地獄蝶々



CHAPTER.05

『悲痛ナル再会』







 撃音が響いた。
 クロアゲハめがけて放たれた矛槍の一閃を、アドルフが抜剣して迎え撃ったのだ。
 たちまち弾ける火花に、周囲の貴族たちが何事かとこちらを振り返る。
「ちょっ……」
 さすがに、パウラは血相を変えた。
「何よいきなり!? どういうつもり!?」
「そいつを殺す」
 カイは、薄く目を細めながら武器を構え直した。
「俺は、すべての不死者を狩る者だ――そいつだって、例外じゃない」
 その言葉に、パウラとアドルフが驚きをあらわにする。クロアゲハが不死者であることは最大の秘密であり、国でも彼女らふたりとカールしか知らないはずであった。
「なんと。噂の不死狩り乙女は、自身が不死者でありましたか」
 領王が楽しげに笑った。
「ならば、殺すしかありませんなあ」
 その言葉に従うように、再びカイが仕掛けてくる。
 武器の重量を活かした、横薙ぎの一撃だ。アドルフの剣では、受け止めきれずへし折れてしまうかもしれない――
 それでもアドルフは、行った。
 上から叩きつけるようにして剣を振るい、カイの得物を迎撃する。がぁんっ! 再び激しい火花が散った。撃ち落とされたカイの武器が床を叩く。アドルフの剣を受けて、衝撃に得物を取り落とさないだけでもたいしたものだった。すぐに、カイは得物を引き戻す――暗い視線がアドルフに向く。
「あんた……不死者か? そうでないなら、邪魔しないでくれ」
「あらぬ噂を立てられては困る」アドルフは、剣を両手持ちに構えた。「彼女は不死者ではない。不死者を葬るための、我らの協力者だ」
「ハ」
 青年は、鼻で笑った。
「隠したって意味ないぜ。俺は、そいつから聞いたんだ――すべての不死者は、そいつが原因で生まれたんだってな!」
 アドルフの表情が、さすがに強張る。クロアゲハが不死であるというだけでなく、彼女の素性についても知っている――ごまかしようのない相手だった。
「クロアゲハ――」
 パウラが、傍らの少女に視線をやり、
 唖然となった。
 クロアゲハは、暗い後悔を宿した面持ちでうつむいてしまっていたのだ。
 何事かは不明だが、このカイという青年と彼女との間には、何らかの因縁があるのだ。おそらくは――歓迎すべからざる因縁が。
 ちっ、とパウラは舌打ちした。周囲を見回す――突然の凶行にも関わらず、観客たちが怯える様子はない。むしろ、新たな芸が始まった、とでも言わんばかりに、興味津々こちらを見つめている。
(こいつら、全員グル……か……!)
 クロアゲハを糾弾し殺害するために、この国自体を罠として彼女ら三人を迎え入れたのだと、パウラは考えた。
 似たような事例は、なかったわけではない。パウラたちを捕えて不死者の秘密を聞き出そうとした国や、歓迎すると見せかけておいて軟禁しようとした国もあった。そのいずれもを、アドルフとクロアゲハの卓越した武の技量で切り抜けてきたのだが――彼女らに匹敵するほどの武人が敵方にいるというのは、初めてのケースだった。
(でも、それが目的にしちゃあ杜撰って言うか……違和感がある。なんだろう――まだ、別に目的があるような――)
 思わず考えに没頭したパウラの意識は、甲高い金属の悲鳴によって現実に戻された。
 高々と、細長いものが回転して宙を舞う。アドルフの剣の刀身だった。カイの矛槍に捉えられ、半ばからへし折られたのだ。
 いかんせん、重量が違い過ぎた。その程度の不利など、いつものアドルフなら簡単に覆してしまうはずだったが――それができなかったということは、やはり、このカイという青年、とんでもない技量の持ち主なのだ。
「もう、弱いままの俺じゃない」
 カイは、アドルフなど眼中にないといった様子で矛槍の先端をクロアゲハに向けた。
「さあ――剣を抜け。嫌なら、このまま嬲り殺しにしてやる。おまえのどこかにある弱点を、探し出しながらな……!」
「カイ――」
 クロアゲハが顔を上げ、切なる声で訴えた。
「私は……まだ、死ぬわけにはいきません。すべての不死者を正しく葬るまでは――己の務めを果たすまでは! その後なら……この身など、いくらでも捧げます……!」
「今すぐだ」
 青年が、獰猛に唸った。
「おまえの務めは、俺が引き継いでやる。だから、おまえは今すぐ消えろ――殺されろ!そうすれば、俺は完全になれる!」
 カイが、まっすぐな刺突を放ってくる。
 対してクロアゲハは、ついにその剣を抜いた。
 魔剣《擬するもの》が、矛槍を下から跳ね上げる。次の瞬間には、そのまま矛槍が横薙ぎの攻撃に変化するのを、《擬するもの》が真っ向から受け止めていた。鍔迫り合いの姿勢になる――互いの相貌が、噛みつき合える距離まで縮む。もし、クロアゲハの弱点が首筋にあったなら、カイは実際にそうしたかもしれない。
「ずっとおまえを追ってきた」矛槍を押し込みながら、カイがつぶやく。「すべての不死者を狩るために、おまえの背中を追ってきた。そうして出来上がったのが、今の俺だ――《不死狩り》のカイだ……!」
「やめて――ください……!」相手の膂力に負けそうになりながら、クロアゲハは必死の声を放つ。「あなたが修羅の道を行くことはない……! 私が背負いますから……どうか……!」
「ハ!」
 強く笑って、カイが前蹴りを繰り出した。みぞおちを蹴り上げられ、クロアゲハの小柄な身体が吹き飛んでテーブルに激突し、その上の料理を盛大にぶちまける。周囲の人々が、「おっと」と慌てて輪を広げる。
 テーブルの上で咳き込むクロアゲハに、カイの猛追が来た。頭部を断ち割らんとする斧の一撃を、クロアゲハはテーブル上を転がってかわす。それを追って突き込まれる槍の穂先は、テーブルクロスを巻き上げて目くらましと為し、狙いを外させた。直後、今度はカイが得物を引き戻しざま、金槌で狙ってくる――クロアゲハは、《擬するもの》を大楯に変えて、これを受け止めた。だが、衝撃を殺しきれず、テーブルの上からさえ吹き飛ばされて無様に床を転がることになる。
「勝手に背負うな」
 湧き立つような憤怒の声が、青年の喉から上がっていた。
「不死者を狩り尽くす――今の俺は、そのために生きている。おまえだって例外じゃない。いや……おまえを殺して初めて、俺は前に進めるんだ」
「カイ――」
「おまえを消して、過去を振りきる――俺は俺として生きる!」
 わめくように叫びながら、カイが矛槍で薙ぎ払ってくる。かわし、《擬するもの》を突剣に変えて突き返すクロアゲハ。カイは上体を逸らしつつ刀身の横腹を拳で殴りつけて、強引に回避した。そのまま、矛槍を逆袈裟に斬り上げる――クロアゲハが後退して逃れ、《擬するもの》を弓矢に変えて放った。カイの矛槍が、無造作に矢を撃ち払う。
「なかなかやるものですな」
 感心したように言う領王を、パウラはキッと睨みつけた。
「……何が目的でいらっしゃるのかしら?」
「とりあえずは、彼らの戦闘性能を把握したい、というところですな」飄々と、王は答える。「不死者を殺すほどの腕前というのが実際どれほどのものか、確認しておきたかったのですが……、いやはや、想像以上ですな」
「でしたら、もう止めにしていただけませんこと?」
「残念ながら、カイ殿が私の言うことを聞いてくださるとは思えませんな」
 言って、にやにやと笑みを浮かべた――その首筋に、きらめく刃が突きつけられる。
 パウラが、スカートに仕込んでいた短刀を抜き放ちざま領王の首に押し当てたのだ。
「止めていただけませんかしら?」
 さもなくば、このまま刺し殺す――本気の殺意を込めて、パウラは問うた。
 だが――領王に動揺するそぶりはなく、それどころか周囲の人間たちですらまったく動じる様子がない。
 その違和感に気がついた時には、アドルフに身体を引き寄せられていた。
「アドルフっ!」
「あんたじゃ無理だ」
 折れた剣をかざし、ひょいとパウラを左肩に担ぎ上げる。厳めしい面差しに、珍しく焦慮が浮かんでいた。
「こいつらは――」
 その言葉の続きは、口にするまでもなかった。
 ぞばり、という音が響いたのだ。
 それは、大勢の着衣の弾けて裂ける音だった。
 領王以下、その場にいたこの国の重鎮から従者に至るまで、全員が全員、瞬時にして着衣を破り、異形に変身していた。
 さすがに、パウラの口から驚愕の叫びがこぼれた。
「全員……不死者ぁっ!?」
「クロアゲハは、気配を感じ取ってはいなかったはずだが――」
 周囲を睥睨し、機をうかがうアドルフ。
 巨大な吸盤を全身に生やした領王が、ぐつぐつと、煮えるような笑い声を上げた。
「秘術も、日々進化しているということですよ。気配を悟られぬよう不死者と一体化することができるようになったのは、つい最近ですがね」
「まさか――」
 パウラが、きりりと眉根を釣り上げた。
「あんたが、不死者で実験やってた黒幕だってえの!?」
「それは違います。我々は、単なる協力者に過ぎませんよ。永遠の命と引き換えに、そのお方に実験の場を提供しているだけです」
 領王が腕を広げる――肉の腐ったような悪臭が、むわっと立ち昇った。
「ただ――不死者の数が、年々減少しておりましてな。あなたがたが、非常に効率的に不死者を発見し、排除されているせいです。今までは見逃してまいりましたが、さすがにそろそろ邪魔になってきた――というわけでしてな」
 先ほど覚えた違和感の正体に、ようやくパウラは突き当たっていた。
 このパーティそのものが、罠であることは間違いなかった。だがそれは、クロアゲハを殺すためのものではなかった――この国は、彼女ごと、パウラとアドルフまでもを殺すための、巨大な檻だったのだ。
 無論、パウラたちの消息が絶たれれば自国が動く。事によれば、この国との戦争にさえ突入しかねない。普通に考えれば一大事だが、なにせ国の重鎮全員が不死の身だ。危機感など抱きようがないのかもしれない。
(なんてこと……!)
 アドルフの肩の上で、パウラは歯噛みした。


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