×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。



地獄蝶々



CHAPTER.05

『悲痛ナル再会』







 彼は、与えられた自室で己の得物を確かめていた。
 槍と、斧と、金槌を合わせたような、特殊きわまりない武器だ。
 最初、鍛冶屋に製作を依頼した時は鼻で笑われた。そんな武器が役に立つものかと。有無を言わせぬだけの金を用意して、初めてまともに相手をしてもらえた。
 確かに、普通の武器の在りようからすれば、この武器の構造はいびつに過ぎる。
 だが、彼は、この得物をずっと使ってきた。
 身に馴染むまで振り回し、その釣り合いを身体に叩き込んできた。そして、他の誰にも負けない戦果を挙げてきたのだ。
 その結果が、今日、問われることになる。
 ぶるっ、と全身に震えが走った。
 怯えなのか――歓びなのか――それすら彼にはわからない。あるいは、両方であったかもしれない。
 ずっと待ち望んできた対決の日――そのはずが、いざやってくるとなると妙な胸苦しさがある。勝つにせよ負けるにせよ、これまで培ってきた自分のなかの何かが終わる――そうわかっていたからだった。
 不意に、ノックの音がした。
 次いで、呼び声が響く。
「カイ殿、そろそろお時間です」
「わかった」
 青年――カイは、鋭い声音で答えた。鍛え上げすぎて、声すらも刃のごとく化していた。
(すべては、今日のためだった……)
 過去を想起し、己を奮い立たせるために一度瞑目してから。
 カイは、得物を手に取った。



 クロアゲハたちは、とある領国の城に招かれていた。
 広間には、数十人の人々が集まっている。
 いずれもきらびやかな宝石や鮮やかな衣裳を身にまとっており、広間中に並べられた豪勢な料理に舌鼓を打ちながら歓談に興じている。
 その片隅に、クロアゲハたちは陣取っていた。
「呑気なものよねぇ」
 口にしたのは、パウラである。
 長い髪を結い、よそ行きのドレスを身にまとった彼女は、すでに齢二十五に達している。
 その相貌には少女時代のあけっぴろげなあどけなさを残していたが、広間を見渡す瞳には一片の油断もない。十年近い歳月は、パーティが行われていようと、自身こそ主役であろうと、いつ敵が現れても冷静に対処できるよう彼女の心身を鍛え上げていた。
 そう――十年だ。
 クロアゲハとパウラが出会ってから、それほどの年月が経過していた。
「安心しているのだろう」
 応えたのは、彼女の後ろに控えるアドルフだった。
「この国は、長いこと平和を保ってきた。不死者のような異形の怪物への耐性は驚くほど低い。その不安が、我々の到来によって解消されているのだろう」
 真紅の布地に金の意匠をあしらった、近衛の正装だ。鎧こそ身に着けていないが、腰には愛用の片手半剣を佩いている。たとえ突然不死者と渡り合うことになったとしても、何の弊害もない出で立ちだ――彼は、攻撃を見切り、かわしてから反撃を見舞う戦法を得意としている。鎧は必須のものではない。
 この十年で、彼の剣の技量はさらに冴え渡っている。その手で打倒した不死者の数も、百を超えるほどだ。
 恋人は、四年前に亡くしている。在るべき生を全うせんとして、不死に頼らず、最後まで死に抗い続けた彼女の戦いは静かに幕を閉じた――それを見守るアドルフの戦いもまた。
 パウラ率いる《不死狩り隊》の長という立場がなければ、何をする気もなくなっていたかもしれない。
 マチルダ亡き後、彼は、ひたすら不死者との戦いに打ち込んできた。そうすることで、喪失感を乗り越えてきたのだった。
「で、どう? クロアゲハ。不死者の気配はする?」
 パウラに話を振られたクロアゲハは、全身をフード付きの長衣で覆っている。
 彼女の身分は、《不死狩り隊》の外部顧問という形になっている。クロアゲハ流十七代目師範――という、パウラがつけた謎の肩書き付きだ。
 クロアゲハ流の師範免許は、代々少女の年齢で受け継がれ、師は素性を隠して旅立つのだという。クロアゲハの外見が変わらないことを隠すための措置だが、あまりに無理矢理な設定なので、クロアゲハは当初、頭を抱えたものだった。
「この近辺に、不死者の気配はありません」
「なら、よかったわ。このパーティの間は、ゆっくりと楽しめそうね」
 パウラはそう言ったが、言葉とは裏腹に、瞳に宿した警戒の色を解く気配がない。いついかなる時であれ、油断することのない女傑――それが、今の彼女だった。
 正式に領王となったパウラは、新たな《不死狩り隊》を組織した。
 剣士アドルフを筆頭に据えクロアゲハを外部顧問として招いたその組織は、名前の通り、不死者を見つけ出し、討伐することに特化したものだ。
 パウラが不死者に関する大陸中の情報をかき集め、その報を受けて《不死狩り隊》が現場へ急行する算段だ。クロアゲハが大陸をさまよい、気配を頼りに不死者を見つけ出すよりも、はるかに効率的に不死者に遭遇することができた。
 当初――当然、異国からの軍隊の派遣を他国は認めなかった。
 だが、不死者の被害が実際にあらわれ、自国の軍ではそれを撃退するノウハウがないことがわかると、掌を返したように協力的な態度を取った。今では、この国のように歓待を受けることも珍しくはない。
「よろしいですかな」
 不意の声に、三人は目線をそちらへ向けた。
 恰幅のいい男性が、たおやかな美女を伴って近づいて来ていた。この国の領王と領妃だ。長年戦争を経験していない国の長だけあって、のんびりとした雰囲気を醸し出している。満面に喜色を浮かべているのも、演技ではなく本心からと見えた。
「いや、今回はよく来てくださいました。我々の戦力では、不死者には太刀打ちできませんからな」
「こちらこそ、お招きいただき光栄ですわ。この国の豊かさと平和さには、本当に感服いたします」
「それだけが取り柄のようなものでしてね」
 王は、にこにこと笑った。
「そのせいで、不死者を倒せるような戦士など育ちようもないというのが悩みの種です。並みの兵士では、相手にもならぬのでしょう?」
「そうですね――」
 パウラは、ちらりとアドルフに目くばせした。
「不死者の特徴は、その不死性と異形性です」すらすらと、アドルフが語り出す。「そのため、初見の兵では有効な戦術を見出せず、無為に倒されるに終わります。我々が不死者を葬ることができるのは、彼らが持つ弱点をあぶり出す戦術を備え、異形の攻撃に対応する訓練を積んできたからです」
「さすがは隊長殿。頼もしい限りです。そして――」
 領王の視線が、クロアゲハに向く。
「その方が、名にし負うクロアゲハ流剣術の使い手でいらっしゃいますか」
「ええ、まあ……」
 若干困惑げに、クロアゲハは答えた。
 アドルフと違って、こちらは十年経っても未だにこうしたやり取りに慣れることがない。もともと領姫であった彼女だが、病弱であったがゆえ社交技術をほとんど学んでいないのだ。 クロアゲハ流剣術の詳細を訊かれると答えようもない、というのも、困惑する理由のひとつではあるが。
 領王は、そんな彼女の様子を不審がるでもなく、嬉々とうなずいてみせた。
「いやはや、こんなかわいらしいお嬢さんが一騎当千の手練れとは、とても思えませんな」
「彼女は、代々不死者を葬り続けてきた一子相伝の流派を修めています」パウラが答える。自分で考えた設定だけあって、説明に澱みがない。「対不死者戦闘術の冴えは、こちらのアドルフにも劣りませんわ」
「素晴らしい。まったくもって、安心できるというものです」
 領王は、低姿勢で称賛した。何も言えず、クロアゲハが困り顔でうつむく。
「ところで――実は、あなたがたに紹介いたしたいお方がいらっしゃいましてな」
 急な話題転換に、三人は怪訝げに眉をひそめた。
「紹介――ですか」
「はい。我が国から、不死者に対抗しうる戦士は輩出できませなんだが――代わりに、不死者に対抗しうる戦士を探し出し、雇いましてな。同じ志を持つ方同士、ぜひお引き合わせしたいと思っていたところなのです」
「なるほど……」
 パウラは、素直にうなずいた。
 各国が、《不死狩り隊》の到来を待つのみでなく、自国でも対不死者用の戦技隊を組織しようと考えるのは自然なことだ。実際、その試みを行ってきた国を、パウラはいくつも見てきている。そのほとんどは、的外れな理論で戦術を構築し、実際に不死者に会えば吹き散らされるしかないものだったのだが。
 領王が侍従を呼びつけ何事かささやくと、侍従は速やかに広間から退出して行った。
「彼が来次第、また参ります」
 穏やかに告げ、領王と領妃は、手近な貴族の輪に溶け込んでいく。
 それを見送ってから、パウラは傍らのクロアゲハに声をかけた。
「……どう思う?」
「実際、会ってみないとなんとも……」
 クロアゲハとしては、そう答えるしかない。
「まあ、世の中、不死者と渡り合える傭兵もいるということだろう」
 アドルフが冷静に告げる。
「事実、俺自身、不死者と出会い、倒した実績を買われたわけだしな。ある程度以上の技量と運があれば、不死者と戦い、その弱点を見出すこともできなくはない」
「本当に不死者と戦える戦士なら、ぜひ、スカウトしたいとこだけどなぁ」
「難しいだろうな。近年、不死者被害は減ってきているが、それでも、いつ発生するかわからない不気味な障害という印象は変わっていない。他国としては、安心材料として不死者を倒せる戦士を囲っておきたいところだろう。事実、うちの隊にも各所から秘密裏に登用の話が持ち上がっている」
「……何それ。聞いてないわよ。だいじょうぶ?」
「安心しろ。うちの隊に、自分ひとりで不死者と戦おうなんて奴はいない。俺たちが不死者を葬ることができるのは、集団戦術を磨いてきたからだからな」
 アドルフは肩をすくめた。
 その時、侍従がひとりの青年を連れて戻ってきた。「おお!」歓喜の声を上げ、領王がこちらに戻ってくる。
「ご紹介しましょう。こちら、対不死者の専門家――カイ殿です」
 その名前に、クロアゲハが愕然と凍った。
「カ……イ……?」
 視線の先に佇む青年は、どこか不機嫌そうな表情で彼女を見つめ返している。
 少年の頃の面差しを、鋭く研ぎ澄ましたような風情だった。荒削りの刃が、揺るぎなき鋼の剣として鍛え上げられたような。
 不死者の存在に怯え惑う少年の姿は、もはやそこにはなかった。
「久しぶりだな――クロアゲハ」
 牙を剥くようにして告げる――その手が、すっと矛槍を構えた。
「さあ――殺してやる」


NexT
地獄蝶々≠sOPへ

≪ご意見・ご感想はこちらへどうぞ!≫