地獄蝶々



CHAPTER.03

『奈落剣』







 この村では、主要な面々が集まって会議を行う際、村長の家を使う。
 酒場を使わせてもらう方が広いのだが、会議のためにいちいち酒場の主人に迷惑をかけるのもどうかということで、村長が家を解放してくれるのだ。
 村長の家に備えられた、やや広めの客室――村長自身はもちろん、自警団長、年長の狩師や農夫、医者の老爺といった十数人が集まっていた。椅子の数は限られているので、ほとんどは、土がむき出しの床にござを敷いてその上に座っている。
 議題はもちろん、森に出現した化物についてだった。
「数日前から、村で失踪事件が起こっている」
 年配の村長は、見慣れぬ客人――物騒な得物を抱えて部屋の隅に座っているカイにそう説明した。
「野生の獣が食糧を求めて、夜な夜な村にやってくる、ということはないわけではなかったが――畑が荒らされているわけでもなく、ひとりずつ村人がいなくなるなんてのは初めてでな。いなくなったのも、老人だったり、女だったり、大人の男だったりと、いろいろだ」
「それだけじゃねえ、ウチの犬もいなくなったぜ!」
「いや、それは関係ねえんじゃねえの?」
「……まあ、それでだな。残ってる足跡を探ると、どうも森から来て森に帰っていったらしいってんで、そこのレナに見てきてもらったんだが――」
「そしたら、あの化物に出くわしたってわけよ……」
 壁にもたれながら、レナは大きく嘆息した。
 できれば、すぐにでも忘れてしまいたい記憶だが――おそらく一生、この日を忘れることはできないだろう。
「化物ってなァ、どんなだったんだ?」
 医者の老爺が、興味深げに声を上げる。
「たまァにな、人間でも獣でも、驚くような見た目で生まれて来ることがあるもんよ。そういうのじゃねえのかい?」
「そういう感じじゃなかったよ。見た目、人間ぽかったけど……服も着てたけど。身体中が紫で、足がぶっとくて、ふくらはぎが鎌になってる奴なんて、化物って呼ぶしかないじゃん」
 村人たちは、想像しがたい、という感じの、不安げな顔を見合わせた。
「しかもだよ。そこのカイが、あんな得物で殴ったのに、その傷がじゅうじゅう治ってくんだ。見間違いじゃない。あんなの、普通の生き物じゃないよ」
「そりゃ、信じがたい話だが……」医者は眉をひそめた。「幻覚じゃあねえんだな?」
「現実さ」
 カイが告げ、一同の注目を集めた。
 青年は、どこか暗い眼差しで鼻を鳴らす。
「奴らは、元・人間の、現・怪物だ。ちょっとした事件で、生きたまま異形の怪物にさせられてな。どんな異形を持っているかは、個体ごとに異なるんだが――共通してるのは、まともな知能をなくして、人間の生き血を浴びることしか頭になくなったってことさ。もうひとつの共通点は、どんなに深手を負わせても、簡単に治っちまうこと。だから、あいつらは、不死者って呼ばれてる。殺しても死なない化物さ」
 村人たちは、ごくりと唾を呑み込んだ。
 カイの話は、とても信じられるものではなかったが――彼の言葉には、異様なまでの説得力があった。鬼気、と呼んでもいいほどの烈々たる気配が全身からにじみ出ていたのだ。
 この村に、戦士はいない。自警団がいるにはいるが、彼らはあくまで自主的に村の警護を担っているだけだ。生死を賭けた戦いに挑むこと、それ自体を生きる手段としている者はいない。
 だからこそ、圧倒されるのだ。カイの持つ、戦士の気魄に。
「ま、信じなくてもいいけどな」
 青年は、肩をすくめた。
「少なくとも、この村を襲う奴が森にいるってのは事実だ。俺を雇ってくれるなら、森に出向いてそいつを殺してやる。それが仕事なんでな――この村に来たのも、飯の種、つまり不死者の目撃証言を追ってのことだ」
「こ――殺せるのか? 死なないから不死者なんじゃ……?」
「奴らは、身体のどこかに急所を持ってる。そこを突けば倒せる。どこが急所なのかは、戦いながら探すしかない。だから、普通の傭兵でも不死者相手には太刀打ちできないのさ。奴らを殺せるのは、対不死者戦闘をこなしてきた戦士だけだ」
「あんたは……そうだと?」
「これまで、十体以上の不死者を殺してきた」
 さらりと告げるカイ。
「《不死狩り》のカイ、なんて呼ばれながらな。こいつがあれば、まあなんとかなる」
 言いつつ、ぽん、と自らの得物を叩く。
 槍と斧と金槌を一体化したような、いびつな武器――その真価を、ようやくレナは理解していた。敵は、どこに急所があるかわからないし、どんな異形性を持っているかもわからない。だからカイは、相手に合わせた殺し方ができるような武器を求めたのだろう。刺突、斬撃、打撃――そのすべてをまかなえるような武器を。
「ううむ……」
 村人たちは、唸りを上げた。それはそうだ――いきなりこんな話をされて、「なるほど、わかった」と即座にうなずけるはずがない。ただ、現実に被害が出てしまっていることを考えると、カイの申し出を簡単に拒絶するわけにもいかない。
「……カイ殿」
 村長が、頭をかきながら青年に向き直った。
「仮に、あんたさんに不死者退治を依頼するとして――その、報酬の方は、どのくらいになるんかな……? なんせ、小さな村でな……自給自足に頼っている部分も大きい。あまり、金を貯め込んじゃおらんのだ……」
「そうだな――まあ、百ガランくらいでいい」
 あっさりとした物言いに、村人たちは、一瞬、きょとんとなった。
 ガランというのは、この大陸の共通貨幣だ。帝国が大陸全土を支配し、ガランダ帝国を打ち建てた際、これまでばらばらだった各地の貨幣制度を統一したのである。一ガランは、物価にもよるが、街なら麺麭(パン)ひとつが買える程度の値段になる。百ガランとなると、街で十日ほど暮らしていけるくらいの金額だ。
 いちおう、この村では、領主に税を納めるほか、獣の毛皮や農作物を街で売り、財産に替えている。百ガラン程度なら、村の共有財産から支払えるだろう。
 もっと高額をふっかけられると思っていたのか、村長は目をぱちくりとさせていた。
「百……でいいんか?」
「なんだ。もっとふんだくってほしいのか?」
「あ、いや、そういうわけじゃないんだが――」
「これがお貴族さまのご依頼なら、もうちょっと足元を見るけどな。支払えないような額を要求して拒否されるのも困る。何より――」
 カイは、笑みを浮かべた。
 暗く澱んだ、熾火のような笑みを。
「俺は、奴らを殺して回るのが生きがいなんだ。だから、受け取る報酬は、そのついでに食っていける程度でいいのさ」



 結局、村長たちは相談の末、カイを雇うことを決めた。
 カイが「成功報酬でいい」と言い出したのも、彼らの決定を後押しする要因となった。前金を貰うだけ貰ってとんずらされることがないというのは、結構な安心材料だった。
「奴は森にいるんだろ」
 まだ中天から少し陽が傾いたくらいの空を見上げて、カイは言った。
「なら、奴の巣を探して、さっさとケリをつけたい。案内してくれ」
 そう言われて、村人たちが視線を集中させた先は、もちろんレナだった。
 正直、もうあの化物に関わるのはごめんだったが――村の狩人のなかで、もっとも俊敏な健脚を誇るのはレナである。カイの足手まといにはならないだろうし、いざとなれば村に逃げ帰ることもできる。カイへの報酬とは別に、レナへの報酬も用意するから、と説得され、彼女はしぶしぶ要請を承諾したのだった。
 そんなわけで、レナはカイを伴い、再び森へと向かった。
「この森には毎日来てるけど……」
 歩き慣れた獣道を通りながら、レナは言った。
「なんか、初めて来るところみたいだわ。空気が冷たくて、嫌な感じがする……」
「不死者が潜むようになって、動物どもが戸惑ってるんだろう」
 何気ない口調で、後ろにつくカイが応える。
「奴らは自然の存在じゃないからな。凶悪な異物が入り込んできて、虫も獣も、どうすればいいのかわからなくなってるのさ。それで、こういう独特の雰囲気になる」
「……詳しいね」
「職業柄な」
「職業……か」
 油断なく足を進めつつ、レナは、気になっていた問いをぶつけた。
「でも、あんた――狩人だろ?」
 わずかに、驚いたような気配が感じられる。
「……わかるか?」
「うん、まあ……雰囲気でね」
 森というのは、身近な存在ながらも、れっきとした異境だ。歩き慣れた人間でなければ、樹木や草々に阻まれ、効率のいい進み方というものができない。
 レナの見る限り、カイはそれができる人間だった。草に隠れてわかりづらいが、木の根が突き出していて歩きにくい場所であるとか、蛇の巣穴がありそうな場所であるとか、そういうものをごく自然に避けている。何年も森に通い、危険なところも安全なところも、身体で感じ取ることができるようになった人間の動き方だ。
「それが、なんで不死者狩りの傭兵なんてやってるの?」
「村が、全滅したんだ」カイは、平然と告げた。「不死者にやられてな」
「え――」
「俺は、唯一の生き残りだ。それから、死にもの狂いで奴らを殺せるように自分を鍛えたってわけさ」
「じゃあ……あんた、不死者に復讐したいの? それで、不死者を殺して回ってるってこと……?」
 レナにしてみれば、好んで不死者に関わろうとするなど常軌を逸した考え方だが――
「ちょっと違うな」
 カイは、軽く笑みを浮かべた。どこか虚ろで、いびつな笑みだった。
「俺が復讐したいのは、不死者じゃない。不死者が生まれる原因になった女だ」
「原因……?」
「すべての不死者は、そいつのせいで生まれた。そいつがいなきゃ、不死者が生まれることもなかった……」
 陰鬱な声音で、彼は続ける。レナは、ぞくりと背筋を撫でられるような感覚を覚えた。
「その女も不死者だ。それも、知能を保ったままのな。俺が不死者を殺しているのは、いつかそいつを殺せるようになるためだ。俺が知る限り最強の不死者を、この手で殺してやれるように、特訓してるんだ……」
「……」
 なんだろう、とレナは思った。
 カイは、ひどく暗い何かに囚われている。
 単純な復讐心というより――もっと深く、もっと澱んだ、泥濘のような何かに。絡まれ、囚われ、抜け出せずにいるように感じる。人間として持つべき正しい感性を、徐々にすり減らして狂気へと近づきながら、そうせざるを得ずにいるように……。
 そのさまは、おそろしく不気味でおぞましく、ぞっと心胆を寒からしめられる。
 だが――なんだろう。
 そんな輩には、近づかない方がいいはずなのに。
 どうしてか、気になる。
 カイの生き方や、進むべき道が――妙に気になって、仕方がない。
(なんだろう……不思議と、嫌いになれないんだよね。こいつ……)
 窮地を救われたから恩義から来る気持ちかもしれないが、それも何か、違う気がした。
(こいつって、暗いし不気味だけど、でも、なんだか……)
 ふと――
 レナは、足を止めた。
「……どうした?」
「足跡だ」
 思考を打ち切り、しゃがみこむ。
 やわらかな地面に、深い穴がふたつ空いていた。
 まともな人や獣の足跡ではない。あいつだ――あの不死者。あの、異形の脚部でしかありえない足跡が、しっかりと刻まれていた。
 よく周囲を探してみると、遠く離れた位置に、同じ足跡が穿たれていた。
「たぶん、あいつ、跳躍しながら移動してるんじゃない?」
「そうか――さっきまでは、木々が続いてたからな。普段は樹上を跳んで、木がなくなると地面を使うってことか」
 ふたりは、足跡の続く先に視線を向けた。
「村から人をさらうんなら、そう深いところに巣は作らないな」
「うん……、勘だけど、もうそろそろだと思う」
「ここからは俺が先行する」
 カイが、得物を携えて前に出た。
「不死者は殺すと溶けるからな。俺がちゃんと仕留めたってところを、あんたには見ておいてもらわなきゃいけないが――やばそうだったら、とっとと逃げろ」
「うん。わかってる」
「よし――行くぞ」
 押し殺した殺気をにじませながら、カイは足を進めていく。
 その背中を追いながら、レナは先ほど感じた不思議な感覚の理由に、少しだけ気がついていた。
(そっか――)
 すっきりした――ちょっと爽快な気分さえ起こっていた。
 その気配に勘づいたのか、
「……なんだ?」
 カイが、わずかに顔を振り向かせて訝しげな声を上げた。
「あ、うん。なんでもないんだけど――」
 ほんのわずか、好奇心が踊る。
 カイの反応を見たくなって、レナはにこやかに告げた。
「あんた、悪い奴じゃないんだなって」
「……は?」
 青年は、あっけに取られぱちぱちと目を瞬かせた。
 そうしていると、なんだか少年のようだった。
 そう――レナがカイに対して覚えた感慨は、そこに尽きる。
 カイは、悪い奴ではない。
 奈落の彼方に囚われつつありながら――会って間もない自分のことを、当然のように心配してくれている。
 故郷を不死者に襲われなければ、きっと気のいい若者として育ったことだろう。
 そう思わせるような、他人に対する素直な優しさ――その根っこのようなものを、感じさせる青年なのだ。
「いきなり、何を言い出すんだよ……」
 思いのほか、カイは慌てふためいていた。そんな風に思われることなど、考えてもいなかったという感じだ。滑稽というより、なんとも愛嬌のある風情だった。見ているだけで、われ知らず笑みが浮かぶ。
「俺は、その、不死者さえ殺せればどうでもいいってだけで――」
「それも間違いじゃないんだろうけどね。でも、いい奴だよ。あんた」
「いい奴って……」
 完全にうろたえながら――カイは、ぶっきらぼうに視線を背けた。
「そんなこと、言ってる場合じゃないだろ。とっととあいつを見つけて、ぶっ殺さないといけないんだからな!」
「はいはい」
 ことさら物騒な物言いをする青年に、くすくすと忍び笑いをした時――
 レナは、身体がふわりと浮き上がるのを感じた。
「――え」
 熱い吐息が、うなじにかかる。
「――レナッ!?」
 振り向くカイ――その眼が、驚愕に見開かれている。
(……!)
 カッ、と脳髄が白く染まった。
 あの不死者が突如として現れ、背後から自分を抱え上げたのだと――瞬時の理解と戦慄が、レナを凍りつかせていた。
「ひ――ひっ……!」
 恐慌に陥り、身をこわばらせるレナ――その細い腰に腕を回した不死者は、だんッ、と力強く跳躍した。
 風景が急速に変化する。レナを抱えた不死者が一瞬で樹上に跳び上がったのだ。
「くそっ――」
 カイが追いすがれる距離ではない。
「う、ああああぁあああっ……!」
 レナが、ようやく悲鳴を上げた時には――
 不死者は、すでに樹上から樹上へと、高速で跳躍を繰り返していた。


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