地獄蝶々



CHAPTER.05

『悲痛ナル再会』







「なに……?」
 周囲すべての人間が不死者であったという事態には、さすがにカイも動揺を見せた。
(俺も、罠にかけられたってことか)
 不死の身と化した者にとって、不死者を殺せるノウハウの持ち主は危険な存在だ。領王は、カイたちの技能を実際に確かめた上で、やはり看過できぬと悟り強硬手段に出たのだろう。ふざけた話だ。
 訴えるように、クロアゲハが視線を送ってくる。
「カイ、今は――」
「わかってる」
 カイは、忌々しげに舌打ちした。
「おまえは後だ――まずはこいつらをやる」
 言って、少女に背を向ける。相手もそうするのがわかって、きゅっと心臓が委縮するような心地がした。
(くそっ――)
 気がつかれないよう、カイは密やかに歯噛みした。
(ようやくあいつを見つけた。あいつを殺せるだけの俺になったんだ。だってのに――)
 実際にクロアゲハと相対し、剣を交えながら感じたのは、復讐を遂げられる歓びでも、燃え上がる憎しみでもなく――
「ぐぅぅうぅううるあああぁああッ!」
 不死者の群れが、殺戮の意志を以って殺到してくる。
 内心の苛立ちをぶつけるように、カイは彼らを迎え撃った。
 いびつな狼と化した頭部と両手で挑みかかってくる不死者の足を、矛槍で払う。体勢が崩れたところに一撃をくれ、すぐに離脱――鋼鉄の上半身を持つ不死者の攻撃をかわしざま、そいつの頭部を金鎚で打撃。そのまま旋回し、狼の口内を槍で串刺しにしてから、その身体ごと矛槍をぶん回した。遠心力に引きずられた不死者の身体が、周囲の不死者に激突する。狼の身体は急所をやられたらしく、ぐずぐずに溶けて紫の液体となった。
 一方、クロアゲハは、《擬するもの》を戦斧に変え、不用意に接近してきた不死者の頭部を斬り飛ばしていた。さらに、《擬するもの》の形状が変化――先端の尖った金槌となり、ぶぅんッと風を唸らせる。その一撃は、別の不死者の頭部をあっさりと半壊させ、周囲に脳の破片を撒き散らした。
 一転、不死者たちは戸惑うように歩みを止め、じりじりと後退し始めた。
「異形の不死者が総出でかかれば、《不死狩り》なんざどうとでもなる――とでも思っていたか?」
 カイは、領王に侮蔑の視線を向けた。
「知性と理性を持ったままの不死者なんてのは、初めて見たが……取るに足らないな。死を恐れず向かってくる不死者の方が、よっぽど難儀な相手だ」
「そのようですな」
 領王が、ぐつぐつと答え、腕を振る。
 すると、待ってましたとばかりに、銀色の矢が宙を抜けた。
「!」
 奇襲に、カイとクロアゲハは即座に反応した――各々の得物を振り上げ、相手を迎撃したのだ。
 撃ち返された矢は、獰猛な唸りを上げながら床に着地した。
 矢の正体は、獅子の頭部に、烏の嘴、豹の胴体と大鷲の翼を兼ね備えた、銀色の怪物だった。そいつが、恐るべき瞬発力で跳びかかって来ていたのだ。しかも、強烈な打撃に撃ち返されてなお、その身体には傷ひとつついていない。
「不死者と人間を融合する実験の存在については、パウラ殿はご存じでしたな」
 得意げに、領王が笑う。
「こやつは、人と融合した不死者を、さらに何重にも融合させて出来た代物でしてな。あまりの苦痛に精神は破壊され、自我など失い果てて、ただ野獣の本能のみを持っております。ついでに言えば、どこが急所なのやら、我々にもわからぬほどでしてな」
「なんてこと考えるのよ! この下衆!」
 アドルフの肩の上からじたばたと抗議するパウラに、領王は両腕を広げ、悪臭で応えた。
「下衆で結構。しょせん、我らは永遠の命を求める俗物ですからな――さあ」
 領王が腕を振るうと、複合不死獣が、『がはぁああああぁあああ……』と、焼けつくような吐息を放った。
 そして、再びその身が銀の矢と化す。
 クロアゲハとカイは、これを左右に別れて避けた。目標を見失った爪牙が、むなしく宙を斬り裂く――そこへ、カイの矛槍とクロアゲハの剣が同時に繰り出される。確かな狙いを以って放たれた攻撃は、今度こそ不死獣の肉体を裂き、血飛沫の華を咲かせた。
 だが、それだけだった。
 ぎゅんッ、と不死獣が身を回転させると、カイは胸元を脚で強打されて吹き飛び、クロアゲハは腹部を爪でかっさばかれて、臓物をこぼした。「くっ……!」苦鳴を上げつつ、両者が後退する。
 獣は、どちらを追うか一瞬迷ってから、カイに狙いを定めた。
「くそっ――」
 跳びかかってくる巨体を辛うじてかわすものの、反撃できるほどの余裕はなかった。獣は身体を旋回させ、大口を開けて噛みついてくる。そこを狙い、カイは矛槍を突き出した。
 槍の穂先が、口内を突き抜け――がきんッ、と、閉じた顎にへし折られる。
「何ッ!?」
 獣が、口内に矛槍の先端を残したまま、再びカイに噛みつきを仕掛ける――
「カイ!」
 横合いから、クロアゲハが金鎚を振るった。
 強烈な衝撃が、獣の側頭部を叩き、噛みつきの軌道を逸らす。「かあッ!」さらに少女は、ぐるりと回転し、獣の横腹を殴りつけた。強烈な一撃に、たまらず獣が横転する。
「なんで俺を助ける……!」カイは、牙を剥いて唸った。「そんなことをしても無駄だ――俺は、おまえも殺す!」
「わかっています」
「な――」
 予想だにしない答えに、カイはあっけに取られた。
 がくり、と少女が片膝を突く。息が荒い。はみ出した邪魔な内臓のほとんどを引きちぎった状態で、今の挙動を為したのだ。想像を絶するほどの苦痛が彼女を襲っていることは、想像に難くない。
 それでも、少女は凛然として声を上げた。
「今は、逃げてください――パウラと組めば、不死者を葬るのに困ることはありません。アドルフと協力すれば、強敵も攻略できます」
 言いながら、《擬するもの》を長剣に変え、カイの方へと放り投げてきた。目の前に転がってきた魔剣に、カイは目を見張る。
「おまえ――」
「ここは私が食い止めます」
 徒手空拳で、少女は立ち上がった。
 すでに腹部の傷は癒えている。失血から来る疲労感までは拭えていないらしく、足取りがふらついているが――その背中は、揺るぎない決意に満ちていた。
「私がまだ生きていたら、あなたの相手をします。だから――今は――行って!」
 吼えるような声を上げ、クロアゲハは、不死獣へと吶喊した。
 それは、自らの身を捧げるも同然の行為だった。
 獣が振り返り、近寄ってきた少女を上から殴りつける。床に叩き伏せられたクロアゲハの背中を踏み、首を伸ばす――その牙が、少女の柔らかな肉体に突き刺さり、ぐしゃりと骨ごと噛み砕いた。
「あぁああああぁあああ――――ッ……!」
 悲痛なまでの絶叫が、少女の口からこぼれた。
 生きながらにして喰われるという、想像を絶する苦痛がもたらす悲鳴だった。
(……馬鹿な)
 カイは、茫然とそのさまを見つめるしかない。
(何を……考えてるんだ……あいつは!?)
 カイとパウラたちを逃がすため、武器を捨て、自らを獣に差し出した――あえて喰われに行くことで、時間稼ぎをするつもりなのだ。己が不死であることと、相手に知性がないことを利用した戦術である。
(いや……こんなもの……戦術などと呼べるものか……!?)
 どれほどの覚悟があれば、そんな選択をすることができるだろう。
 不死であるとはいえ、痛みがないわけではないのだ。むしろ、死ねない分、肉体を貪られる苦痛が、永遠のように続くしかない。
 まともな人間にできる覚悟ではない。
 脳裏に、無惨に殺された少女の姿がよみがえった。
 ゾフィーとレナ。クロアゲハのせいで命を落とした少女たち。
 あれを超える惨劇などないと思っていた。
 だが――今、目の前で起ころうとしている惨状は、あれと比してすら、なお凄惨であった。
(俺は……)
 あの夜から逃れるように、ただひたすらに研鑽を積んできた。
 死線を潜り、死闘を生き抜き、何度も何度も深手を負いながら、ようやく不死者を倒せる技量と肉体を手に入れた。すべては、逃避のためだった――失われた命への贖いだった。すべての不死者を狩り尽くし、元凶たるクロアゲハを殺すことでしか、贖罪は果たせないと思っていた。そう考えなければ生きられなかった。自分のせいだ・・・・・・という思いから、ただ逃れたくて、必死になっていた。
 そのすべてが、一挙に瓦解するようだった。
 自分が、とてつもなく卑小な存在だと思い知らされたようだった。
 血とともに歩んできた十年の歳月――それですら到達しえない覚悟と決意を目の当たりにして、青年の心は、ただ打ちのめされていた。
 それでも、戦い続けた歳月は、彼に惚け続けることを許さなかった。心のどこかで、冷静に状況を分析する自分がいた。
(逃げるしかない)
 それが結論だった。
(《擬するもの》を手に取り――彼女を見捨て――逃げるしかない)
 どこかで何かが抵抗した。本当にそれでいいのかと、心に問うた。
(そうするしか……ない……!)
 心は、そう答えた。なぜだかわからない痛みを、胸の奥に抱えたままで。
「……畜生ッ!」
 怒鳴りながら、青年は、魔剣を手に取った。
 何に対して怒っているのか、自分でもよくわからなかった。自分で自分が理解できない感覚――それから逃れるには、今はただ生き延びるために動くしかなかった。
 駆け出す――城門の方向へと。同時に、アドルフも動いていた。「クロアゲハ!」悲痛な声を上げるパウラを抱えたまま、カイの後に次いで走り出す。
 クロアゲハの凄絶な覚悟に茫然となっていたのは、カイだけではなかった。その場の意志ある者たちすべてが同じ状態だった。獣だけが、うれしそうに少女に喰らいついていた。
 惚けていた領王が、駆け出したカイたちに気づき、ハッとして声を上げた。
「と、止めろ! そいつらを、止めろっ!」
 煮立つような叫びに、入り口付近にいた不死者たちが、びくりとなった。片方の不死者が、慌ててカイたちに跳びかかろうとする。
 それを抑え込んだのは、もう片方の不死者だった。
「行けッ!」
 仲間を抑え込みながら、その不死者は怒鳴った。全身が粘つく液体で覆われ、辛うじて人型であることが分かるような、異形の肉体で。
「早く行けッ!」
 なぜ、と問うている時間はない。カイとアドルフは、全速力で駆け抜けた。城門を潜り、夜の世界へ身体を踊らせる。
 冷えきった夜陰に飛び込みながら――胸の奥が、焼けつくように熱くてたまらなかった。



 不死獣に喰われながら、クロアゲハは見ていた。
 カイたちが逃げるのを――彼らを逃がした不死者が、領王に糾弾されるのを。
「貴様――どういうことだ!」
「この機会を待っていたのだ――不死者を殺せる者たちが、すべてを終わらせに来る時を! そのために、この身を異形に変えることさえ受け入れた……!」
 叫び、不死者は、抑え込んでいた相手の背中を剣で貫いた。絶叫が上がる――肉体がしぼんで液状化していく。
 粘液をまとった不死者は立ち上がり、領王へと剣を向けた。
「こんな姿で語る理屈が、正しいはずがない! まやかしの不死に踊らされ、自国を差し出すなど……王のすることではない!」
「おのれ――奴を殺せ!」
 怒号に従い、異形の者たちが躍りかかった。
 粘液の不死者は凄烈な気勢を上げ放ち、かつての仲間を迎え撃った。腹部を爪で裂かれながらも、カウンターで喉元を突き貫く。かと思うと、他の不死者に急接近し、そいつがぎくりと身を引いたところで急激に方向転換して、別の一体を斬り捨てる。
 集団との戦いに慣れた動きだった。しかも、多少の傷を受けることを覚悟した戦い方だ。ろくに戦闘経験のない不死者では、ほとんど相手にもならない。
「なっ……なぜ、こうなる!?」
「陛下! 奴はディルト――騎士隊長です! 並みの腕前ではありません!」
「だから何だと言うのだ!? 殺せっ! 早く、早く殺せぇっ!」
 全身を引き裂かれながら、ディルトは荒れ狂った。さらに一体の頭をかち割り、別の一体の首を刎ね飛ばす。クロアゲハたちの戦い方を見ていて、不死者への有効打を学んだのだろう。ただ、もともとの技量はクロアゲハたちに及んでいない。本来なら、すでに何度も死んでいるはずだ――肉体の不死性を活かした、鬼神のごとき戦い方だった。
「やがて彼らが戻ってくる――」
 ディルトは、苦痛に喘ぎながらも、決意に満ちた叫びを放った。
「我々を終わらせに来る! その方がよいのだ――あんな男の手先になって、国を差し出してしまうよりは!」
「あんな男で悪かったな」
 冗談めかした声が響いて、ディルトの身体が震えた。
 その腹部から、剣の刃が生えていた。背後から突き刺されたのだ――剣は、紫色に発光していた。その光は、まるで傷口を蝕むようにして、徐々に広がっていた。
「貴様――」
 ディルトが振り返ろうとする背後に、宝石つきの長衣をまとった壮年の男の姿があった。
「これはっ……!」
「滅殺死術という」口髭を動かして、男は紳士的に答えた。そうすることが、せめてもの手向けとでも言うように。「不死者ですら、たやすく死に至らしめる死術だ――君たちのような輩を使おうというのだ、これくらいの備えはしている」
「おお――エィリアス殿!」
 領王が、蒼白となっていた顔面に喜色を浮かべた。
「さらばだ」
 エィリアスが、ディルトの耳元でささやく――
 次の瞬間、ディルトの全身が、紫色の炎と化して弾けた。
 本当にあっけなく――跡形も残さず砕け散ってしまったのだ。
 血振るいをするように剣を一振りし、エィリアスは、ふむ、と唸った。
「邪魔者を一挙に葬るつもりが――失敗してしまったようだな」
「は……」頭を垂れ、領王がうめいた。「申し訳ございません……」
「良い――少なくとも、最大の敵を潰すことはできる」
 ばぎんッ、という硬い音が、彼らの注目を集めた。
 喰われるがままになっていたクロアゲハが、不死獣の上顎を蹴り上げ顎骨を外したのだ。
「あなたは……!」
 双眸に瞋恚の炎を宿し、少女は立ち上がった。半分がた、腹部を食い散らかされた状態だ――脈に合わせて、どくどくと、止まることなく血潮があふれ出している。
 それでもなお、彼女は立った。
 ふ、と、エィリアスが小さく笑う。
「久しぶりだな、マルグリット姫。こうして顔を合わせるのは、数十年ぶりということになるのかな」
「エィリアス――やはり、あなたでしたか。不死者を合体させていたのも……人間と融合させていたのも!」
「ああ――いずれも俺の研究成果だ。もっとも、意図した結果は得られなかったがね」
 顎骨を外され、苦痛にのたうち回っている不死獣をちらりと見やり、エィリアスは、いっそ優しげとさえ思える声で告げる。
「勝てぬと見るや、苦痛を与えて行動不能に追い込むか。病魔に喘ぐしかなかったあの姫が、たくましくなったものだな」
 もはや、クロアゲハは応じなかった。
 身体の傷が癒えるのも待たず、床を蹴り、エィリアス目がけて果敢に疾駆する。
「かッ!」
 突き出す貫手が、右目を抉る。凄まじい激痛が、相手を蝕む――はずだった。が。
 クロアゲハの胸が、紫色に輝く刀身に貫かれた。
「っ――」
「君の父上に不死の秘術を教えたのは俺だ」目を抉られた状態で、エィリアスは飄々と答えた。「当然、自分自身にも、同じ秘術を施している。ついでに言えば、痛覚は完全に制御しているよ」
「同じ秘術などと……!」身体に広がる傷を見ながら、クロアゲハはうめいた。「あなたは……わざと、誤った秘術を教えたのでしょう! 大量の不死者を造るために!」
 その叫びに、エィリアスは、まぎれもない感嘆の色を、藍色の瞳に浮かべて見せた。
「よくぞ気づいた――その通りだよ。我が研究の糧とするために、途方もない数の不死者が必要だったのでね。君の国を、利用させてもらった」
 悪びれるところのない答えに、クロアゲハが唸る。
「あなた――あなたはっ……!」
「さらばだ、マルグリット姫」
 エィリアスが、優雅に剣を引き抜いた。
 ずるり、と引きずられるようにして、クロアゲハが前のめりに倒れる――その傷口には、紫色の光が宿っている。
「不死の時間は終わりだ。君は死ぬ――逃れようもなく」
「エィ……リアス――」
 つぶやいて。
 クロアゲハの顔が、力なく床に沈んだ。


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