地獄蝶々



CHAPTER.02

『命ノ在リ方』







 翌日――
 城主のための食堂で、パウラは、兄たるレオンハルトと向かい合わせになって朝食を採っていた。
 鶏がらを煮込み、各種香草を使ったスープに、バターを塗ったパン、薄く切ったハム、野菜の盛り合わせ――という、貴族のものとしては一般的なメニューだ。
「昨日は騒がしかったですわね、お兄さま」
 パンにバターを塗りながら、パウラは長机の向かい側に座す兄に声をかけた。
「そうだね」
 パンの切れ目にハムを挟み込んでから、レオンハルトは何気なくうなずく。
 二十四という年齢は、君主としてふさわしからぬというわけではないが、もちろん若いという印象を拭えるものではない。
 ただ、彼という人物に一度でも会えば、その若さから彼を軽んじていた者たちは、自らの不明を恥じることになる。
 温和にして冷静、穏当にして怜悧。文武に長け、社交的で、機転が利く。ありとあらゆる長所をかき集めたような、非の打ち所のない青年なのだ。
 少し長く伸ばし過ぎた銀の前髪を鬱陶しげにかき上げながら、彼は苦笑した。
「城の防衛体制が緩過ぎたかな。まさか賊の、それも暗殺者の侵入を許してしまうとはね」
 クロアゲハの凶行は、そう処理されていた。
 領王の命を狙って現れた黒衣の暗殺者が、近衛兵ふたりを殺害して逃亡――その行方は杳として知れない。城内は、警備の緊急増強と暗殺者の捜索のため、昨晩から現在に至るまで騒然たるざわめきに満たされている。誰かに気づかれることなく部屋に戻るのに、パウラはちょっとした冒険活劇を演じなければならなかった。
(気になるのは……)
 部屋の前にいた、ふたりの近衛兵――『暗殺者に殺された者たち』が不死者であったという、とんでもない事実だ。
 この城から不死者の気配がするとクロアゲハは言っていたが、よもや、それが兄の部屋を守る近衛兵のものだったとは。
 いや、それだけであるはずがない。きっとどこかに、彼らを不死者にした何者かがいるのだ。近衛兵の配置場所にさえ影響力を持つ、何者かが。
(宰相……将軍? 近衛兵長?)
 彼らの誰であっても、おかしくはない。が。
 彼らよりよっぽど怪しい人物が、目の前にいる。
 パウラは、小さく嘆息した。
 考えていても仕方がない。自分の動ける範囲はごく狭い――なら、その範囲内で、最大限に動くのが彼女のやり方だった。
「ねえ、お兄さま」
「何かな?」
「昨日死んだ近衛兵が、不死者だったって噂があるのよね」
 突然の言葉に、場が静まり返った。
 兄妹以外にも、当然、近衛兵や料理人、侍従といった者たちが部屋の各所に控えている。その誰もが、耳を疑う発言だった。
 そんな噂が流れているかどうかは、もちろんパウラの知るところではない。ただ、クロアゲハに殺された近衛兵たちの屍が、あの後ぐずぐずに溶けて消滅してしまったのを、彼女は見ていた。集まってきた兵士たちのなかに、それについて疑問を抱いた者がいたとしても不思議ではないだろう。
「不死者は、知性も理性もない、異形の存在だよ」
 何ら動じることなく、レオンハルトが応じた。
「それに、死んだふたりは、私たちのよく知る者たちだっただろう。不死者が変身して、彼らと入れ替わった――なんて突拍子のない話が、あるとも思えない」
「不死者の存在自体が、突拍子もない話でしょ? そんな能力を持つ者がいたって、不思議じゃないわ。お兄さまは、不死者から見れば、怨み骨髄の存在でしょうから」
「はは、それはそうだろうね。私が今の地位を維持できているのは、彼らを狩りに狩ってきた実績あってのことだしね」
 兄妹の会話は、和やかにして穏やかなように見えるが、その実、見えないナイフで切り結んでいるようなものだった。パウラが切り込み、レオンハルトが受け流す――そうした図式だ。
「なかには、私がわざと不死者を放っては狩り、支持率の足しにしていると考えている者だっているだろう」
 レオンハルトが、冗談めかした口調で切り返してきた。内容自体は、パウラがクロアゲハに対して口にしたことでもあるし、城内でも囁かれている噂のひとつだ。驚くべきは、本人がそれを茶化して言い放ったことだろう。
(こういう言い方をする時、たいてい、お兄さまは嘘をついていないのよね)
 長い付き合いから、パウラはそう直感した。レオンハルトが嘘を吐く時は、もっと落ち着いた口調になる。本人でさえ気づいているかどうかわからない癖だが、彼は決して冗談のように嘘を吐くことができない人物なのだ。
 そのことを知っているから、パウラはさらに踏み込んでみせた。
「そんなことをするとしたら、不死者を作り出す技術――いえ、秘術かしら? そういうものが必要よね」
 クロアゲハに聞いた話から、話題の刃の構成を組み上げた。不死者は、決して自然に湧き上がってくるものではなく、誰かが意図的に死術を使わない限り現れるはずのない存在だ。レオンハルトが不死者を生み出しているのだとしたら、そうした秘術に通じていないはずがない。そして、不死者をわざと放ったわけではないにせよ、うっかり管理を誤って不死者を逃がしてしまったとか――
「そういう噂があるのは確かだね」
 兄は、スープを一口嚥下してから、肩をすくめてみせた。
「その手の技術がもしも手に入るなら、医療技術の発達やら何やらに、活かせそうなものなんだが。どこか、そのへんに転がってないものかな」
 冗談だ――なら、嘘ではない。兄は、不死者を作り出すような技術に通じてはいない。
「もし転がってたとしても、それって絶対、ぶっちゃけ禁忌よ、お兄さま」
「だろうなあ」
 声を上げて、兄妹は笑った。
 ただ、
(さて……真実はどこにあるのかしら?)
 パウラはまだ、兄への疑いを捨ててはいなかった。



「というわけなのよね」
 自室で、彼女は目の前の男にすべてをぶちまけた。
 カールという名の、パウラお付きの近衛兵だ。しっかりとした命令系統があるわけではないが、ある程度ならパウラの言うことに従ってくれる。カールがまだ少年だった頃から十年に渡る付き合いであり、腹心の部下と言ってよかった。
 なので、とりあえず全部、打ち明けることにしたのだが。
 カールは、ただ唖然として、その言葉を受け止めていた――いや、受け止め損ねて、硬直していた。
「……いや、あの、姫さま」
「うん」
「何、さらっととんでもねえこと言ってんですか。例の暗殺者が友達だとか、陛下がずばり怪しいとか!」
「うん」
「うんじゃねえっす!」
 小声で喚くという奇妙な真似をしてみせてから、カールは忙しなく顎ひげを撫ぜた。
「うっわあ……いろいろ問題がありすぎて、もはやどれが問題なんだかわかんねえ……」
「つまり問題がないってことね」
「問題ばかりでどうしようもねえってことですよ!」
「って言ったって、もしも私がこのことを黙っていたら、あなた、きっと怒ったでしょ?」
「当たり前ですよ!」
「ほらぁ」
「『ほらぁ』じゃなくてっ! 黙ってなくても怒るってんですよ! 今まさに!」
 あああああ、と頭を抱えてみせる。
「しかもこいつは、これまでで最大級の問題ですぜ……なんてことしでかしてんですか」
大事おおごと
「うんそうですね大事ですね。どうしてくれんですかもう!」
「いい歳した大人が、おたおたするんじゃないの」
「なんで俺が叱られてんの!?」
 さておき、と、ふたりは話題を元に戻した。
「つまり、陛下が裏で何かやってんじゃないかって疑ってるってことですね?」
「最初から、そう言ってるじゃない」
「信じたくなかったんですよ、いろいろと……。で? これからどうしようって?」
「とりあえず、なんか調べてきて」
 ぽい、と会話のボールを放り投げると、
「は?」
 カールは、あっさりとそれを取り落とした。
「……し、調べろ?」
「調べろー」
「死ねってんですか!? 陛下がマジに何かやってたら、俺の命ねえっすよそれ!」
「死なない程度に何とか調べろー」
「あああああああああ……」
 言い放ちたい言葉を必死になって食い止めているという風情で、カールは再び頭を抱えた。
「臣民を守るべき気高い領姫さまとしては、お兄さまが何をやってるのか突き止めなきゃいけないのよ。もし、不死者の出現による被害がお兄さまのせいだったりしたら事だもの。とりあえず、怪しいのは不死狩りね。同じ近衛に話を聞くとかして、どーにか情報を得なさい」
「へェい……」
 もはや口答えする気力もないのか、カールはがっくりと肩を落としてうなずいた。
「あ、そういえば」
 ひとつ、聞くべきことを急に思い出した。
「お兄さまの部屋から、知らない剣士が現れたんだけど。あれって、何者か知ってる?」
「ああ。アドルフっすね」
「アドルフ? 聞かない名前ね」
「流れの傭兵ですよ。かなり腕が立つとかいう話で……陛下の方から、誘いをかけてるらしいですね。大方、不死狩り隊に加えようってお考えなんだと思いますけど」
「ふうん……」
 パウラは、口元に指先を当てて考え込んだ。
 武装解除されずに兄の部屋に招かれていたことも不思議だが、あの時、場に転がっていた不死者兵の異形の屍にまったく動じていなかった点も、大いに不思議だ。彼もまた、不死者絡みの陰謀に関わっているのであれば、説明がつかないこともないが――
(その場合、やっぱり、黒幕はお兄さまってことになるのよね)
 不死者を生み出す技術を持たずして、しかし、何らかの形で不死者を利用している――
 誠実さを形にしたようなあの兄が悪しき野望を企てているとは考えにくいが、今のところ、兄を疑わない理由がない。
「うん。やっぱがんばってきなさい、カール」
「その結論が覆ってくんねえかなーって、今ちょっと期待して待ってたんですけどね……」
 カールが、この日いちばんの大きな嘆息を吐いた。


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