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百鬼夜翔


≪リカちゃんVS足売りばばあ≫




※この物語は、『ガープス・百鬼夜翔』(監修:安田均 著:友野詳/グループSNE)の世界観に基づくものです。


1/6

 都心からやや離れたところに、その町はある。
 一般的なコンビニや家屋の間の、ところどころに、数十年前からありそうな、古めかしい個人経営の店が点在している。いくつかの時代がぎざぎざに混じり合いながらも、互いに無言の自主性を主張して共存するような町だった。
 夕暮れのその町を、緩やかに歩く女の姿がある。
 稲穂色のストレートロングヘアが、歩みに合わせて、光の輪を美しく波打たせる。成人男性に匹敵するほどの背丈を持ちながら、それにふさわしい黄金比を宿したスレンダーな肢体を、胸元や襟元などにさりげなく精緻な刺繍を施された水色のワンピースが、よりスタイリッシュに際立たせている。左腕に装着した箱形の機械が異彩を放っているが、それすらアクセントの一種と思わされてしまう――もはや、魔性じみているとさえ言えた。
 そして、前髪の下に覗ける、当然のように整った美貌は、限りなく近寄りがたい雰囲気を放っていた。薙刀のような鋭さを秘めた面差しだ。流麗でありながら危うげで、だが、どこか距離を置いている。近寄るものを傷つけまいとする距離か――気づかぬうちに、遠くから切り伏せるための距離か。確かなことは、切れ長な彼女の双眸は、枯れゆく秋の寂寥感にも似た、冷たく錆びた焦茶色であるということだ。
 ふと、彼女の歩みが止まった。
 暮れなずむ世界――沈む太陽を背に、ひとりの若者が、立ちふさがっていたのだ。
 使い古された外套の端々がほつれるように、あちこちの先端が無造作に跳ねた、長い茶髪。黒一色のYシャツに、破れ目の入ったジーンズ。今時の大学生、と考えるのが妥当なようだが、
 薙刀の構えられるごとく、女の眼が、すう、と細められる。
「妖怪か」
 誰が聞いてもぎょっとなるような問いかけに、
「てめえもな」
 若者が、犬歯を剥き出しにして唸った。
「あちこちで、多くの人間を殺して回った――〈殺戮改造人形リカちゃん〉……」
 吐き捨てるような、憎悪の悪罵。
「この……悪魔め!」
 面倒そうな、女の舌打ちが響く。
「またか――まったく。どうも人通りがないと思えば、ご丁寧に〈人払い〉してくれたのか」
「無駄なトラウマ、増やしたくねえんでな」
 言いながら、若者の身体が、急激な変化を起こしていた。
 異常なまでに筋肉が盛り上がり、着ていたYシャツが、びりびりに裂ける。顔が前に突き出るようにして変形し、全身に灰色の獣毛が生え揃う。際立って尖っていた犬歯は、今や明らかな牙となり、大きな口の獰猛さをいや増している。
「狼男か。ずいぶんとメジャーな妖怪だな」
 それを目の当たりにしながら、特に気にした風もない。
「メジャーすぎて、逆に、怖がる人間もいないんじゃないか?」
「そんなこたねえよ!」
「そのジーパンが裂けているのは、そうやって変身するからか?」
「ファッションだよ! 馬鹿にしてんのか!」
「というか、その口の構造で、なぜ人語をしゃべれるんだ?」
「俺に聞くなよ! そういうもんなんだよ!」
「……そうだな」
 女は、いやにあっさりとうなずいた。
「我々は――そういうものだ」
 事実、その通りだった。

 彼女らは、妖怪と呼ばれる存在である。
 と言っても、一般に想像される妖怪とは、多少、趣が異なる。彼らは、人の想像から産まれてくるのだ。
 いい子にしていると、サンタクロースがプレゼントを持ってきてくれる――多くの人間がそう信じれば、『いい子にプレゼントをもたらす』特性を持つ、〈妖怪サンタクロース〉が誕生する。
 いい子にしていないと、なまはげに襲われる――多くの人間がそう信じれば、『悪い子を襲う』特性を持つ、〈妖怪なまはげ〉が誕生する。
 古来より、彼ら妖怪はそうして誕生し、時に人を害し、時に人を助けてきた。
 科学技術が発展するにつれ、迷信深い人間が減ってきたとはいえ、まだ、宗教を信仰する人間や、お化けに怯える人間は、いくらでもいる。心霊現象でなくとも、「ベッドの下に、鉈を持った男が潜んでいる」という都市伝説が広まれば、〈妖怪ストーカー〉が誕生するのだ。妖怪が生まれなくなることは、一向にない。
 そして――特に、怪談こそ、人口に膾炙しやすいがゆえ――多くの場合、生まれてきた妖怪は、人を襲う。
 人間を愛する妖怪たちは、そうした悪行妖怪から人間を守るため、各地にそれぞれの集いを――〈妖怪ネットワーク〉を構築し、対処している。このあたりには、〈アーバニア〉という〈妖怪ネットワーク〉があったはずだ。
「おまえ、〈アーバニア〉の妖怪か?」
 リカは、ストレートに尋ねてみた。
「だったらなんだってんだ!?」
「そこの首魁に、ちょっと聞きたいことがあってな」
「お――俺は口を割らねえぞ! 見くびんなよ!」
 狼男は、かなりいきがって答えた。あまり余裕の感じられる風情ではない。
「おまえ、先祖帰りの類か?」
「えっ」
 狼男が、目に見えてぎょっとする。
 当たりらしい。狼男――ライカンスロープ関連の伝承は、世界中に存在しており、一部では吸血鬼伝承と混同・類似して語られることもあって、極めてメジャーな妖怪だが、こうもスタンダードな狼男と、日本で遭遇する確率は、高いものとは思えない。であれば、むしろ、先祖帰りの方がありうると踏んだのだ。
狼男や河童、天狗などの妖怪は、長い年月のなかで、人と交わることも少なくない。そうして妖怪の血を受け継いだ子孫が、何らかの拍子に、その特性をよみがえらせてしまう事例もまた、極端に珍しい例ではなかった。特に――ある事件以降、妖怪が生まれやすくなっている現代では。
 人間として育ってきて、突然、妖怪の血が目覚めたのでは、適応するのも難しかろう。目の前の若者は、がんばってはいるようだが、妖怪としては、まだいまひとつという感じだった。
「だ――だからなんだってんだ!」
「いや、別に。ちょっと気になっただけだ。気にするな」
「おまえは気になったのに、俺に気にするなってのは、なんかこう……ズルいじゃねえか!」
「そうか?」
 とりあえず、この狼男が馬鹿なのはわかった。
 さて、この馬鹿をどうしようかと、頭を乱暴にかいたとき、
「――足は」
 背後から、
 声が、響いた。
 不吉にしわがれ、悪意ある嘲笑の気配をにじませた――老婆の声が。
「足は……いらんかね」
 振り向きざま、リカは半身を前に出し、臨戦態勢を取る。
 五メートルほど向こうに、予想通りの老婆が、いた。
 人の良さそうな笑み。背丈は小さく、さらに、背中を大きく前に曲げているため、より小柄に感じられる。趣に満ちながらも、旅塵に薄汚れた着物をまとい、何かごつごつとしたものが入っているらしき、大きな風呂敷包みを、背負っている。
 いかにも、行商の老婆といった雰囲気だ。ならば、その背中にある〈売り物〉とは――
 リカは、黙して答えない。狼男も、口をつぐんで声を出さない。風だけが、飄然と、三人の間を吹き抜けていく。
「足は――いらんかね」
 ややはっきりと、老婆が問う。
 すると、
「いらないね」
 リカが答えて、狼男をぎょっとさせた。
 ほ、と、老婆が、わずかに瞳を見開く。
「これは――驚いた、ねえ……。あたしが、どんな妖怪か、知っているもんだと、思ったんだけど、ねえ……」
「知ってるさ。それなりに有名だからな――〈足売りばばあ〉の都市伝説は」
 リカは、相手を妖怪と断定した。
 狼男が〈人払い〉をした空間に、常人が足を踏み入れることはない。なぜか無意識に、その領域を避けてしまうのだ。
 加えて、リカの感覚は、『こいつはまぎれもなく妖怪だ』と、明瞭に告げている。すでに一種の妖力と化しているこの感覚は、外れた試しがない――相手が、より強力な妖力で隠蔽していない限りは。
 〈足売りばばあ〉は、人好きのする笑顔のまま、ぎげけ、と、不愉快にこすれる笑い声を上げた。
「なら、『足はいらない』と答えたら、どうなるか――知っているだろうに、ねえ……」
 当然だ。知っていて、そう答えたのだ。
 〈足売りばばあ〉は、近年の都市伝説に語られる妖怪である。『足はいらんかね』――その問いに、人は、彼女が足を売りつけてくるものと思い、『いらない』と答える。すると、足売りばばあは、『要らない』その片足を引きちぎっていくのだ。まるで、果実をもぎ取るように、易々と。
 逆に、そのことを知っていて、『要る』と答えた場合、足売りばばあは、包みに仕込んでいる足を――ひょっとしたら、いつかどこかで誰かからもぎとったのかもしれないそれを――『売りつけて』くる。『要る』と答えた以上、拒否はできない――身体に第三の足を生やされ、異形として生きていく他ない。_
 つまり、どう答えようと悲劇を免れることのできない、理不尽なる悪意だ。唯一、『私は要らないので、●●さんのところへ行ってください』と答えれば――足売りばばあに、知り合いを売れば――難を逃れることができるという。
 〈妖怪足売りばばあ〉は、その都市伝説が広まったことで、その特性を得て生まれてきた妖怪だ。ならば、どんな妖力を持っているか、だいたい想像がつく。最も危険な場合、彼女の『問いかけ』は、妖術である可能性がある。『要る』と答えれば、異形の足を植えつけ、『要らぬ』と答えれば、強引に足をもぎ取る妖術――たとえ妖怪であっても、『問いかけ』に返答してしまった以上、その結末には抵抗できないかもしれないのだ。
「あんたの『問いかけ』が妖術なら、当然、制約がかかるだろ」
 薙刀の目で、リカは答える。
「『知り合いの名前を出されたら、そいつのところに行かなきゃいけない』って制約が。その場合――私が答える名前は、ひとつしかない。そして、それはあんたにも予想できるはずだ。あんたが、今からあいつのところに行きたがるとは思えないからね。さっきのは、妖術としての『問いかけ』じゃなく、単に普通に聞いてみただけだろ」
「ほ――」
 嘲笑が響く。
「聞いていた以上に……向こう見ず、だねえ……。まあ、その通りなんだけど、さあ……」
「なら、話は早いな」
 す、と、リカは懐から、一枚のカードを取り出した。
「とっととやろうか。あんた、私を知ってて、殺すつもりで、声をかけてきたんだろ」
「まあ――そう、だねえ……」
 老婆が目を細める。そうすると、表情はますます柔らかに笑み崩れ――その逆に、おぞましいほどの鬼気が発された。
「なら――こうだ!」
 叫び、リカは、カードを左腕の機械の切れ目に素早くスラッシュした。
《ATTACK‐RIDE――BLAST!》
 機械が、ひどくくぐもった声を上げる――同時に、彼女の身体に異変が起こる。
 肌が、つるりとひどく滑らかな硬質さを得、右腕全体に細かい均等な切れ目が入り、無数の長方形を成す。その長方形が次々に裏返ると、みるみるうちに、右腕が異形へと変わっていく――指が接合し、内側に引っ込んで、手のひらに巨大な穴が生じ、
 一瞬にして、彼女の右腕は、六つの筒を寄り合わせたような機械の塊と化していた。
 そして彼女は、それを足売りばばあに向け――撃った。
「――ぉぉおおおおぉおおおおぉおおおおおおおおッ!」
 響く烈叫をも消し尽くさんばかりの金属の号砲と、目を潰さんばかりの強烈な閃光が弾けたかと思うと、彼女の腕からほとばしった無数の銃弾が、一直線に、老婆を蹂躙する……!
 さながら、ガトリングガンの腕だ――あまりの威力と暴虐さに、狼男が茫然となる。
 がんからららららッ……! バケツをひっくり返したような量の薬莢がアスファルトを叩き、やかましく鳴き叫ぶ。それだけの数の銃弾が殺到したと考えると、老婆は挽き肉になっているしかない。もっとも、妖怪であることを考えれば、一撃で消し飛びはしないだろうが――それでも、甚大なダメージを負っていて、おかしくはない。
「……多少は、期待してたんだがな」
 リカは、舌打ちとともにつぶやいた。
「なんだって――?」
 怪訝げに言った狼男が、老婆のいた辺りに視線を戻し――絶句する。
 しゅうしゅうと、噴煙が上がっている。
 そのなかに、老婆は――いた。
 無傷で。
 背中から、いびつに膨らみ脈打つ無数の足を生やして。
「な――なんだあれっ!? なんで無事なんだっ!?」
「受け止めやがった」
「は?」
「あの足で、あたしの銃火を、全部、払い除けやがった」
 狼男は、唸ることすら忘れ、ぽかんとなっている。
「厄介だな――千手観音ならぬ千足観音か」
「そんなもんじゃねえだろ! 観音様に殺されるぞ!」変な方向に復活した。
「観音様が、怒ってあいつを叩き殺してくれるんなら、あたしはいくらでも罰当たりな感想を言ってやるがね」
 ぼやくリカに、足売りばばあが、ぎげげ、と笑う。
「そいつは、ちょいと困る、ねえ……。あの方にゃあ、さすがにかなわねえから、さあ……」
「そうかい」
 言いながら、リカは、ガトリングアームの底部からカードを排出し、左腕の機械とこすり合わせるようにして、スラッシュした。
 直後、老婆に向けた右腕から、再び〈五月雨銃火〉が疾駆する。
 だが、今度も結果は変わらなかった。老婆は、その背に負いたる脚を高速で反応させ、すべての銃弾をはたき落としたのだ。
「とはいえ――これじゃあ、こっちも防戦一方、だあ……」
 嘲笑。
「楽に殺せるかと、思ったけど、ねえ……。今日はやめ、だねえ……」
 言うなり、
 無数の足が、『ずばんッ!』と、一斉にアスファルトを打つ。
 その勢いで、老婆の小柄な体は冗談のようにすっ飛び、一瞬にして、その場から消え去っていた。
「……あ?」狼男が、意外につぶらな瞳を、ぱちくりとさせる。「なん……、なんだ、いまのっ!?」
「〈超跳躍〉ってところかな」
 腕と素肌を元に戻しつつ、リカが推測を述べる。
「超怪力の足で、常人の数十倍の跳躍力を発揮するとか、そんな感じか」
「足売りばばあにそんな性能ねえだろ、おい!」
「あるんだから仕方あるまい。妖怪だって生き物だ。生きてりゃ、それなりの知恵はつく。足を得物にするくらいの知恵は」
「知恵か、あれ!?」
 ひとしきり文句を言ったところで、息切れしたらしい。ぜえぜえと舌を出す彼の前に、リカはずい、と近寄った。ぎくりとして、狼男が後ずさる。
「こ、今度はなんだよっ」
「さっき言ったろ。おまえらの首魁に合わせろ。聞きたいことがあるんだ」
「聞きたいことって、おまえ、なにを――」
「あいつ」
 老婆が消え去った方向に視線を向けて、リカは、明確に答えた。
「足売りばばあをとっちめるのに必要な情報を、洗いざらい教えてほしいのさ」


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