地獄蝶々



CHAPTER.02

『命ノ在リ方』







 パウラと出会い、不死者に関する話をしたその翌日、クロアゲハは城下町で情報収集に努めていた。
 パウラの兄――領王レオンハルトについては、様々な店を回って話を聞くことで、ごく簡単に情報を集めることができた。
 結果としてわかったことは、おおよそパウラの話と同じ程度だった。
 現領王レオンハルトは、清廉潔白、眉目秀麗、そして何より大胆不敵の英雄として知られている。
 若くして領民のことを思う良い君主であり、不死者が現れたという報を受けると自ら軍を率いて討伐に向かう、頼れる君主でもある。
 パウラが言うように不死者の死骸が残らないことから、人気取りのパフォーマンスではないかと疑う者もあったが、気にしない人間がほとんどだった。民にも兵にも、不死者被害は実際に出ているのだ――人命を散らしてまでレオンハルトが支持を稼がねばならない理由は、特にないはずなのである。
(でも……確かに、あの城からは、気配がする)
 クロアゲハが気にしているのは、その一点だった。
 彼女は、同じ炎に焼かれた不死者の気配を、大まかにではあるが感じ取ることができる。そして、その感覚は、あの城に不死者が存在すると告げていた。
 実際、それを探るために忍び込もうとしたところで、翼ある不死者の襲撃を受けたのだ。
(何者かが糸を引いているかもしれない――)
 少女は、かつて遭遇した、合体する不死者のことを思い出していた。
 あれが自然発生したものであるとは、とても思えない。
 もしも、誰かが不死者を操って合体を促していたのだとしたら――
(…………)
 その時に起こった出来事を思い出し、陰鬱な気分に沈みそうになるのを辛うじてこらえ、クロアゲハは頭を振った。
 あの翼ある不死者は、明らかに城の周囲を警邏していた。知性も理性も持たない不死者がだ。ならば、そこには何者かの意図がある。不死者を操る者――おそらくは、合体する不死者を作り上げていたのと、同じ誰か。
 そいつが、不死者を利用している。
 その事実に、クロアゲハの心は激しい憤りを訴えた。
 無辜にして非業なる不死者たち――望まずして異形の不死を与えられし彼ら。
 かつての領民たちをほしいままに操る者がいるとするなら――
 決して、許せるはずもない。



「お兄さまを疑っているの?」
 夜半。再びパウラの元を訪れたクロアゲハは、恐縮しつつもその部屋に招かれていた。
「疑っている、というわけじゃないんですけど……」
 なんとなく肩身の狭さを感じながらも、淹れられた紅茶に口をつける。
「少なくとも、何かを知っているんじゃないかと思いまして……」
「それで、話を聞いてみたいってわけね?」
 よし、とうなずき、パウラは立ち上がった。
「じゃ、今からお兄さまの寝所に乗り込みましょう」
 あっけらかんとした誘いに、クロアゲハは唖然となった。
「い――今からですか?」
「善は急げって言うでしょ?」
「え、いや、あの、別に明日とかでも――」
「お兄さまが何らかの悪事に関わっているのなら、不意打ちを仕かけた方が、ぼろが出やすいってものじゃない?」
「それは、確かにそうかもしれませんけど……」
 パウラのあふれんばかりの行動力に、クロアゲハはあっけに取られるばかりだった。

 寝巻きの上からケープを羽織ったパウラとともに、暗い城内を進んでいく。
 時折、夜勤の兵士とすれ違うが、「また夜中に起きてらっしゃるんですか?」と苦笑混じりに挨拶される程度で済んでいた。クロアゲハについても、「ちょっとしたお友達」の一言で切り抜けてしまうのだから、驚くべきことではあった。
「結構ゆるいんですね、このお城……」
「平和だもの」ランタンを片手に、パウラは肩をすくめてみせた。「私やお兄さまの部屋の前に近衛兵がいなくてもいいくらいにね」
 だが、直後、彼女はその言葉を裏切られることになる。
 城の三階に位置する領王の部屋の前に、ふたりの近衛兵の姿があったのだ。
「……いっがぁーい」
 曲がり角からその様子をのぞき見て、顔をしかめるパウラ。
「どうしましょ。とりあえず話をしてみて――」
「下がってください」
 緊張の声を、クロアゲハは発した。
 雰囲気が変わったことを察して、パウラがハッとなる。
 彼女を物陰に置き去りにして、クロアゲハは領王の寝室の前まで足を進めた。
 当然、近衛兵ふたりに見咎められ、「おい!」と声をかけられる。
「なんだ、貴様――何者だ?」
「あなたがたこそ、何者ですか」
 クロアゲハの視線が鋭く凍てつき、男たちを射抜く。
「なぜ――あなたがたから、不死者の気配がするのですか」
 ぎくり、という反応を男たちは見せた。
「き、貴様――」
「答えてください」
「っ……!」
 近衛兵たちが、剣を抜く。その面差しには未だ冷めやらぬ驚愕の色があったが、相貌はむしろ殺意に冷えきっていた。
「貴様こそ、答えてもらうぞ……いったい何者なのか!」
 言うなり、ふたりともが一斉に撃ちかかってきた。
 連撃を、クロアゲハは優雅にかわす。戦いの師を持たず、正統の戦技を修めていない彼女だが、その武技は、死にながら会得した百戦錬磨の荒業である。異形の不死者どもが放つ異様の技ならばともかく、たいていの兵士に後れを取るものではない。
 目の前の兵士たちは異形ではない。だが、その気配は確実に不死者のものだった。
 やはり、何かがあるのだ。領王の部屋を守っていたということは、領王が関与している可能性が高い。
(となれば――)
 領王から話を聞くほか、ない。
 クロアゲハは、《擬するもの》を抜き放ちざま、踏み込んだ。
 一瞬にして右方の兵士が首を刎ねられ、壁を染めるほどの血飛沫をほとばしらせる。もう片方の兵士が、それを見てぎょっとなった――瞬間には、その頭部が戦斧と化した《擬するもの》によって断ち割られていた。
 だが、不死者はそれだけでは終わらない。兵士は全身から鋭い針を生やし、突撃してきた。決して、異形性を失ったわけではなかったのだ――それどころか、先ほどまで人間の姿をしていたということは、むしろ制御できている!
 その事実に戦慄しつつ、クロアゲハは後退して《擬するもの》を変形させる。大鎌だ。そして、二度目の突撃をするりとかわしざま、身をひねり、敵の背に鎌の先端を振り下ろした。
 ぐっさりと切っ先が肉を抉り、穿ち、貫いて、腹から生え出る新たな針と化す。剣や金槌の類では、全身に生えた針に邪魔されて致命傷を与えるのが難しかっただろうが、大鎌のような一点に威力を集中する刺突性を持った武器であれば、その心配はないという寸法だった。
 ぐらり、と兵士が倒れる。
 死んだのだ。
 不死者の多くは、背面か正面、その全体が弱点である――不死の炎を受けた際、どちらかだけ、焼かれるのを免れている場合が多いからだ。上級の不死者、すなわちほとんど全身を焼かれた者たちは、特定の部位だけが弱点として残っているに過ぎないが、すべてがすべて、それほど弱点が少ないわけでもない。
 首を刎ね飛ばされた兵士も、復活することなく息絶えている。斬首は、不死者に対して特に有効な攻撃の一種だった。弱い不死者なら、正面も背面も含めて致命傷を与えて倒すことができるし、強力な不死者であっても、脳と身体を切り離すことで再生までの間に無防備な隙を作り出すことができる。もっとも、異形化した不死者が相手だと、どこが首だかわからないことも多いのだが。
 危なげなく勝利を収めたクロアゲハは、しかし、陰鬱な気分に沈んでいた。
(パウラに、凄惨な場を見せてしまった……)
 自らの迂闊さに、忸怩たる思いを抱く。レオンハルトが怪しいと睨んでいたのだから、何らかの形で戦闘になると危惧しておくべきだった。パウラの行動力に圧倒されて、のこのことついてきている場合ではなかったのだ。どうも昔から、自分は粗忽でいけない。
 反省しつつ、軽く頭を振って、パウラに声をかけようとしたところで――
「っ!」
 不意の一撃に、少女は大鎌を跳ね上げた。
 ぎぃんっ、という硬い金属音が響き、胸元を狙って繰り出された一撃が弾かれる。それは、目の前からの攻撃だった。レオンハルトの部屋の扉を開きざま、何者かが剣を振るい、仕かけてきたのだ。
 赤髪を、短く刈り上げた青年だった。
 紋章のない革鎧を身にまとっていることから、近衛兵の類でないのは確かだ。となれば、傭兵か何かと判断するのが妥当だろうが、それにしては、こんな時刻に、武器を持ったまま領王の部屋に招かれていた点が不自然だった。
(いや、それよりも……)
 この若者――強い。
 今の不意討ちに反応できなければ、確実に命を絶たれていた。寸毫の迷いも誤りもなく、心臓を狙った一刀だ。不意討ちを退けられた今も、驚くそぶりもなく剣を構え直している。クロアゲハをして撃ち込むことを躊躇させる凄烈なまでの殺気が、全身から放たれていた。
 青年が、踏み込んでくる。
 袈裟懸けの一刀――クロアゲハは、《擬するもの》を扱いやすい長剣に戻して、これを受けた。強烈な感触が両手に響く――痩せぎすの外見に反して、相当な膂力の持ち主だ。続く二撃、三撃も、辛うじて受け流したものの、少しでもバランスを誤れば、防御ごと体勢を崩されて次の一撃で命を取られるほどの、暴虐極まりない剣だった。
(なんたる殺意……!)
 不死者たちが自らの欲求を果たすために発するそれとは、根本的に異なる。もっと気高く、もっと雄々しく、いっさいの揺るぎなく研ぎ澄まされた、さながらその手の刃のごとき殺意だ。それが剣技にもあらわれ、その鋭さをいや増している。
 クロアゲハは後退した。
 自分の技量では、目の前の男に勝てない。もっと場所が広ければ、自らの真骨頂である多彩な武器による変幻自在の攻撃を繰り出すことができるのだが、こうも狭い場所では、扱える武器が限定されてしまう。
 青年の刃を弾き、大きく後ろに跳躍すると、思いきってきびすを返し全力疾走を開始する。
 鮮やかなまでの逃げっぷりだ。実を言えば、勝てない敵と相対して逃げることにかけて言えば、彼女の右に出る者はいない。何度も何度も繰り返してきたことだからだ。逃走に失敗して殺されても、すぐよみがえり、また新たな手法で逃亡を試みてきた。そして、相手に勝てる戦略を組み立ててから、再度の戦いを挑んできたのである。
 だからこそ、彼女は逃げることに何のためらいもなかった。
(パウラを――)
 置き去りにしてきてしまったが、あのしたたかな娘のことだ。姿を見られたわけでもないし、自力でどうにかするだろう。
 それよりも気にするべきは、先程相対した不死者たちだ。
 異形を隠し、普通の人間と変わらぬ理性と知性を備えた者たち――これまで、そうした不死者と出会ったことはない。超上級の不死者だとでも言うのだろうか――ただ、それにしては、あのふたりの戦闘能力や不死性が下級のそれであったのが気にかかる。
(やはり、何かがある――この城には!)  危機感を募らせながら、クロアゲハは夜の城内を駆けていった。


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