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地獄蝶々



CHAPTER.02

『命ノ在リ方』







 パウラは、夜が好きだった。
 星屑のこぼれるような銀の髪を持つ彼女にとって、夜は、まるで自分のための時間のようだった。
 だから彼女は、たびたび部屋を抜け出し、城の最上階にある空中庭園に現れる。色とりどりの花に囲まれながら星々の瞬く夜空を眺めていると、孤独の世界で、自分ひとりが女王になったような気分に浸ることができた。
 領姫である彼女がわざわざそんな演出に身を置きたがるのは、おかしな話のように思われるかもしれない。だが、平民たちが想像する『お姫さま』像と違って、領姫というのは、勉学や社交技術の特訓に忙しく、とにかく疲れる職業なのだ。だからパウラは、ほんの慰みに夜の女王を気取って楽しむのである。
 今宵も彼女は、庭園の真ん中でくるくると回るように踊り、歌を口ずさんでいた。
「らん、ららら……♪」
 長い髪が遠心力で宙を舞い、彼女を追いかける流星のごとくなる。
「らん、ららら……♪」
 夜風が軽くスカートを巻き上げて、天に波打つ天の川を思わせる。
「らん、らら――」
 音が。
 背後で生じた、何かの墜落したような音と、それ相応の衝撃が。
 夜の女王の時間を粉砕した。
「……ら?」
 びっくりして、思わず後ろを振り返る。
 そこに、原因が存在していた。
 自分と同じくらいの年齢の、少女である。
 夜闇に溶け込むような漆黒のドレスをまとっており、そのせいで白い素肌が際立って映える。触れれば溶ける、氷細工の彫像のような印象を与える少女だった。
 彼女が、天から落ちてきたのだ。
 緑色の肌を持つ、翼ある人型の怪物とともに。
 パウラは、唖然となってその光景を見つめていた。
 少女のものらしき長剣が、怪物の脳天を割り砕いている。怪物は、ひくひくと痙攣していたが、やがて全身が融解し紫色の液体へと変化していった。
 少女とパウラの視線がぶつかる。
 少女は、かなり困った顔をしていた――まさか、この時刻、こんなところに人がいるとは思ってもいなかったのだろう。
「え――ええっと……」
 焦りをにじませ、慌てたように少女が口を開いたところで、
 パウラは、ぱんと手を叩いた。
「不死者ね!」
 少女が、ぎょっとなって瞬きする。
「し――知っているんですか?」
「ええ。不死者をひとりで倒してしまえるなんて、すごいわね! うちの騎士にも、そんな人いないわよ!」
「は、はあ、どうも……」
 だいぶ気後れした感じで、少女が応える。為したる所業の豪胆さとは、まったく異なる印象だ。その点もまた、パウラの興味をそそった。
「でも、どうしておひとりで? 腕が立つと言っても、危ないでしょうに」
「その……、不死者を葬るのが務めなので……」
 少女は律儀に答えた。どことなく気品を感じさせる所作から見ても、技量とは裏腹に、どこか良家の子女なのではないか、とパウラは当たりをつけた。
 ひょっとしたら――
「お兄さまのお知り合いかしら?」
 問うと、少女は首を傾げた。
「たぶん、違うと思いますけど――」
「そうなの? お兄さまもね、不死狩りの英雄なのよ」
 その言葉に、少女がハッと顔を上げた。これまでの印象を裏切るほどに鋭い気配が、一瞬だけ相貌に差した。
「その話――詳しく聞かせてもらってもいいですか?」
「喜んで♪」
 うかがうような問いに、パウラは、にっこりと微笑んだ。

「どうぞ♪」
「……ありがとう」
 パウラがことことと淹れた紅茶に、少女――クロアゲハは、おずおずと口をつけた。
 パウラの部屋である。代々の領姫が使ってきたもので、天涯つきの寝台や、領姫自身の肖像画など、いかにもそれらしいものが飾られているが、パウラとしてはそういったものにはさほど興味がなかった。特に、自室に自分の肖像画など置かれても対応に困るというものだ。
「それで……あなたのお兄さまについてですが」
「うんうん、なんでも訊いて♪」
 テーブルを挟んで向かい合った少女に、パウラはにこにこと答えた。
「その方は、不死者について知っているんですね?」
「ええ。この領国の村がひとつ、不死者によって壊滅させられてから、その存在が知れ渡って――それで、お兄さまが討伐軍を編成したの。最初は、死なない怪物がいるだなんて信じていなかったから、負けてしまったけど――二回目には、撃破に成功したわ」
「不死なのに?」
 探るような問いに、
「必ずどこかに弱点があるでしょ?」
 相手も知っていて当然、という風情で切り返してみせる。
「それがわかったのは偶然だったらしいけど、以降、密集陣形から矢を浴びせかけ、怯んだところを包囲して、とにかくいろんな部位を攻撃する、って戦術でどうにかしてきたのよ」
「なるほど……確かに、それは有効な戦術ですね」
「でしょお?」
 パウラは、誇らしげに胸を張った。
「二年前の惨劇からこっち、不死者の事件は相次いでいるけど、そのほとんどが、お兄さま率いる近衛兵によって討ち取られているわ。お兄さまに対する領民の支持も、うなぎ登りよ。ひょっとしたら、それを狙ってお兄さまがわざと不死者を仕立てあげたんじゃないかとすら思うわ」
 クロアゲハが、ぎょっとして見つめてきた。
「……どういうことです?」
「まず、村をひとつ全滅させる。それから、息のかかった者に滅んだ村の生き残りのふりをさせて、不死身の怪物が現れた、と報告させる。その後、討伐軍を編成し、一度失敗してみせることで、領民の危機感を煽る。それから、『弱点を見つけた』という態で、不死者を倒したことを報告する。あとは、不死者が現れたという報せをでっち上げて、適当に討って出るだけで、大方の領民は納得するわ」
 つらつら語るパウラを、クロアゲハは意外そうに眺めた。
「お兄さまのことを、信じてないのですか?」
「もちろん信じてるけどお、怪しい点が多いのも事実なのよね」肩をすくめる。「不死者は死ぬと溶けて消えるから、証拠の首級も挙げられないし、毎回、お兄さまと、その息のかかった近衛兵だけが討伐に出向くっていうのも、何かを隠すには都合のいい編成よね」
「ですが――不死者は、実在する」
「そう。そして、本当に証拠を残さず消滅する。さっき、あなたが見せてくれたみたいにね」
 パウラは、クロアゲハに微笑みかけた。
「おかげで、お兄さまを疑わずにすんだわ。でも、私のように考える人は、きっと他にもいる。たとえば、お兄さまを失脚させ、私を擁立することで、お兄さまに従う貴族の立場を弱め、自分たちの権力を拡大させようとしている貴族とかね。さっきの理屈に難があるとするなら、動機がないこと――王権も安定していて、ろくに戦争にも巻き込まれないこの国で、今さらお兄さまが支持を稼いだって、たいして得にはならないことくらいだけど……、まあ、疑いを晴らすにはちょっと弱いわよね」
「そうですね」
 軽く、クロアゲハが苦笑した。ふと、気が緩んだようだった。
「でも、不死者には手を出さない方がいいです。彼らを葬るのは――私がやりますから」
「どうして?」
 小首を傾げて問うと、クロアゲハは躊躇した。
 だが、ゆるゆると首を横に振ると、覚悟と決意を秘めた眼差しでこちらを見つめてきた。
 そして、彼女は語り始めた。
 不死なるその身の、はじまりを。


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