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クラッキング・ウィザード



『《亡黒の風ウィンディ・ウィドウ》』






 その後もティリィは警邏を続け、やがて深夜になった。
 通りを行く人影はほとんどなく、家々の灯りも点いていない。時折、飲みすぎてべろべろになった者が路上に転がっているのを介抱しつつ、ティリィとエーレフォーアは敵の来襲を待っていた。
 今は、ふたり横に並んでやや余裕ができるくらいの路地を歩いている。
「なんか、妙に疲れましたわ……」
 隣を歩くティリィを横目に、エーレフォーアはつぶやく。
「ティリィ、揉め事を見つけるのうますぎじゃありませんこと?」
「スリルの匂いがする方に行ってますからッ……!」
 答えつつ、ティリィはそわそわしている。
 道を照らすのは、彼女が左手に持った角灯ランタンだ。《創光クリエイト・ライト》の術を付与されているので、火を起こすことなく光を発する。
 なお、エーレフォーアは《拡張鏡オーギュメンター》の《暗視ナイト・ヴィジョン》機能で闇を見通している。
『スリルの匂いを感じ取られたなら』『私でしたら』『回り道したいものですが』
「ぜひ、そうしてください」
 エーレフォーアの足元で飄々と言うケルベロスに、ティリィは真剣な顔を向けた。
「ケルベロスさんが避けたスリルにわたしが直進しますから」
「……あのね、ティリィ」
 エーレフォーアは、ほとほと困り果てた顔になる。
「もう何度も言ってますけど、いつか無事じゃすまない時が――」
 言いかけたところで、
「ッ!!」
 少女は苛烈に振り向いた!
 眼前――闇夜を裂く光なき黒い影が、片眼鏡モノクルで見る視界に映っている。
短剣ダガーッ……!)
 視認の難しいそれを、エーレフォーアは、飛来音からそう判断した。
 同時に、反射的に両手をかざしている。
 顔面を狙う一閃を右掌で撃ち弾き、腹部を狙う一閃を左掌で迎撃。
 自然、両腕を横平行にかざす構えとなった。
 直後、足音。
(正面――!)
 黒衣をまとった女が、両手に短剣を抜き放ちながら疾駆してくる。
 投擲二閃で仕留められればよし――仕留め損なえば、防御の直後を狙って近接攻撃で確実にとどめを刺すという腹か。
 右手には、鋭く尖った刺突用の短剣スティレットを順手に持ち、左手には、幅の広い斬撃用の短剣チンクエディアを逆手に握っている。
 このまままっすぐ来るか――と思いきや、女は右に跳躍した。
 狭い路地だ。すぐ壁に突き当たる。女はその壁をも即座に蹴りつけ、エーレフォーアから見て左斜め上方からの攻勢を仕掛けてきた。
 壁を蹴った勢いで、腹部を狙う右手の刺突の威力を増しつつ、正面と見せかけての左、あまつさえあまり経験することのない上からの一撃とすることで、こちらの反応を遅らせようというのだ。
 エーレフォーアは、右手が左、左手が右にある状態だ。なおさら防御が難しい。
 だが、彼女に躊躇はない。
 まずは左腕。肘を支点にしたコンパクトな動作で、腹部への刺突を払って流す。同時に軽くよじった胴体を、短剣の刃がかすめていく。
 続いて、斬撃が来る。着地と同時、逆手にした左の短剣を一閃――超至近距離から首の頸動脈を狙ってくる。
 対するエーレフォーアの防御は右肘。短剣を握る女の拳を右肘で強打し、強引に斬撃を防ぎ止める。
 少女は、女の顔を眼前に見た。
 正確には、その面差しを把握することはできなかった――女は、黒いヴェールで顔の上半分を覆っていたから。
(《亡黒の風ウィンディ・ウィドウ》……!)
 ヴェールには淡く発光する魔文字ルーンが浮かんでいる。これも《暗視ナイト・ヴィジョン》の効果を秘めているのだろう。
「ふっ」
 《亡黒の風ウィンディ・ウィドウ》が追撃をかける。
 刺突と斬撃を織り交ぜた、変幻自在の驟雨烈攻。俊敏かつ流麗に連撃を繋げてくる。
「くっ……!」
 両手をめまぐるしく反応させ、これを防ぐエーレフォーアだが、表情には焦りがあった。
 彼女が最も得意とするのは、背中の大刀《ディゾルヴ》を駆使した立ち回りである。仮にも武人、徒手空拳や短剣術を初めとする多くの武器の心得こそあるが、やはり大刀の扱いでこそ、彼女の武技は真価を発揮する。
 これがもっと広い空間で、大刀を抜き放った状態での相対であれば、ここまで苦戦することはなかっただろう。だが今は、相手の間合いに呑まれている。背中の大刀を抜き放つ暇などない。
(ティリィは――)
 彼女の援護を受けて、どうにか隙を作れればと思ったが、
「くうっ!」
 背後から、硬い金属のぶつかり合う音と、ティリィのうめきが聞こえた。
(!?)
 辛うじて視線を向け、エーレフォーアは状況の悪化を悟る。
 ティリィは、腰の楯と戦斧を構え、敵と対峙していた。二体――剣と楯で武装した、二足歩行する人間大の蟻である。
「なんですの、あれ!?」
蟻魔兵ミュルミドンだ!』《拡張鏡オーギュメンター》からヴァルの声。『小型の蟻状態から、起動呪文キースペルひとつで戦闘形態に移行するタイプの魔人形ゴーレム!』
「そんなものを……っ」
 ティリィと共に歩いているエーレフォーアの実力を見定め、単独では暗殺が難しいと判断――自らエーレフォーアを封じつつ、魔人形ゴーレムにティリィを襲わせるのが真の目的か。
 ティリィは防御に専念している。蟻魔兵ミュルミドンの戦闘能力は、どうやら並みの兵士程度のものでしかないようだが、ニ対一という数の差がティリィを追い詰めている。
 ケルベロスが防御魔術で援護しているようだが、それでも劣勢を覆せてはいない。
(早く加勢しないと……)
 思うエーレフォーアだが、させまいとして《亡黒の風ウィンディ・ウィドウ》がさらなる連撃を重ねてくる。
「ヴァル! どうにかできませんの!?」
『難しいね。その蟻魔兵ミュルミドンたち、グラムラインに接続アクセスしているようだから、僕が外法術師ハッカーだったら魔術侵入ハッキングでどうにかできるんだけど』
 皮肉げな応答。さすがに、光剣者の目の前で堂々と魔術侵入ハッキングはできない――というわけだ。
「なら――」
 なおも迫りくる刃をさばきながら、エーレフォーアはギッと奥歯を擦り合わせた。
「どうにかするしかないってことですわね……!」
 その両手が旋風を起こす。
 これまで防御してきた連撃から、敵の癖を直感的に解析――次はこう来る≠ニいう予測を組み立てて反応――流れを読み切り、手を伸ばす。
 転瞬――エーレフォーアの右手は敵の左手首を、左手は敵の右手首を確かに捉えた!
「……なんと」
 《亡黒の風ウィンディ・ウィドウ》が動揺をあらわす。
「この寸毫で見切りに来るとは――大胆なこと!」
「お褒めをどうも!」
 不敵に笑いながら、エーレフォーアは両手に力を込める。
 余裕はない。敵はつかみ≠抜けようと、力の流れを御し始めている。これが、かなりうまい――抜けられないよう、両手の角度を調整するのに集中しなければならなかった。
 互いの両手を封じ合ったまま、両者、至近距離で睨み合う形となる。
 一見、停滞したと見える状況だが、その実、力の流れを巡る熾烈な攻防が続いているのだ――
 すると、
「――あなたのような方に出会えてよかった」
 不意に、《亡黒の風ウィンディ・ウィドウ》がやわらかな笑みを浮かべた。
「……なんですって?」
 警戒は解かぬものの、突然の言葉に動揺するエーレフォーアに対し、彼女は力の制御を怠ることなく、なめらかに言葉を継いでくる。
「あなたは私に勇気≠くれる」
「勇気……?」
「そう――勇気=Bあなたが私を恐れれば、私は強い自分に安心・・・・・・・できる。あなたの恐怖≠ェ私の勇気≠ノ転化されるのです」
 エーレフォーアの背筋が、ぞっと凍った――彼女は本気だ。心の底からそう思っている。信じている。確かな理性を宿した瞳で、禍つの光を放っている。
「勇気を持ちたいんなら、別にそんなことをしなくたって!」
「しなければならないのです」
 断固として告げる女の笑みが、深い三日月を描くものへと変わる。
「なぜなら、私は殺しすぎた・・・・・・・
 妖然たる告白に、少女は思わず息を呑む。
 《亡黒の風ウィンディ・ウィドウ》は、いびつな悦びを宿した声音で、なおも続ける。
「私は殺しすぎた。老人であれ子供であれ、多くの人間を殺めすぎた。そんな私を、彼はきっと許してはくれない――私は、それが怖くてたまらないのです」
「彼って――」
 彼女の素性はヴァルから聞いている。
「あなたの組織に殺されてしまったっていう――あなたの恋人さんですの?」
「え?」
 《亡黒の風ウィンディ・ウィドウ》は、一瞬、きょとんとなった。
 惨殺を旨とする暗殺者のそれとは思えない、童女のようにあどけない表情だった。
 次いで、
「――ハハハハハハハハハ!」
 甲高い哄笑が、夜を割って響いた。
「そう――そうなんですね。そういう話になっていたのですね。彼を殺めたのは私なのに・・・・・・・・・・・!」
「!?」
 愕然となるエーレフォーアに、
「彼は知ってしまったんです!」
 噛みつかんばかりの勢いで、《亡黒の風ウィンディ・ウィドウ》が、ぐんッと妖しい笑みを浮かべた顔を伸ばした。
 接吻すらできそうな距離――凄まじい怖気を感じて思わず身を引く少女に、彼女はどこか嬉しそうに語りかける。
「私が暗殺者であること――多くの人を殺めてきたこと――それをなんとも思わない人間であることを! 彼は私を否定した――私はそれに恐怖≠オた! 最愛の人間に根本から否定されて、生きていくための勇気≠失った!」
「あなた――」
「勇気≠ェなければ生きられない――未来に向かってはばたけない!」女が笑う。声高く。「人を殺すような女≠ナある私は、彼に否定された私は、もはや生きていけないのです。生きるためには勇気≠ェ必要だった!」
「その、勇気≠……あなたはッ」
「そうです――標的の恐怖≠ゥら得るのです!」
 一転、《亡黒の風ウィンディ・ウィドウ》が、にこやかな微笑みを見せた――だが、彼女の言を聞いていては、その微笑みからすらもおぞましさを感じる他なかった。
「さあ……恐怖≠オてください! あなたほど強い方でさえ恐怖≠キるのなら、それは私にとって最大級の勇気≠ニなります。生きていてもいい・・・・・・・・と! 殺すことしかできない女であっても価値がある・・・・・と! そう教えてくれるのです!」
「ッ……!」
 エーレフォーアは、強く奥歯を軋ませた。
 破綻している。人を殺すような女≠ナあることを最愛の人に否定され、生きていけないほどの恐怖に苛まれ――その恐怖を払拭するために、誰かを恐怖の末に殺す道を選ぶなど。本末転倒で、支離滅裂だ。
 ただ――理解できなくはない。
 彼女は殺せてしまう人間でもいいのだ・・・・・・と、自分に言い聞かせたがっている。
 標的に恐怖を味わわせることで――生殺与奪の権利を握り、相手を支配する立場に立つことで、相手の尊厳をはぎ取ることで、相対的に自分に価値があると錯覚したがっている・・・・・・・・・
 そんな女の思いが、なんとなく理解できたのは、エーレフォーアが武人であるからだった。
 戦う力を磨く者は、相手を叩きのめすことで自分に価値を見出すことへの誘惑に、常にさらされている。ともすればその誘惑に呑まれ、自分の方が強い≠ニいうことに酔いしれてしまいかねない――
 そうなれば――この女のように、相手を打ち負かすことにこそ、己の価値を見出すようになってしまう。
 それは――
「それは――卑劣ですわ!」
 昂然たるエーレフォーアの叫びに、女が、びきりと笑みを固めた。
 構わず、少女は内側から湧き上がる熱と炎を、自らの言葉に変えていく。
「勇気≠ニは……自らの内に宿るもの! 誰かの恐怖≠吸い込んで湧くような卑劣な感情じゃあありませんわ! そういうのは、ただの虚勢≠チて言うんですのよ!」
「……っ」
 女の口元が、ひどく憎々しげなゆがみを見せて――
 瞬時、その手が面妖な動きを見せた。
 ぬるり――と、手首の関節が異様なやわらかさを見せ、それをつかむエーレフォーアの手の外側を巻く≠謔、にしたのだ。
 同時に、女の膝がくらりと曲がり、力の流れが急激に変化――《亡黒の風ウィンディ・ウィドウ》の両手はその流れに乗って巻かれ、エーレフォーアの手首を下から打ち上げる形になる。
 ものをつかむ力というのは、それに最適な手首の角度があってこそ発揮される。それを歪められれば、一瞬とはいえ、つかむ力は激減する。
 その一瞬を逃すことなく、《亡黒の風ウィンディ・ウィドウ》はエーレフォーアのつかみ≠ゥら、するりと両手を抜いた――そして吼える!
「黙って、怯えろッ!!」
 そのまま攻めに移る――
 瞬間、頭突きが放たれた・・・・・・・・
「っ!?」
 手を抜かれる・・・・・・と見たエーレフォーアが、先んじて打って出たのだ。
 予想外の反撃だったのか、《亡黒の風ウィンディ・ウィドウ》は咄嗟に後ろに下がって頭突きをかわした。そして、突き出された首に致命傷を与えるべく短剣を繰り出す。
 二閃が虚しく空を切る。
 エーレフォーアが、頭突きの勢いのまま前に倒れ込んだことで、首筋を狙った刃が頭上をかすめていったのだ。
「ていッ!」
 そのまま地を蹴り、地面に手をついて倒立――前に出る勢いを止めず、左のかかと落としを振り落とす!
 《亡黒の風ウィンディ・ウィドウ》は、さらに後退して回避。その隙に、エーレフォーアは直立状態に戻っている。やや短剣の間合いから離れた状態だ。
 この機を逃さず、エーレフォーアは鋭い左前蹴りを放った。
恐れない・・・・のではなく――」
 顔を狙う、貫くような爪先の脅威から、《亡黒の風ウィンディ・ウィドウ》は横に身体をさばいて逃れる。
 直後、エーレフォーアの全身がひねられ、伸びきった足が膝を支点に屈曲――左側にある女の顔面を、ブーツのかかとで刈り取りに行く!
「くぅっ……!」
 さらに横方向にかわす余裕はなく、三度の後退を余儀なくされる《亡黒の風ウィンディ・ウィドウ》。
 そうして完全に間合いが開いた瞬間、
「恐れながらも前に出る!」
 蹴り足を地面に叩きつけ、ずんッと苛烈に踏み込んだエーレフォーアが、ようよう背中の大刀を左手で引き抜き――ながら・・・撃ちかかった!
 抜剣技――剣を抜きながらにして斬る、準備と攻撃を同時にこなして奇襲の役割をも果たす殺伐の術である。その特徴から、実戦でお目にかかることはあまりない。基本的には腰に刷いた片手用の直剣でやるものだが、エーレフォーアは、今、相手に側面を向けていること、《ディゾルヴ》が緩く湾曲した形状であることを活かし、変則的な背中からの抜き撃ちを仕掛けていた。
 当たり前だが、普通、できることではない――この長さの得物を背中の鞘から抜くことすら、特殊な体術を併用しなければ困難なのだ。それを抜き撃つなど、尋常ではない。
 だからこそ、《亡黒の風ウィンディ・ウィドウ》の反応も遅れた。
「!」
 凍りつく女に、
「それこそが――勇気<b!」
 苛烈極まる一声を伴った白刃が、迫る!
 まともに喰らえば命はない。さりとて、後ろに下がった瞬間を狙い撃たれた以上、さらなる回避は不可能――《亡黒の風ウィンディ・ウィドウ》は、咄嗟に両の短剣を掲げ、交差させて大刀の一撃を受けた。
 破砕音。
 重ね合わせた短剣の刃を一撃で粉砕し、なおも勢いを残した一刀が、《亡黒の風ウィンディ・ウィドウ》の右肩に直撃――鎖骨を粉砕しながら肉に食い込み、強烈な衝撃で女を地面に叩き伏せていた。
 肺にまでは達していないようだが、かなりの重傷である。勝敗は決したと言っていい。
「これまでですわね」
 相手が容易に起き上がれないよう、叩き伏せた状態で大刀に圧力を加えながら、エーレフォーアは断じた。
「なん……という……!」
 激痛に口元を歪めながら、《亡黒の風ウィンディ・ウィドウ》は身体を震わせている。
「あ、あなた――、む、むちゃくちゃです……!」
「自分の勇気≠ノ従ったまでですわ」
 つんとして、エーレフォーアは答えた。
「さあ、今すぐあの蟻魔兵ミュルミドンどもを止め――」
「きゃあっ!」
 悲鳴が上がる。
 蟻魔兵ミュルミドンの剣撃を楯で受け止めたティリィが、押し込まれて転倒したのだ。
「ティリィ!」
 ハッとして振り返るエーレフォーア。
 倒れたティリィに、蟻魔兵ミュルミドンたちが剣を振り上げ――
 動きを止めた。
 ぴたり、と――完全に動作を停止したのだ。
「……え?」
 目を見開いたままのティリィが、茫然となる。
 《亡黒の風ウィンディ・ウィドウ》が止めたのか――と思ったが、
『ふっ!』『はっ!』
 剣を止めた蟻魔兵ミュルミドンたちが、突如、珍妙なポーズを取り始めた。
「は?」
 唖然となるふたりに構わず、二体の蟻魔兵ミュルミドンは、びしりとよくわからないポーズを決めて――
捉えがたき水妖トリッキー・ウォーター=\―《ニクシー》!』
壊し屋クラッシャー=\―《マグニ》!』
 朗々たる名乗りを上げた。
「……は?」
 エーレフォーアやティリィはおろか、《亡黒の風ウィンディ・ウィドウ》すらぽかんとなる。
「《ニクシー》に《マグニ》って……」はたと気づいたティリィが我に返った。「外法術師ハッカーの!?」
『『その通り!!』』
 ポーズを変えながら首肯する蟻魔兵ミュルミドンたち。
 このノリの良さは、間違いなく本人だ――と、グラムライン上で親交のあるエーレフォーアは確信した。
 むろん、ティリィの方は面識がない。完全に狼狽している。
「どうして、外法術師ハッカーがわたしを助けて――」
『おまえさんを助けたわけじゃないわい』
 《マグニ》が、にやにやと告げた。
『わしらは、そこの《亡黒の風ウィンディ・ウィドウ》にかーなーりーの恨みがあってのう!』
「えっ」
 うめく《亡黒の風ウィンディ・ウィドウ》。
「ぜ、ぜんぜん覚えがないんですけど……」
『かーっ! 加害者っちゅうのは、被害者のことなぞ覚えとらんもんじゃからのう!』
『あたしたちはねえ、えーっと、そうだ、あんたに大切な人を殺されたのよ!』
『そう! わしらの大切な仲間《ニグレド》と《スキュラ》を殺しおって! 憎い!』
「し、知らないんですけど……」
『……誰が殺されたって?』『失礼しちゃうわね〜』
 エーレフォーアの耳に、《ニグレド》と《スキュラ》の抗議が届く。ヴァルと通信しているらしい。かなり音量が絞られているのは、ティリィに聞こえないようヴァルが気を遣ったためだろう。
『というわけでな、光剣者クラウドバスターのお嬢ちゃんよ! わしらは、おまえさんを助けたわけじゃあない! そこの女に一泡吹かせてやりたかったのよ!』
『そんなことを思いつつ悶々としてたら、このへんでそいつが魔人形ゴーレムを操ってるよ≠チて情報がグラムライン上に流れてきてね! 慌てて魔術侵入ハッキングしたってわけ!』
 やたらと丁寧な説明を述べながら、ふたりは延々と蟻魔兵ミュルミドンのポーズを変え続けている。
『てなわけで、あたしたちもせーせーしたかんね。今日はこの辺でお開きにしときますか』
『うむ! ……お? 《ニクシー》よ、なんかこの蟻魔兵ミュルミドン、変な魔術式アプリケイションが入っとらんか?』
『え? どれどれ? ……あ、ホントだー。んんー? 《火》+《炸裂》+《強化》……わお! このルーンの組み合わせは、アレじゃん? いわゆる自爆じゃん!?』
「え」
『ほっほう! 自爆と聞いては試さぬわけにはいくまいて!』
「いやあの」
『そだねー。後でコイツ調べられて、万が一、あたしたちが侵入ハッキングした痕跡とか見つけられてもヤだしぃー』
『レッツ!』
『爆・発!』
「ちょっとぉおぉおお――――!?」
 最後にひとつ、ポーズを決めて。
 二体の蟻魔兵ミュルミドンが、派手な爆音で夜の世界を揺るがした。


『ほら、僕が外法術ハッキングであいつらの動きを止めようもんなら、「あれは誰がやったんだ」ってことになって、疑われるかもしれないじゃん』
 翌日。
 光剣者たちが忙しく駆け回る、《破雲輝刃》の詰所――ロビーと食堂を兼ねている一階で、テーブルに着いたエーレフォーアの片眼鏡モノクルから、ヴァルの声が届いていた。
『だから、彼らに実行を頼んだってわけさ。事情を説明したら、《ニクシー》と《マグニ》がノリノリでねー』
「……それで爆発したってんですの?」
『まあ、あいつらが自爆機能なんて見つけたら、そりゃ使っちゃうよね』
「完全な人選ミスじゃありませんの!」
『恨むなら、そんな危ない魔術式アプリケイションを乗せていた《亡黒の風ウィンディ・ウィドウ》にしておいてくれ』
 しれっと肩をすくめるヴァルの姿が、《拡張鏡オーギュメンター》の視界上に通信窓ウィンドウとして浮かんでいる。
 《拡張鏡オーギュメンター》同士の通信ではなく、ヴァルの《翠玉板エメラルド・タブレット》からの通信であれば、彼自身の姿を通信窓ウィンドウに映し出すこともできるのである。
「《亡黒の風ウィンディ・ウィドウ》か……」
 エーレフォーアは、ふと天井を見上げた。
「なんというか……ずいぶんと思いつめてしまった人でしたわね」
『誰もが君みたく、心臓に毛が生えてるわけじゃないんだよ』
「嫌な表現しないでくれませんこと!?」
『でも、そうだろ』
 けろりとして告げるヴァル。
『君は、自分の内側から呼び覚ました勇気≠駆って前に進むことができる。でも、誰だってそれができるわけじゃないし――本来できるはずの人でも、できなくなってしまうことだってある。《亡黒の風ウィンディ・ウィドウ》は、自分の勇気≠セけでは生きていけなかったんだろうさ。彼女の身に起きた悲劇が、彼女をそうせざるをえない℃v考に追い込んでしまった……』
「だからって、あんな変な理屈をこじつけて、人を殺して生きるのはやりすぎですわ」
『もちろんそうだ。だから討たれた。彼女からすれば、理解できなかっただろうね――何も考えず突っ込んでくる君のような相手に、彼女自身は得られなかった勇気≠ェ有り余っているなんて』
「考えてないわけじゃありませんわよ」エーレフォーアは頬を膨らませた。「考えすぎたら煮詰まるだけだから、適度に直感に従ってるだけ」
『適度かなぁ……』
 ソファの上で首を捻るアルマを背景に、ヴァルがにこやかにうなずく。
『まあ、考えすぎたら煮詰まるだけってのは、同意だね。そのなれの果てが《亡黒の風ウィンディ・ウィドウ》ってわけだ。今回は、直感で動く者たち――君や《ニクシー》や《マグニ》の勝利ってとこかな』
「あれは考えてなさすぎでしょ!?」
『いちおう、大した爆発じゃないってことは確認したらしいよ』
 アルマが言う。
『どうやら攻撃用じゃなく自壊用だったみたいだし』
「目の前で自爆される側としては、気が気じゃなかったですけど……」
『そういや、ティリィは泡吹いて気絶してたね』
『いくらスリルが好きって言っても、さすがに許容限界があったってことかな。ちょっとは考えも変わるんじゃないの?』
 アルマの言葉に、エーレフォーアは「うーん」と唸る。
「だったらいいんですけど……」
「エーレフォーアさん!」
 そこに、二階から降りてきたティリィが声をかけた。
「あら、ティリィ。《亡黒の風ウィンディ・ウィドウ》の件、もう片づいたんですの?」
「ええ、一通りは。とりあえず余罪を追及する部署に回しましたんで、わたしの仕事は終わりです」
「ならよかったですわ。名うての暗殺者を捕まえたってことで、評価もうなぎ昇りなんじゃなくて?」
「普通に叱られました」
「……ですわよね」
「《亡黒の風ウィンディ・ウィドウ》への依頼料が回収できなかったらおまえの自腹だぞ、って」
「あ、そっち……」
 ティリィのような部下を抱えていると、上司の感覚もズレてくるものなのかもしれない。
『僕らに対する依頼料はちゃんともらえるんだろうね?』
 《拡張鏡オーギュメンター》から、ヴァル。
『《亡黒の風ウィンディ・ウィドウ》に恨みを持つ外法術師ハッカーどもに情報を流しておくという、僕のサポートがあったからこそ、今回の事件は解決を見たようなものなんだからね』
「まあ、そうですね……」
 うなずいて、不思議そうに首をかしげるティリィ。
「でも、なんかグラムラインでちょこっと調べてみたら、《ニグレド》や《スキュラ》、別に死んでないみたいなんですよねー。《ニクシー》たち、勘違いしてたんでしょうか?」
『仲のいい外法術師ハッカーって言っても、グラムライン上での付き合いがせいぜいだからね。実際に《ニグレド》たち本人が殺されたかどうかなんて、推測するしかないだろうさ。ひょっとしたらホントに本人は死んでて、今《ニグレド》や《スキュラ》を名乗ってるのは別人かもしれないし』
 ヴァルは、真顔で適当な論を述べた。
「そんなもんですかねぇ……とりあえず、依頼料についてはわたしじゃなくて《輝刃》の方から支払いますので、ちゃんと出ます。ご安心ください」
『それは重畳』
「わたしとしても感謝してます。わたしの命が危なかったのは事実ですし……」
 ティリィは、いつになく神妙な様子だった。
 これは、まさか――と、エーレフォーアが淡い期待を抱いていると、彼女はぐっと拳を握って続ける。
「今回の一件で痛感しました。スリルを求めるあまり、わたしは自分の力ではどうしようもない危険領域にまで踏み込んでいるんだなって……そして、それはよくないことなんだなって」
 彼女も、《亡黒の風ウィンディ・ウィドウ》の素性については聞いている――否定された恐怖≠ノ耐えるため、誰かを殺すことで生きる勇気≠得ようとした彼女のさまに、ティリィ自身、何か自分を見つめ直すところがあったのかもしれない。
「ということは、これからは――」
「はい。ですから、外法術ハッキングを学ぼうと思います」
「は?」『は?』
 ヴァルとエーレフォーアの声が重なる。
外法術ハッキング……って、なんで……?」
『この魔術都市において、なるべく命の危険を減らしつつ犯罪者と渡り合うには、外法術ハッキングの技能が不可欠だと思ったんです。それに、外法術ハッキングなら、命の危険を犯さずスリルを味わえますし……!』
 語りながら、少女の瞳がだんだんキラキラ輝いていく。
『いやまあ、確かに、魔術侵入ハッキングそれ自体で死ぬことはないけどね……』
「ていうか、光剣者クラウドバスター外法術ハッキングとか習っていーんですの……?」
「あ、《輝刃》が発行している許可ライセンスをもらえばだいじょうぶなんですよ。企業が雇ってる対抗外法術師カウンターハッカーとか、だいたいそんなですし」
 あっさり言いつつ、口元を緩ませていく。
魔術侵入ハッキング犯罪が増加傾向にある現在、外法術ハッキングの知識がある光剣者が増えるのは好ましいことだと、上司も太鼓判を押してくれましたし……わたし、元々、情報魔術は得意な方なんで! これからは、グラムライン上でもスリル満点の日々ですよ! ええ!」
 恍惚たる表情で天を仰ぐティリィの姿に、エーレフォーアは通信窓ウィンドウ上のヴァルをじろりと見据えた。
「……どーすんですのコレ」
『……悲劇によって異様な理屈に固執するようになった人間もいれば、特になんの理由もなく異様な人間ってのも、いるってことなんだな……』
 ヴァルは遠い目をしていた。
『しかし、あの子の積極的すぎる魔の手が、グラムライン上にまで伸びるのか……困ったな……』
『ボクは関係ないけどー、キミは困るよね』
『面倒なことになりそうだなー……ティリィがグラムラインに出撃するたびに《マグニ》あたりに星霊獣アストラル・ファミリアを破壊してもらおうかな』
「こらこら……」
 ヴァルの発言が冗談なのか本気なのか、判別する元気もなく。
 エーレフォーアは、深く深くため息を吐くのだった。


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