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クラッキング・ウィザード



『《亡黒の風ウィンディ・ウィドウ》』







 アルマが、唸っていた。
 かわいらしい衣服の上から星を象った装飾品アクセサリを多く身につけた、洒落た装いの少女だ。
 いつも陣取っている事務所のソファに腰かけ、目の前の、背の低いテーブルに置かれた石版を凝視している。
 石版の名は《四つの書テトラ・ビブロス》――彼女が愛用する端末板タブレットだ。都市を覆う魔力の網グラムラインから魔力供給を受け、さまざまな魔術式アプリケイションを行使することができる。
 今も石版は魔術式アプリケイションを起動し、淡い光を放っていた。板面には十数の魔文字ルーンが浮かび、複雑に入り乱れている。魔文字ルーンは、赤と青の二種類に別れており、互いに食い合うようにして対峙していた。
「……ここだ!」
 アルマは厳めしい面持ちで言うと、魔文字ルーンのひとつを指打タップし、そのまま、ずいっと滑らせた。
 青い《矢》のルーンが板上を滑り、進行方向にあった青い《剣》のルーンと激突。《剣》のルーンが光を放って飛散する。
 直後、アルマとは反対側にいた少女の指が動いた。
 銀の髪を天に逆らうかのごとく上向きに結い上げた、奇抜な衣装の少女――エーレフォーアは、《剣》のルーンの消滅からほとんど間を置かず、石版を指打タップする。
「でしたら、これで」
 赤い《災い》のルーンが斜めに走り、青い《楯》のルーンを粉砕した。
 アルマは、ムッとした表情で、テーブルを挟んだ向こう側の床に正座しているエーレフォーアを睨む。
「……なんで、即決なのに、微妙に切り返しにくいとこ攻めてくんの」
「考えても煮詰まるだけですもの。なら、直感でやってみますわ」
 あっさりと言いつつ、エーレフォーアはやや不服そうな顔をしている。
「……それにしても、ちょっと納得いきませんわね。なんで《剣》のルーンが《矢》のルーンに一方的に弱いんですの? この遊戯ゲーム
「飛んでくる矢は剣で防御できないってことでしょ」
「切り払えばよろしいのに」
「普通はそんなことできないの!」
 あきれながら、アルマが次のルーンを指打タップして戦況を進展させる。
 そんな光景を視界の隅に収めるヴァルも、自身の端末板タブレットを操作しているところだった。
 青と黒を基調とした衣服をまとい、左目に片眼鏡モノクルをかけた、怜悧な風貌の少年だ。事務用兼来客用のテーブルに着き、端末板タブレット上で収支決算の計算を進めている。
「ちょっとここ数日の実入りが少ないな……」
 数字をいじりながら、ヴァルは、ふうむと唸った。
「ひとつ、大きく儲けられる案件を入れるか――あるいは、継続的にそれなりの収入が見込める案件を入れたいところだけど……」
外法術ハッキングをお使いになれば』『多額の報酬を』『見込めるのでは?』
 テーブルの上で伏せていた、掌に乗るくらいの小さな仔犬――ケルベロスが、みっつの首それぞれで応答する。
「そりゃそうなんだけどね」
 肩をすくめるヴァル。
「確かに魔術侵入ハッキングは実入りが大きい。だけど、その代わり、あまり褒められたもんじゃない依頼がほとんどでね……このくらいならまあ請けてもいいか、ってヤツがなかなか見つからないんだよ。まあ、それも結局は非合法なんだけど」
『《破雲輝刃はうんきじん》に見つかれば』『どんな事情があろうと』『捕縛されるでしょうな』
「よくて禁固刑、悪けりゃ極刑だろうね」
 《破雲輝刃》は都市の治安維持を担う組織である。
 その構成員たる光剣者クラウドバスター≠ヘ、全員が手練れの魔術師ウィザードにして戦士ウォリアーだ。グラムラインを通じて他者の魔術的領域に侵入する外法術師ハッカーに対抗するため、グラムライン上での活動も強化していると聞く。なるべく目をつけられないよう立ち回っておきたい手合いだ。
「別に彼らを怖がるわけじゃないから、非合法であること自体は僕としては構わないんだがね……誰かを殺す手伝いをしてくれだの、誰かに痛い目を見せてやってくれだのといった依頼を請けたくもない。そういうの以外で稼げるヤツってことになると、これがまた極端に減るんだよなぁ……」
『でしたら』『お嬢さまに働いていただくのは』『いかがでしょう』
 ケルベロスが、こくこくとうなずく。
『ここのところ』『戦闘の発生する依頼は』『ございませんでしたし』
「そうだね……エーレフォーアに戦ってもらえる案件なら、危険手当で結構がっぽり稼げるからね。《ランバルディ》に頼んで、ひとつ、いい感じのものを探してもらうか――」
 その時、テーブルの上に置かれていた小さな鏡が、りん、と涼やかな音を立てた。
 玄関と連動する魔術器具グラムドライバーだ。誰かが玄関のノッカーを叩くと、こうして通知音を奏でる。
 ヴァルは鏡の表面を軽く指打タップして、互いの通話を可能とする効果を起動した。
「はい、こちらケルトヴィーネ探偵事務所ですが――」
『どうも、《破雲輝刃》です』
 事務所のなかの空気が、一瞬で凍りついた。
 外法術師ハッカーとしてグラムライン上で名を馳せているヴァルは無論のこと、今は外法術ハッキングを封じられているとはいえ、かつて外法集団ハッカー・グループに身を置いていたアルマも、ぎくりと身体をこわばらせて硬直している。
(どういうことだ……!?)
 突如去来した凄まじい緊迫と戦慄に翻弄されそうな思考を、ヴァルは必死に制御する。
対抗侵入カウンターハックされるようなヘマはしてない――僕の居場所なんて誰も検知できてないはずだ。なのに、いったいどうして、《破雲輝刃》が……!?)
 いや、と考えを切り替える。
(実際に来ている以上、今は原因を検討しても仕方がない。どうする。まだ疑惑の段階であるなら、口先三寸で言いくるめて追い返すか……仮に《翠玉板エメラルド・タブレット》の中身を見られても、強力な外法術ハッキングを使われでもしない限り、ヤバい魔術式アプリケイションは発見されないはずだ。いちばん厄介なのは《思考探知サーチ・マインド》で表層思考を読まれる場合だけど、《抵抗強化レジスタンス・ブースト》の護符アミュレットもあるし、そうそう抵抗できないってことはないはず……)
「あら、ティリィじゃありませんの」
「へ?」
 ひょこっと横に並んできたエーレフォーアが、鏡に映る訪問者の姿を見て言った。
『おー、エーレフォーアさん!』
 鏡のなかの人物が、ぶんぶんと元気に手を振る。
 金髪を二房のおさげにした、背の低い少女だ。
 表面に金属板を張りつけるタイプの鎧で要所だけを守っており、胸甲には《破雲輝刃》の紋章エムブレムを刻んでいる。腰には、円形楯ラウンド・シールド戦斧バトルアックスを下げていた。
 ヴァルは、目をぱちくりとさせてエーレフォーアを見やった。
「……知り合い?」
「前に、何度か話しましたでしょ。《破雲輝刃》に知り合いがいるって」
「ああ、この前の魔術狙撃手グラムスナイパーの時にも世話になったっていう――」
『ティリィと申しまーす!』
 鏡のなかの少女が、手を振り続けて自己主張する。
『エーレフォーアさんにお願いがあってきましたー! 入れてくださーい!』
 そういえば、エーレフォーアは過去に何度か、《破雲輝刃》の依頼を請けて戦闘をこなしたことがあるという話だった。
 なので、ヴァルが外法術師ハッカーであると突き止めてきたわけではないのだろう。
「なんだ、そうか……」
 一気に気が抜けたヴァルは、椅子の背もたれにぐったりと背を預けた。
 そして、不思議そうな顔でこちらを見ているエーレフォーアを見つめ返す。
「……ホント、君関連の話っていろいろ心臓に悪いよな……」
「は!? ちょっとソレどういう意味ですのこらー!」
 わめくエーレフォーアに構わず、ヴァルはティリィを迎え入れるため席を立った。

 ティリィは、事務所の椅子にちょこんと腰かけた。
 ヴァルたちよりも、一〜ニ歳は年下に見えるが、れっきとした光剣者クラウドバスターであるからには、成人年齢たる十五にはなっているのだろう。
 エーレフォーアはテーブルを挟んで彼女と向かい合った。
 ヴァルとアルマはソファに並んで座り、状況を見守る構えだ。
「で」
 さっそく話を切り出す。
「わたくしに頼み……ってことは、まあ、いつも通り、どこかの盗賊団の本拠地アジトに突入してほしいとかですの?」
「それがいつも通りなんだ……」
 アルマがあきれたようにつぶやく。
「今回は違います」
 ティリィは、ぶんぶんと首を横に振った。振り回されるおさげを、エーレフォーアの肩に座るケルベロスが思わず目で追いかける。
「実は今、わたし、殺し屋に狙われてまして」
「はあ」
「「殺し屋!?」」
 あっさりとうなずくエーレフォーアとは対照的に、ソファのふたりが驚きの声を上げた。
「そう、殺し屋です……」
 もったいぶるようにうなずいて――ティリィは、ぐっと拳を握る。
「それも、ただの殺し屋ではありません。毒殺や狙撃を好まず、己の手で目標を惨殺することを至上とする暗殺者、《亡黒の風ウィンディ・ウィドウ》! その魔の手が、今、わたしを狙っているのです……!」
 緊迫感に満ちた表情で語る。
 ヴァルは、怪訝げに眉をひそめつつ手元の《翠玉板エメラルド・タブレット》を操作。グラムラインに接続し、《亡黒の風ウィンディ・ウィドウ》に関連する情報をざっくりと集める。
「並外れた技量を持ち、目標を直接惨殺することで知られる暗殺者、か……えげつないほどむごたらしい死を演出することから、主に極度の怨恨に絡んだ依頼を請けることが多い。これまで何度か《破雲輝刃》が尻尾をつかもうとしてきたが、その隠匿技術は高く、影すらも踏めていない……」
「その通りです……!」
 ティリィは、握った拳を広げながら横薙ぎに振るった。
「間違いなく、かつてない最大最強の敵の出現です! さすがに、わたしも独りで勝てる相手ではありません。お願いです、エーレフォーアさん! お力を貸してください!」
「んー……」
 エーレフォーアは、困ったような表情で腕を組んでいる。
 その反応に、ヴァルは首を傾げた。
「何か悩むことがあるわけ? いつもの君なら、即決OKだろうに」
「悩むというか、気になることがあるんですのよ」
 答え、ティリィに視線を向ける。
「暗殺者に狙われてるってことは、当然、それを雇った人間がいるんですのよね?」
「それも、今の話からすれば、よほどティリィさんに恨みを持っている人間がね」
 その点には興味があるらしく、やや身を乗り出しながらアルマが補足する。
 すると、ティリィは「ああ」と何気なくうなずいた。
「わたしです」
「は?」
「わたしが雇いました」
「…………」
 沈黙が一同を包み込む。
 ヴァルとアルマがあっけに取られているなか、エーレフォーアが何かを悟った顔で重い嘆息を吐いた。
「……いや」
 どうにか声を絞り出すヴァル。
「なんで、自分で雇った暗殺者に狙われてるんだ?」
「単純な話、《亡黒の風ウィンディ・ウィドウ》の行方がさっぱりつかめないからです」
 ぐるりとこちらを振り向いて、ティリィは力説した。
「依頼の仕方や報酬の受け取りも含めて、足がつかないようかなりの代理業者を間に設けていますので、我々の調査力を駆使しても、その足取りがつかめないのです。しかし、奴による暗殺事件は増える一方……このままでは、《輝刃》の威信にも関わります。そこでッ!」
 がたッ、と椅子から立ち上がり、気焔を上げる。
「わたし自らが奴を雇い! わたし自らを標的とするッ! そして襲い来る奴を迎え撃って裁く! これなら行方をくらまされることもない、というわけです……!」
「むちゃくちゃだな……」ヴァルは唖然となった。「それ、失敗したら、君、死ぬだろ」
「承知の上です! この街の治安を守るためには、死を賭した覚悟もまた必要なのです!」
「そりゃ……崇高な心がけだね」
 治安維持職なんてものをやる人間は、やはり自己犠牲精神と正義感にあふれた、自分からすればやや理解しがたい存在らしい――などと思っていると、
「それに何より、凄腕の暗殺者に狙われているという極上のスリルッ……!」
 そのまま、ティリィがどこかうっとりとした瞳で続けた。
「赫然たる死の息吹がぞっと背筋を凍らせていく、戦慄と裏表の充実感ッ……! 死と隣り合わせの緊迫こそが、生きることそれ自体の快感を逆説的に浮き彫りにさせ、幻想を突き放すがごとき生々しく現実的な命の実感をもたらすのですッ……!」
 大仰な身振り手振りを交えながらの説明に、誰もが言葉を失っていく。
 エーレフォーアに視線をやると、彼女は諦めの表情を見せていた。
「こういう子なんですのよ……」
「そんなわけで!」
 ティリィは、がっしとエーレフォーアの手を握る。
「お願いします、エーレフォーアさん! 手を貸してくださらないと、わたし、死んじゃいますんで!」
「それってもはや脅迫じゃない……?」
 理解しがたい、と言わんばかりの顔でつぶやくアルマ。
「ちょっと待ってもらおうか」
 不意にヴァルが立ち上がった。
「今、彼女はウチの事務所の所員をやってくれているんだ。依頼のオファーなら、僕を通してもらわなければ困るんだよね」
 言いながらテーブルに歩み寄り、その上に《翠玉板エメラルド・タブレット》を乗せる。
「というわけで、依頼料としてこのくらいでどうかな」
 石版の上には、いくつかの文言と数字が表示されていた。
 エーレフォーアから手を放し、石版をまじまじと見つめたティリィが、「げっ」とうめきを上げる。
「た、高くないですかぁ!? ていうかこの調査サポート費≠チて何!?」
「僕と、そこのアルマがグラムライン上で情報収集を行い、エーレフォーアの戦闘を的確にサポートするための費用だよ。超必須」
「いや、エーレフォーアさんに戦ってもらえればいいだけなんで、そういうのいりませんから……」
「どうやら君はまだまだこの都市での戦いというものを理解していないようだね。この《ヴァラスキャルヴ》は魔術都市だよ。相手がいかなる魔術的な搦め手を使ってくるか知れたもんじゃない。そしてエーレフォーアはそのへん頭が回らないと来てる。となれば僕たちの深い知識と情報収集能力に裏打ちされたサポートが必須となるのさ!」
「こらー! こらヴァルー! 今さらっと侮辱しましたわねー!?」
「情報収集はこっちでやります! 必要ありません!」
「戦闘中でも僕が適宜サポートをしないとエーレフォーアの戦力は三割ダウンだよ! 彼女はろくにものを考えず直感で適当に突っ込んでいくからね! 非効率きわまりないんだ!」
「だーかーらーこーらー!」
「いりませんったらいりませんー! ていうかそんなに予算ないんです!」
「なら、こういうのはどうだろう? 向こう五回分、ウチの事務所を通じてエーレフォーアに戦闘依頼をしてもらうことで、戦闘・サポート費併せて、全額二割り引きのサービスをするよ?」
「む!?」
「条件と戦闘の難易度によって、エーレフォーアの戦闘出張費は多少上下するけど、たとえば今回の件を基準にすると、これがこうなって……ほら、エーレフォーアに五回戦闘依頼をするよりも、安心調査サポート込みで二割引きサービスを受けた方が、結果的にお得!」
「おお!? た、確かに!」
「というわけで、問題なければ、ここに署名して指打タップしてくれるかな。そのまま《輝刃》に契約内容を送信するから」
「わかりましたー! はい、どうぞー!」
「毎度ありー!」
「「いえー!」」
 即決で契約を成立させ、ハイタッチを交わすふたり。
 白けた様子でそれを見つめているアルマの隣に、よろよろとエーレフォーアが座る。
「……よくわかりませんけど、わたくし、売られましたの……?」
「まあ、契約は向こう五回分ってことだから、五回我慢すればいいんじゃない?」
 言いつつ、アルマは首をひねっている。
「しかし、あの子、なんか騙されやすそうだけど……あんな子が光剣者クラウドバスターやってて大丈夫なの?」
「それに関しては、わたくしは出会った頃からずっと不安に思ってますわ……」
 額を押さえて、エーレフォーアはがっくりと肩を落とした。



 暗黒の空間に、無数の光の網が伸びている。
 現実の空間ではない。都市を覆うグラムラインを可視化した映像だ。
 その一角に、光の網から派生した輝ける平面上の領域があり、そこに、いくつかの影が並んでいた。
 グラムライン上で活動する使い魔ファミリア星霊獣アストラル・ファミリアである。
 これを用いれば、魔術師たちは現実に顔を合わせることなく、グラムライン上で意思疎通が可能となる。ここは、そのための対話室チャット・ルームだった。
 そして、集っているのはただの魔術師ウィザードたちではない。
 いずれも名の知られた外法術師ハッカーたちである。
『《亡黒の風ウィンディ・ウィドウ》か……』
 全身漆黒の人影が、腕組みをして唸った。
 漆黒貴人ブラックブラッド≠フ異名を持つ外法術師ハッカー、《ニグレド》だ。
『話には聞いている。闇夜に乗じてその手で目標を切り刻むとな。話によれば、短剣ダガーの扱いに優れているらしい。渡り合えるかどうか、興味のあるところだが……』
『え? 《ニグレド》、武器も使えるの?』
 透き通った水でできた少女が、目をぱちくりとさせる。
 捉えがたき水妖トリッキー・ウォーター≠フ異名を持つ外法術師ハッカー、《ニクシー》である。
『まあな。私の星霊獣アストラル・ファミリアには、自身の武技を組み込んでいる』
『ほォ? おまえさんの一騎打ちの強さは、そこにあったっちゅうわけか』
 感心したように言うのは、壊し屋クラッシャー=sマグニ》の星霊獣アストラル・ファミリアだ。にやにやと笑う、大きな口だけが宙に浮かんだ姿である。
『わしなんかは、そういうのはとんと苦手でなァ』
『そうなの〜? 《マグニ》ちゃん、本体も強そうな印象があるけど〜』
 間延びした声で、じゃれあう黒猫たちが告げる。群の支配者パックバッカー≠アと《スキュラ》。複数の星霊獣アストラル・ファミリアを操る外法術師ハッカーだ。
『いやいや、そんなこたァないわい。わし、バリッバリの青瓢箪じゃからな』
『ぜんぜんそんな気ぃしないし……』
『グラムライン上での印象とは大違いだな』
『がっはっは! おまえさんら、わしの姿を見たら腰ィ抜かすぞォ? これでも近所じゃ美の化身と評判でな!』
『そんな笑い方をする美の化身がいてたまるか』
 あきれたように、片眼鏡モノクルをかけた灰色狼が言う。
 外法術師ハッカー《フレキ》――ヴァルのグラムライン上での姿だ。
 ここに集っている外法術師ハッカーたちは、みなヴァルの知り合いである。腕の立つ同業者として手を組んで活動することが多いため、定期的にこうして会合を開いている。
『ま、そいつについては《エリィ》がなんとかするよ』
 エーレフォーアの通り名ハンドル・ネームを挙げ、《フレキ》が苦笑する。
『僕と《アルマゲスト》は、念のためサポート待機ってわけさ』
『役に立つとも思えないけどね』
 《フレキ》の隣に立つ、星が集って人型を取ったような星霊獣アストラル・ファミリアが肩をすくめる。アルマが操る《アルマゲスト》だ。
『いくら腕の立つ暗殺者って言ったって、あのむちゃくちゃさには勝てないでしょ』
『どうかな。どんな魔術的手段を駆使してくるかもわからん』
『でも、《エリィ》ちゃん、阻害魔術インヒビテーションつきの魔剣を持ってるんでしょー? なら楽勝だって』
『楽観はできないね』
 言いつつ、《フレキ》はみなの前に情報窓ウィンドウを提示する。
『軽く《ランバルディ》に調べてもらった限りでは、相手は、魔術的小細工いっさいなしに暗殺を達成したパターンもある』
 表示された情報に見入り、外法術師ハッカーたちが怪訝や驚きを示した。
魔具ドライバーはおろか、あらゆる危険物の持ち込みが禁止された会場にいる標的を、素手で殺害して気づかれずに逃亡……?』
『なるほど……魔具ドライバーや魔術の行使は、あくまで暗殺のためのちょっとしたサポートに限っているようだな。成功の要因は、本人の卓越した殺傷技能と身体能力か』
『そうらしい』《フレキ》はうなずく。『《エリィ》はあくまでも武人だ。正面きっての戦いにはめっぽう強いけど、奇襲を撃たれるとなるとどうかな……』
『警戒してても、相手はその警戒の上を行く奇襲を考えるだろうしねぇ』
『……ん?』
 ふと、《マグニ》の口が不思議そうに歪んだ。
『どうしたの、《マグニ》ちゃん?』
『いや……ちょいと変わった経歴じゃと思ってのう』
『暗殺者の経歴なんて、変わったもんばっかりだと思うけど……どれどれ?』
『これじゃ』
『……《マグニ》。おまえの星霊獣では、どこを指し示しているのかさっぱりわからん』
『しょーがないのう』
 口をへ≠フ字にしてから、《マグニ》は該当箇所を読み上げ始めた。
『《亡黒の風ウィンディ・ウィドウ》は当初、裏組織《蜜色の金スットゥング》子飼いの暗殺者として、組織の指定する標的の暗殺を重ねていた=\―』
『しかし、どうやらそれを知らないひとりの男性市民と出会い、恋仲に=c…って、うわこれマジ!?』
『その後、恋人との密通を知った組織が、恋人を抹消。《亡黒の風ウィンディ・ウィドウ》は単独で復讐に走り、《蜜色の金スットゥング》の上層部を軒並み暗殺して逃亡――その後、フリーランスの暗殺者として活動を続けている=c…か』
 ふむ、と《ニグレド》が唸る。
『確かに変わっている。壮絶な経歴だな』
『悲劇的恋愛ってヤツ? 恋人を殺した組織に復讐するなんて、やるじゃん』
『でも、暗殺者は続けているのねぇ。どうしてかしら〜?』
『さてね』
 《フレキ》は軽く肩をすくめた。
『奴の素性や経歴がどんなものであれ、どうにかしなきゃならない相手には違いない。《スキュラ》の言う通り、まだ暗殺稼業を続けている以上、改心しました≠ネんてことはなさそうだしね』
『まぁねぇ……』
『とにかく、なんとかしてみるよ。もし、なにか面白い情報を見つけたら知らせてくれ。それなりにお礼はする』
『はーい』『ああ』『うむ!』『わかったわ〜』
 口々に応答し、外法術師ハッカーたちはとりとめのない雑談を始めるのだった。


 いつ暗殺者に狙われるかわからないということで、契約の直後から、エーレフォーアはティリィの護衛に回ることとなった。
 ヴァルの事務所を出て、《錬瓦》造りの街並みに出る。
 ここ、天空都市《ヴァラスキャルヴ》は人口五十万を超える大都市である。商店街でもないのに、結構な数の人間が通りを行き来している。
「今日は一日中、警邏をします……!」
 油断なく周囲に視線を向けながら、ティリィは説明した。
「相手はおそらく夜になってから仕掛けてくるでしょう。そこを迎え撃ちます……!」
「……あのね、ティリィ」
 ばっ、ばばばっ、と怪しげな挙動で周囲を見回す少女の後ろを歩きながら、エーレフォーアはあきれて言った。
「そんないかにも警戒してます≠チて動きをしてたら、相手が仕掛けてこないかもしれませんわよ」
「え?」
 きょとんとして振り返るティリィ。
「わたし、そんな動きしてました?」
「自覚なかったんですの……?」
「むー……いけませんね。またとないスリルを体感中のあまり、鳥肌が立つのと背筋が凍るのと武者震いするのが同時に来て、思わず警戒行動を取ってしまっていたようです……!」
「……狙われたいんだったら、なるべく普通にしてなさいな」
「そうします……!」
 力強くうなずいて、ティリィがぴたりと動きを止める。
 足を止めた≠フではない。完全に動きを止めていた。
 往来の真ん中で直立不動になったティリィを、すれ違う人々が怪訝げな、あるいは迷惑そうな目で見つめていく。
「ちょ、ちょっとティリィ? どうなさいましたの?」
「いえ……!」
 だらだらと脂汗を流しながら、ティリィはうめいた。
「警戒行動を取らないよう、己の心を強く戒めているのですが……これでは、動けませんッ……!」
「…………」
 歯噛みする友人を前に、エーレフォーアは完全に脱力した。
『ちょっと、エーレフォーア』
 ヴァルの声が響く。
 エーレフォーアが右目にかけた片眼鏡モノクル――《拡張鏡オーギュメンター》からの通信である。
『君の友人のピンチなんだぜ。君がしゃっきりしなくてどうする! もっとがんばれ!』
「……何をどうがんばったらいいんですの、これ?」
『いや、わかんないけど。とにかくなんとかしないと、暗殺者が不審に思って攻めて来ないか、動けないティリィが一瞬で仕留められるかのどっちかだろ。さあ、君の力でどうにかするんだ』
「調査サポート費≠ニかふんだくっといて丸投げな指示を出すなぁーっ!」
『心外だね。今まさに《亡黒の風ウィンディ・ウィドウ》について調査を進めているところだよ。というわけでこっちは手が離せない。自力で苦境を打破してくれたまえ。なんらかの方法を駆使して』
「くっ……、後で生卵をお口に突っ込むの刑に処すッ!!」
 憤怒に震えながら処刑法を宣言し、エーレフォーアはティリィに視線を戻した。
 瞬間、
「はっ!」
 硬直していたティリィが、突如、俊敏な動きで駆け出していく。
「え? ティリィ? ちょっと!?」
 慌てて追いかけるエーレフォーア。
 目的地は、目と鼻の先だった。
「てめェ、ウチの油ァ無駄にしてくれやがって! どう落とし前つけてくれるってんだ、ええ!?」
「うるせェ! そっちがよたよた歩いてンのが悪ィんだろうが! つうかよぉ、俺の服、汚ェ油でべっとべとにしてくれやがって! そっちがどうしてくれんだ、ああ!?」
 通りの真ん中で言い争いをしている、ふたりの男。ティリィはそこに駆け込んでいったのだ。
「お待ちなさい!」
「「ああン!?」」
 毅然として放たれた声に、男たちは怒り心頭のまま振り返る。
「うっせーな、すっこんでやがれ!」
「今、話の途中なんだからよ!」
「あなたがたがそれぞれ別の方向から通りを歩いてきていたところぶつかってしまいその拍子に片方の方が運んでいた油の壺が割れて中の油がべっちょり飛散してしまったことが原因で言い争っていると見ましたッ!」
「……え」「あ……?」
 凄まじい早口でまくしたてられ、ふたりの男がぽかんとなる。
 構わず、ティリィは激しい身振りで裁決を言い渡した。
「交通の多い通りで油など割れ物を運搬する際には細心の注意を払うよう各組合ギルドには通達が行っているはずです! よってこの場合、油売りのあなたが、油をばっしゃあしてしまったそちらの方に賠償金を支払う運びと相成りますッ!」
「え……? って、ンだとォ!?」
 油売りの男が、一拍遅れてティリィの言葉を理解し、憤然となった。
「こっちは売り物ダメにされてんだぞ!」
「ですからそういうことが起こらないよう気をつけてね他の人の迷惑になっちゃう場合もあるし、というルールだったのをまあいいじゃん俺なら行けるべ的なノリでやっちゃったあなたの自業自得となります」
「っ……、このっ、てめっ」
「賠償金の額はこちらで裁定してから通達いたしますのでおふたりともちょっとこの端末板タブレットにお名前をどうぞ」
「ふざけんな! いい加減にしやが――」
 思わず手を伸ばして少女の胸ぐらをつかもうとした油売りは、突如、ぎょっとなって身を引いた。
 瞬時にして、ティリィが貫くような鋭い眼光を放ったためだ。
 ティリィは強く眉を吊り上げ、ギン、とまなじりを裂いて男を睨み据えていた。
 ただならぬ気迫に、男は完全に気圧され、身を引いている。
「なお言い分があるのでしたら、《破雲輝刃》の詰所にお申し出ください」
 先ほどまでの立て板に水≠ネしゃべり方とは打って変わって、長い雨の深く大地に染み込んでいくような落ち着いた声音で、ティリィは告げた。
「いずれにせよ、このまま往来で揉め続けては、他の方々の迷惑となります。あなたに正しさがあるのなら、あなたの組合が味方してくれるでしょう。この場は一度、矛を収めていただけませんか」
 説得、というには眼光が威圧的に過ぎる。男は、すっかり腰が引けた様子で、「あ、ああ……」とかすれ声で応えた。
『……なんだ、あれ』
 そのまま、ティリィが取り出す端末板タブレットにふたりの男が戦々恐々と署名するのを見て、ヴァルがなんとも言えない、というニュアンスに満ちた声を上げる。
『よくあれでまとめられたね……っていうか、一歩間違ったら刃傷沙汰だろ』
「それはそれであの子にとってはアリなんですのよ……」
『ああ、あの眼光の鋭さは、強い意志とか決意とか信念その他にまつわるものじゃなくて、単に緊張感が増したことに対する強い興奮のあらわれだったのか……。しかし、本当にスリルを味わうのが好きなんだな……どういう育ち方をしたらああなるんだ?』
「……実は、あの子、貴族のお嬢さまなんですのよ」
『は?』
 ヴァルの唖然となる声が聞こえる。
 《ヴァラスキャルヴ》は王制国家である。《魔術王》を君主として戴き、政の補佐を担うのが貴族たちだ。もともとは優れた魔術師が貴族と呼ばれていたが、世襲制度になって以来、温く華やかな生活のなかで魔術の腕前は腐りきっていると揶揄されている。
「なんでも、子供の頃、敵対する貴族の暗殺者が邸宅に入り込んできて、人質に取られたことがあるそうなんですの」
『じゃあ……その時の恐怖がトラウマになって、それを克服するため無意識にスリルを快感へと変換してしまっているとか?』
「いえ、単に、人質にされて超わくわくしたのがきっかけだそうですわ」
『……あっそ』
「本人はそれで楽しそうですけど、やっぱり危険は危険なんですのよねー……」
 エーレフォーアは、頬に手を当てて吐息した。
「好き好んで危険な事態に突撃して行っちゃうのを見ていると、友達としてはやっぱり心配ですわ。まったく、ティリィったら人の気も知らないで……」
『…………。エーレフォーア』
「なんですの?」
『もし、君が街を歩いていて、偶然、盗賊団の本拠地アジトを発見したらどうする?』
「そんなの、ちょっくらお邪魔するに決まってるじゃありませんの。放置してたら近隣の方々の迷惑ですもの」
『……あっそ』
 なぜか、ヴァルはげんなりした風にうめくのだった。


(あれが、標的ターゲット……)
 彼女は、胸中で独りごちた。
 通りの左右を構成する民家の屋根の上に、泰然として立つ黒衣の女――その顔貌は、漆黒のヴェールで覆い隠されている。
 暗殺者アサッシン――《亡黒の風ウィンディ・ウィドウ》である。
 彼女の視線は、ふたりの男を通りの真ん中から移動させようとしているティリィと、それを見つめているエーレフォーアに向いている。
 まだ、仕掛けるつもりはない。
 標的を惨殺するのが、彼女の流儀だ。今は、それに適した機ではない。
(恐れ知らずな娘だこと……)
 いかつい男たちに威勢よく向かっていったティリィの姿に、ぞくりと肺腑が蠢くのを感じる。
 そういう手合いであればあるほどいい。
 恐れを知らぬ者に、恐れを刻みつけるのがよい。
標的ターゲットの恐れ≠ヘ、私に勇気≠もたらすのだから……)
 彼女が惨殺を好むのはそれゆえであった。
 凄まじい苦痛に苛まれ、確かなる死の実感を味わえば、人は否応なしに、目の前の暗殺者に対して恐怖を感じざるを得ない。
 それが彼女にとっての勇気≠ニなる――前に進み、生きていくための勇気≠ノ。
(さて、問題は……)
 ちらりと、奇抜な衣装の少女を見据える。
 その背には、おそろしく重厚な大刀が負われている。納める鞘も金属製だ。相当な重量があるだろうに、少女の足取りは実に軽やかだ。
 冗談のような得物だが、虚仮戯こけたわむれに身につけているのではあるまい。あの刃を駆るだけの技量がある――のだとすれば、きわめて厄介だ。
(手を打つしかない、か……)
 頭のなかで算段を組み立てながら――
 《亡黒の風ウィンディ・ウィドウ》は、するりと後退し、軽い跳躍で屋根の上から姿を消した。


NexT
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