紅蓮の刃》ッ!」
 細い指でなぞられた魔文字ルーンが赫々として輝く。
 直後、落ちゆく少女と昇りゆく火球が邂逅を迎える――
『《守護せよ》!』『《防護せよ》!』『《障壁よあれ!》』
「おぉおおおぉおおおおおおおぉおおお――――ッ!!」
 ケルベロスが三重の防壁を構築すると同時に、エーレフォーアはは気勢も鋭く剣を振るった。
 魔力を阻害する力を得た刀身が火球を薙ぐ――ふたつに断ち割る!
『何ッ!?』
 驚愕する《流羅雲クラウディ・アライ》の真上で、ふたつの爆光がきらめく。
 剣によって斬断された火球が撒き散らす猛烈な爆炎の帳を、防護障壁に守られたエーレフォーアが突き破って現れる!
「せいッ!」
『ぬうッ!』
 叩きつける一刀を、《流羅雲クラウディ・アライ》は反射的に振り上げた右腕で防御。鋼鉄の鎧をも引き裂く鉤爪で受け止める。
 竜の膂力りょりょくは、人間のそれをはるかに上回る。いくらエーレフォーアが剛力を誇るとはいえ、さすがに竜のそれにかなうものではない。
 にも関わらず、
「ふ!」
 鍔迫り合いの状態でエーレフォーアが着地すると、《流羅雲クラウディ・アライ》の身体がぐらりとよろけた。
『えッ……!?』
 信じられない、という顔をする竜――力負けするはずないという自信を砕かれ、愕然となっている。
 実際には、腕力で押し切ったわけではない。受け止められると見るや、相手の挙動に対して鍔迫り合いにおいて最適な角度と重心を選択・調整し、着地と同時に力の流れを制御して、《流羅雲クラウディ・アライ》が自ずとよろける方向に誘導してみせたのだ。類稀なる身体能力と、無数の実戦のなかで磨き抜かれてきた戦闘感覚センス、そして培い続けてきた武技の冴え――その三重奏があって初めて可能となるわざであった。
 さらに、すばやく剣を引きざま身をひねり、よろけた《流羅雲クラウディ・アライ》の足元に一閃を繰り出している。足裏を撃たれた《流羅雲クラウディ・アライ》は、さらに体勢を打ち崩され、無様な転倒を余儀なくされた。
 容赦なく追いすがるエーレフォーア――仰向けに倒れた《流羅雲クラウディ・アライ》の頭部に《ディゾルヴ》を撃ち下ろす。
 が、今度は少女が驚愕の表情を見せた。
 振り下ろされた大刀を、竜はそのあぎとで噛み止めたのだ。
 顎咬がっこう真剣白刃取り――人間ならばとても真似できるものではないが、竜のおそろしく強靭な咬噛力こうごうりょくと野性の反射神経が、見事、可能としていた。
 仰臥したまま《流羅雲クラウディ・アライ》が振り上げてくる腕の一閃を、エーレフォーアは躊躇なく大刀から手を放すことで飛び退って回避――徒手空拳で構えを取る。
 《流羅雲クラウディ・アライ》はその間に起き上がり、ぞんざいに《ディゾルヴ》を脇へ吐き捨てた。
「さすが――ドラゴン……」
 つぶやきながら、エーレフォーアは湧き上がるような笑みを浮かべている。
 侮られたと感じたか、《流羅雲クラウディ・アライ》が憤怒の咆哮を発した。
『噛み砕いてくれるぞッ、人間ッ!』
「やってごらんなさい」
 笑みのまま、少女は本気の声音で応答した。
「――牙が折れても知りませんけど!」


 暗黒の世界を、翼ある狼が駆け抜ける。
 もともと、可能な限り星霊武装アストラル・オプションを省いて敏捷性スピードに特化した構成としている《フレキ》が、竜の力を得たことでさらなる加速を果たしていた。広げた翼から魔力の粒子を放ち、輝ける《ドラゴニック・ライン》の上を踏破していく。
 主導権を竜の魂に委ね、索敵に徹していたヴァルは、感知距離内に新たな魔風の反応が生じたのを察した。
「来るぞ!」
破るまで・・・・・!)
 確然たる戦意が返る。
 直後、ごうっと唸った幾筋もの魔風が、《フレキ》へと殺到した。
「当たると痛いぞ! かいくぐれ!」
 《フレキ》は、疾走の速度を落とさぬまま身を低くした。
 直後、翼が魔力の炎を噴く。
 魔風がこちらを捉える軌跡を描く前に、一気に加速。魔風の真下を駆け抜ける。
 すれ違いざま、軽く地を蹴って全身をひねる――錐もみ状に回転しながら、両の翼と量の爪とで、下から魔風に斬りつける。
 交錯が終わり、《フレキ》が《ドラゴニック・ライン》に着地した時には、切り裂かれた魔風の群れがバンッと弾け、背後で雲散霧消していた。
 着地と同時に疾走を再開。ほとんど勢いを殺していない。
この程度・・・・なんとでもなる・・・・・・・
「この程度ならね」
 つぶやいたヴァルは、新たな反応に気づいていた。
「今度はさっきのようには行かないぜ。――追尾式だ!」
 弾丸上に凝った魔風がみっつ、前方から《フレキ》に迫ってくる。
《フレキ》は、先ほどと同じように急激に加速。弾丸と交錯――しようとして、慌てて直角に右へ跳ぶ。
 その判断は正しかった。魔風の弾丸は、加速した《フレキ》に対応する軌道を自動的に描いていたのだ。あのまま突っ込んでいれば、正面から食われていた。
 右に跳んだものの、魔弾はまだ追いすがってくる。前方へ駆け出す《フレキ》の背後に、ぴったりとついてくる状態だ。速い。今の《フレキ》ですら、いずれ追いつかれる。
「よく避けた」
 ヴァルは、展開しかけていた障壁の魔術式アプリケイションを閉じながら、魔文字ルーンで《フレキ》を撫ぜてやる。
「自分の力を過信してたら、君はあそこで負けていた」
どうする・・・・)《フレキ》が唸る。(あれは手強い・・・・・・
「任せてもらおう」
 ヴァルは、薄っすらと微笑んだ。
 《翠玉板エメラルド・タブレット》を指打タップ――《フレキ》に仕込んでいる数少ない能動起動型の魔術式アプリケイションを呼び起こす。
 弾丸の群れが、《フレキ》の尻尾に噛みつかんばかりの距離にまで迫った刹那――
「右に跳べッ!」
承知・・!)
 ヴァルの要請に応え、再び《フレキ》が直角機動。
 同時に、《フレキ》の全身から紅蓮の炎が巻き起こっていた。
 かつてヴァルが撃破した、とある企業の星霊獣アストラル・ファミリアが備えていた星霊武装アストラル・オプションだ。本来は、接近戦を挑んできた相手を牽制するためのものである。与えられるダメージは少なく、おそらく弾丸を焼き尽くすことはできないだろう。
 だが、炎を放つと同時に《フレキ》が右に跳んだため、炎それ自体は《フレキ》が跳躍する前の位置に置き去りにされることとなった。
 そして、弾丸の群れは《フレキ》ではなく、置き去りの炎へと突っ込んでいた。
 あの弾丸は、ある程度以上の魔力を自動的に認識・追尾していると、ヴァルは見ていた。そのため、本来なら《フレキ》の跳躍についてくるべきところを、いちばん近くにある魔力である炎の渦を《フレキ》と誤認し、そちらに向かってしまったのだ。
 弾丸は無為に炎を貫いていく。
 これを見逃すふたりではない。
「今だ!」
無論・・!)
 再び《フレキ》が跳躍――翼から魔力を放っての急激加速。炎の渦を通過し、慌ててこちらに向き直ろうとする直前の魔弾どもへ、その背後から猛襲する。
 魔力をまとった翼が、すべての弾丸を一挙に切り裂く!
 破砕された魔弾の爆裂を背景に、《フレキ》は再び直線疾走に戻った。
「……見えた!」
 《ドラゴニック・ライン》の終端――外法術師ハッカー自身の魂が見えてきた。
 ぼんやりと輝く不定形の光の領域が、《ライン》の行き止まりに広がっている。
「このまま突っ込め!」
 《フレキ》が従う――《ドラゴニック・ライン》を一気に駆け抜け、光の領域へと突入する。
 その瞬間、ヴァルの双眸が再び紫水晶アメジストの光を放った。
「――《精神侵入マインドハック》ッ!」
 本来なら、精神魔術の奥義を併用せねばならないはずの、敵外法術師ハッカーの精神への強制侵入。
 端末板タブレット精神接続マインド・リンクしている外法術師ハッカーは稀有であるため、本来、あまり使う機会が多くはないのだが――今回は、魂そのものから《ドラゴニック・ライン》が伸びているため、《精神侵入マインドハック》が有効なのだった。
 敵竜の精神抵抗を――突破!
 自らを押し返そうとする思念の渦を、《フレキ》が強引に突き破り、領域の中央へと向かう。
 そこには、光の柱が立っている。
 外法術師ハッカーの自我である。
「お返しの時だ!」
おう・・!)
 意気軒昂と《フレキ》が応え――
 鋭く伸びた二本の竜牙で、光の柱にかぶりつく!

『私の卵は割れたのだ!』
 わめくようにして、竜が炎の吐息を撒き散らす。
 火球型ではない。扇状に広がる炎だ。その範囲に巻き込まれれば、楯を持たないエーレフォーアではなすすべがない――少女は疾走に集中し、炎の吐息の範囲から逃れていた。
『貴様にわかるか――? 私の悲哀が! 絶望がッ!』
 《ディゾルヴ》を取りに行きたいが、竜もそれをさせまいとしている。炎の息から逃れるために、エーレフォーアは《ディゾルヴ》から離される方向へ追い立てられている。
『私の子供! 子供! 子供ッ! 私が愛せる、そして私を愛してくれる子供を――よこせ! 邪魔をするなァッ!』
「むちゃくちゃですわね!」
 銀髪の先端をちりりと焦がされながら、エーレフォーアは柳眉を逆立てる。
「あなたの卵が割れたのはかわいそうだと思いますけど! だからって、他人の卵を奪っていいとでも思ってますの!?」
『そうするしかないのだ!』
「諦めているから!」
『貴様に何が!』
 《流羅雲クラウディ・アライ》が首を回すのに連動し、業火の群れがごうっと大地を横薙ぎに舐める。
 その息の流れが、走り抜けるエーレフォーアを捉える寸前――
『――――がッ!?』
 突如、《流羅雲クラウディ・アライ》が苦鳴を上げ、炎の吐息が途切れた。
『な……なんだ!?』
 前肢で頭を抑えるようにしてうめく《流羅雲クラウディ・アライ》――
 すると、
『ドラゴンってのは尋常じゃなく頑丈だ』
 エーレフォーアの《拡張鏡オーギュメンター》から、ヴァルの声が流れてきた。
『けど――それは、肉体に限っての話でね。その精神までタフだとは限らない』
『き……貴様!』
君の心をぶん殴っている・・・・・・・・・・・
 ヴァルが不敵な笑みを浮かべている気配がした。
『鱗も何もない、剥き出しの心を殴られる痛み――どのくらい耐えられるかな? 君は』
『貴様ァアァアッ――』
『これは君が与えた痛みだ!』
 からかうような調子から一転、凛然としてヴァルは吼えた。
『在るべき心で生まれようとする魂を、自分の意のままに書き換えようとした――この痛みは、君があの子に与えた痛みだ! 存分に思い知って反省するといい!』
『私は愛そうとしたのだ!』《流羅雲クラウディ・アライ》の絶叫。『あの子の代わりに! 愛を! 私の愛を注ごうとして――』
『そいつは単なる押し売りだ! 最近じゃ、そのへんの法整備が進んでてね――押し売りされた商品は、返品されても文句は言えないのさ!』
『何を言って――』
『さあ――返してやるから受け取ってもらおうか! 心の痛みを・・・・・!』
『ぐ――あぁあああぁああッ……!?』
 《流羅雲クラウディ・アライ》が身もだえる。
 ふらふらとよろけた彼女は、
『……!』
 次の瞬間、ぎょっとなって身を引いた。
 真っ向、正面――ほとんど眼前に、《ディゾルヴ》を手にしたエーレフォーアの姿があった!
『く――』
「手前勝手な愛など言語道断ッ!」
 義憤にきらめく眼差しで、少女は剣を振り上げる。
「そういう奴は――」
『心を込めて――』
「――ぶっ飛ばすッ!」
 大刀が、紅蓮の光を上げ放つ!
「おぉおおおぉおおおおおおおおおおおおおおッ!」
『《貪りの咬牙グラットゥン・ファング》――発動シュートッ!』
 肉体に刻む烈剣と、精神に刻む暴牙。
 ふたつの痛みが、
『がぁああぁあああああぁああああああああっ……!!』
流羅雲クラウディ・アライ》に、凄まじい絶叫を上げさせた!



 《流羅雲クラウディ・アライ》は、降参を認めた。
 悲哀に耐えかねてのこととはいえ、彼女自身、勝手な悪行だとどこかでわかっていたのだろう――うなだれて泣きじゃくる姿を見て、被害者であるガストも、どこかしんみりとした面持ちになった。
『竜族の掟に従って裁く――と言いてえとこですがね』
 ガストは肩をすくめた。
『それやると、俺も結構アレなことしてたのがバレるんで……』
『だろうね』
 ヴァルはあきれて答えた。
『ま、とりあえず彼女の外法術ハッキングを封じておくとしよう。……なんか最近、こういうの多いな』
『頼んます』
 ぶつぶつ言いながらヴァルが《精神侵入マインドハック》による《禁忌タブー》を施し、《流羅雲クラウディ・アライ》が《ドラゴニック・ライン》を悪用することは不可能となった。
 その後、エーレフォーアと共に巣に戻ったガストは、妻と涙ながらに抱き合い、尽きせぬ感謝をヴァルたちに述べた。
 なんでもお礼をする、とガストが言うので、
「じゃ、ディラフさんの家に寄ってから、転移施設まで送ってもらいましょうか」
「そうだね、また馬車を探すのも面倒だし」
 率直な希望を述べると、『そ、そんなのでいいんすか?』ガストは若干、唖然となっていた。
 そうして、ふたりは竜の巣を後にした――ヴァルは、「次は生まれてきた君の牙を見せてもらうよ」と卵の殻を撫ぜ、母竜も目を細めてそれを見つめていた。
 ガストの背に乗って空を飛ぶと、ちょうど、眼下の叢雲の彼方に太陽が沈むところだった。黄金色に染め上げられた雲の世界は、まるで金を溶かし込んだ海原のようだった。
 ディラフの家に寄り、顛末を報告――ぺこぺこと頭を下げるガストに、ディラフは「今度は普通に遊びに来な」と豪快に笑った。
 エーレフォーア推薦の卵をどっさりともらい、再びガストに乗って転移施設の近くまで移動――そこでガストと別れを告げて、ヴァルたちは《ヴァラスキャルヴ》へと戻った。
 転移施設前から出ている列車オルムに揺られ、二回の乗継を経てヴァルの自宅に到着した時には、すでに日が暮れていた。
「ただいまですわー!」
 意気揚々と扉を開け、卵の入った籠を携えたエーレフォーアがうきうきと台所へ向かう。
「いろいろありましたけど、丸く収まってよかったですわね!」
 床に卵を置き、台所の設備を確認して、ひとつうなずく。
「さあ、ヴァル! 料理をしますわよ!」
 笑顔で振り向いたエーレフォーアの視線の先で、
 ヴァルは、ぐったりとソファに突っ伏していた。
「ほらほらー、料理をしますわよー。起きなさいなー」
「……」
 ソファに寝そべったまま、少年はゆっくりと顔を上げる。
 生気のかけらも感じられない表情で、
「……無理」
 ぽつりと言って、再び突っ伏す。
 慌ててエーレフォーアが駆け寄り、肩を揺さぶった。
「って、ちょっとおー!? 無理ってなんですのよ無理ってー!?」
「もう無理……だって夜じゃん……日ィ暮れてんじゃん……」
「ですから夕食を作るんでしょおー!?」
「無理……マジ無理……動けない……っていうか精神集中のしすぎでもう体力が微塵も残ってないっていうか死す……」
「じゃあごはんはどーするんですのよ!?」
「作っといて」
「あ・な・た・が・作らないと意味ないんですったらあ!」
「無理だってば……じゃ、ちょっと死んでるから……ごはん、できたら起こして……」
「こらー! こら、ヴァルー!」
 エーレフォーアに激しく揺さぶられる少年は、もはや屍のように微動だにしない。
 少女の元気な呼びかけが響き続ける家のなか――部屋の隅に陣取ったケルベロスが、静かに眠りに就こうとしていた。


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