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地獄蝶々



CHAPTER.06

『地獄蝶々』







 クロアゲハが目を覚ますと、そこは石造りの地下室だった。
 わずかな風に揺らぐ灯火が、部屋全体を照らし出している。クロアゲハの身は中央にあり、両手を頭の上で縛られた状態で天井から縄で吊り下げられていた。
 目の前には、エィリアスの姿がある。何やらぶつぶつとつぶやきながら、床に紋様を描いている。
「エィリアス……」
 呼び声に、男がゆっくりと振り向いた。
「目覚めたかね――マルグリット姫」
「私は……どうして……? 死んだはずでは……」
 不死すら殺す滅殺死術の刃に貫かれ、息絶えたはずではなかったか。
 その問いに、エィリアスは薄い笑みを浮かべて見せた。
「俺もそうなると思っていたがね――予想外の事態が起こった。俺にとっては、望外の事態と言えるが」
 言うなり、歪んだ刃の長剣をクロアゲハの胸元にぐさりと突き刺した。
「ッ……、ぐ――」
 口元から血のしずくを滴らせつつも、苦鳴を殺すクロアゲハ。長剣は、まっすぐに心臓を貫いていた。さらにそのまま引き抜かれ、血飛沫を撒き散らす。
「心臓を貫かれてしばらくすると、人は死ぬ」
 無造作に血振るいをして、エィリアスは言った。まるきり観察者の態である。
「だが、不死者は死なない。心臓を貫かれようと、脳髄を断ち割られようとな。即座に再生することができる――君も同様だ。が」
 じゅうじゅうと音を立てて、クロアゲハの傷が癒えていく。
「君は違う。死なぬのではない。死んでなお、よみがえることができる」
「よみがえる……?」
「そう。不死能力ではない。蘇生能力だ。どれほど身体が損壊しようと再生すること自体は、どちらも同じ――だが、確実に命を奪う滅殺死術を受けてなお再生するのは、不死能力ではありえない。君は、滅殺死術を受けて死に、そこから蘇生したのだ」
 どこか熱を持った口調で、エィリアスは語る。
「それこそが、俺の求めていたものなのだよ――マルグリット姫。まさか、誤った秘術の末、君に発現していたとは。思いもしなかった」
 クロアゲハは、思考を巡らせた。
 不死者同士を合体させる秘術――不死者と人間を融合させる秘術。
 なんのために、そんな実験を繰り返していたのか疑問だったが、今こそそれが氷解していた。
「あなたは……不死ではなく、蘇生の秘術を構築するために、不死者を利用していたのですか」
「その通りだ」
 悪びれることなく、エィリアスは熱心にうなずいた。
「俺は妻子を亡くしていてね。ずっと、彼女らをよみがえらせるすべを探していた。その果てに辿り着いたのが不死の秘術だが、これだけでは意味がない。死者を蘇生させる秘術こそ、俺に必要なものだった」
「死術はおぞましきもの――」
 その体現であるクロアゲハは、歯噛みしながら口にする。
「いかに死者を蘇生させようと、あなたの思う通りの結果にはなりません。不死者が異形と化したように、怪物としてよみがえることになるかもしれない……知性も理性も、記憶もなくし、ただ人を貪り喰らうだけの怪物として……」
「そうだ。だからこそ、俺が必要としたのは、完璧な蘇生死術だったのだ」
 かつん、と、エィリアスの長剣が床を叩く。すると、描かれた紋様が、ぼうっと紫色に発光した。それは、クロアゲハを中心に広がっていた。
「不完全な蘇生秘術ならば、低級の死術師でも辿り着くことができる。俺に必要なのは、生前そのままの状態で、死者を蘇生させるすべなのだ。すなわち、今の君そのものなのだよ――マルグリット姫」
 そして、再びクロアゲハの身体を貫いた。
 今度は、胸の中心だった。長剣が突き抜け、再び少女に苦痛をもたらす。すると、紋様の光が傷口に流れ込むようにして、少女の体内に侵食していった。
「これから君を分解する」興奮を隠さぬ口調で、エィリアスは告げる。「君を生命あるものではなく、蘇生秘術そのものへと変換する。それで、我が目的は果たされる――」
「多くの者を犠牲にして……それでよみがえって……あなたの妻子が……苦しまぬとでも……!?」
「悲しむだろうな。だから、俺の罪は隠し通すしかない――俺の行いを知る者を、殺し尽くすことで」
 あっさりとした答えに、クロアゲハの背筋が凍る。
 クロアゲハを殺すだけでは、彼の所業は止まらないのだ。パウラを、アドルフを、カイをも殺し、この国の不死者すべてを消し去ることでしか、彼は望んだ幸せを得ることができないのだ。
「それほどの罪を――業を、重ねて……自分だけ……幸せになろうなどと……!」
「残念ながら、俺はそういう人間だ。他人がどうなろうと、俺と、俺の愛する者が幸せであればそれでいい。罪の意識に苛まれることなどない。そんな感情は、数百年の流浪のなかで、すっかり色あせてしまっている」
 ぐり、と、エィリアスが手首をひねる。連動して、長剣の刃がクロアゲハの傷口を抉り、少女の口から痛ましい悲鳴をこぼさせた。
「我が妻子は、別段、何か物語性のある死に方をしたわけではない。俺をかばって殺されたわけでもないし、俺を恨む者に殺されたわけでもない。ただ流行り病にかかり、そして死んでいった。それだけだ。それだけだが――それすら、俺には許容しがたいことだった」
 広がる傷口に、紫の光が喰らいついていく。そのさまを目を細めて見つめながら、エィリアスは肩をすくめる。
「旅を始めて最初の数年は、己の所業に悩みもした。だが――慣れた。人を殺すことに。罪を重ねることに。自分の目的のためだけに、他のすべてを犠牲にすることに。慣れてしまった。だから、君がどれほど切なる口調で訴えようと無駄だ。それで止まるような次元を、俺はとうに踏み越えている」
「あなたはっ……!」
「今の俺は、どこまでも冷静に、罪を重ねることができる」
 男は、乾いた笑みを浮かべてみせた。
「だから――姫よ。諦めるがよい。君がどのように抵抗したとて、もはや無意味なのだ。ならばせめて、静かにその生を終えるがよい」
 そして、再び肩をすくめた。
「俺の集中が散るからな」


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