地獄蝶々



CHAPTER.06

『地獄蝶々』







 アドルフとカイは、城門を守る門兵を一呼吸で斬り捨てた。
 不死者であったかもしれないしそうでなかったかもしれないが、確認している暇はなかった。ふたりは一刀で門兵たちの首を刎ね、すぐさま門を踏み越えると、大広間に乗り込んだ。
「地下にいるようだ」
 慌てた様子で集まってくる兵士たちを横目に、カイは告げた。アドルフが怪訝げな視線を送ってくる。
「わかるのか?」
「こいつがな」
 カイが掲げたのは、ねじくれた長剣――《擬するもの》だった。静かに脈動し、主の居場所をカイに伝えてきている。ひょっとすると、なんらかの意志があるのかもしれない。
「なるほど。では、おまえは地下への入り口を探し出せ。ここの連中は、俺が引き受ける」
「いいのか?」カイの口元に、冗談めかした笑みが浮かぶ。「俺はまた、あいつを殺しにかかるかもしれないぜ」
「それはないだろう。男が人前でああも恥ずかしく泣いたのだからな」
 しれっとしたアドルフの言葉に、青年の顔が不快げに歪んだ。
「……わかったよ。任せたぜ」
「ああ。任せておけ」
 わずかな会話を交わして、カイが疾駆する。目の前にいた兵士たちを一瞬で斬り屠り、剣に導かれるまま通路の奥へと姿を消していく。
 それを追おうとした兵士の喉元に、無造作に投擲されたナイフが突き刺さった。
 ぎくりとした視線が、投擲者――アドルフに集中する。
「奴を追おうとする者は、容赦なく殺す」
 男は、平然として宣言した。
「俺と相対するものも、遠慮なく殺す。逃げたい奴は、今のうちに逃げておけ」
 兵士たちが、不安げに顔を見合わせた。
 多勢に無勢のこの状況で、負ける理屈などありえない。だが、目の前の男は、不死者であろうと関係なく屠ることのできる男だ。立ち向かえば、少なくとも数人は犠牲になるだろう。自分がその犠牲に含まれるかもしれないと思えば、二の足を踏まずにはいられない。
「やはり、おまえたちの覚悟はそんなものか」アドルフは、静かに苦笑してみせた。「永遠の命なんてものを欲しがる連中は、骨がなくて困る」
 さて、どうしてやろうか――威圧するように、一歩を踏み出した。刹那。
 アドルフの表情が瞬時に強張り、バッと後ろへ飛び退いていた。
 眼前に――衝撃。
 天井から降り立った巨大な不死獣の重量が、城そのものを震わせていた。
「……そうか。おまえがいたな」
 応えるように、獣が哭く。
 やれやれと頭を振って、アドルフは剣を構え直した。
「こいつは骨が折れそうだ」



「あああッ……あああああああッ……!」
 少女の悲鳴が、断続的に上がっている。
 クロアゲハの全身を、生きながら喰われるのにも等しい苦痛が襲っていた。存在を、生命そのものを、無理やり術へと変換される苦痛だ。その身体は淡い燐光を放ち、儚げに明滅を繰り返している。
「く……う……ぁあッ……!」
 たびたび痙攣が起こり、少女の身体を震わせる。それを、エィリアスは冷徹な眼差しで見つめていた。どれほど痛ましい姿を目の当たりにしようとも、その感情にはいっさい揺らぎがなかった。
「ぅう……あッ……ああッ……あああッ……」
 身悶えるクロアゲハに、エィリアスは「ふむ」とつぶやく。
「存外、時間がかかるものだな。君が抵抗しているのか――? マルグリット姫」
「っ……くぅっ――あぁあああ……」
「君が不死者を殲滅しようとするのは、彼らに対する責任感だけでなく――永遠の命を手に入れたせいでもあるだろう」
 滔々と、彼は語った。
「決して尽きることのない永劫の時――自分で体験したからわかるが、それはおそろしく堪えがたい孤独だ。同じ永遠を共に過ごしてくれる相手がいれば別だろうが――そうでないなら、何か明確な目的を持ち続けなければ、心が腐りきってしまうだろう。君が不死者の殲滅を目指すのは、それゆえではないかな? 大陸中に散らばった不死者をすべて探し出し、殺し尽くすには、どれほどの時間が必要かわからない。だが、その使命を抱いている間は、君はそれに没頭することができる。君は、自分自身を保つために、あえて終わりの見えない難題を掲げているのだ」
「ぅ……あ……」
「君はそうするしかなかった。永遠を捨てるすべを持たないからだ。君は、使命があるから死ねないのではない。死ねないから使命を抱いたのだ。なら、もういいだろう。今の君は、望みさえすれば、簡単に死ねるのだからな。抵抗をやめて、すぐにでも死にたまえ」
「……確かに」
 苦鳴をごくりと呑み込んで、クロアゲハがつぶやいた。
「あなたの語る理屈が、私のなかにないとは言えません――でも」
 顔を上げ、エィリアスを見る。
 その瞳には、満ちていた。
 確かなる覚悟と――大いなる決意とが。
 揺るぎようもなく、根づいていた。
「それでも私は、戦いをやめるわけにはいきません――私の戦いは、私だけのものではないのだから!」
「――――」
 エィリアスが、たじろいだ。明らかに気圧され、後ずさっていた。
「……たいした娘だよ、君は」
 引きつった笑みで、辛うじて言葉を絞り出す。
「その覇気! その気魄! 数百年、果たすべき目的のためだけに、揺らぐことも惑うこともないように、ひたすらに意志を研ぎ澄ませてきたこの俺さえも圧倒するとはな……」
「長く生きれば……それだけ、多くの人に触れることになります」
 凛然と、少女は応えた。
「お父さまが! ティムが! テオが! リィゼが、アルフォンスが、フリーダが、カイが、パウラが、レオンハルトが、アドルフが! 私のせいで死んでいった人たちが――私の戦いを助けてくれた人たちが、多くのものをくれました。だからこそ、私は歩めた――戦ってこられた!」
 真紅の瞳が、鮮烈に燃える。
「彼らの血と生命と魂が、私の心を支えてくれた。あなたを怯ませ、秘術に抗うことができるほどにまで、強めてくれた! 彼らに報いるために、私にできることは、戦い続けることだけです……!」
「三名、追加だ」
 一閃が、走った。
 ねじくれた長剣――その刃が、クロアゲハを拘束する縄を断ち切っていた。
「!?」
 驚きつつも、クロアゲハは後退――併せて、ずるりと紫に輝く魔剣が胸から抜ける。
 下がる少女と入れ替わるようにして、青年が前に出た。
「ゾフィーと、レナと――それと、こいつもだ。さっきの連中に加えとけ」
 言いつつ、《擬するもの》を差し出してくる。手に馴染んだ魔剣を受け取りながら、クロアゲハは、茫然として青年を見つめていた。
「カイ……」
「悪かったな」
 不意の言葉に、クロアゲハがきょとんとなる。
「悪かった。いろいろと。……そういうことだ」
 そっぽを向き、ぶっきらぼうに告げるカイ――目をぱちくりとさせるクロアゲハ。
 やがて――少女の相貌が、儚く緩んだ。
 眼に熱い光を燈し、胸を詰まらせながら――言葉を返す。
「ありがとう――カイ」
 青年は答えず、ただ「ふん」と鼻を鳴らした。
「で? そこの男を斬れば、事態は解決するのか?」
「えっと……、そうですね、とりあえずは……」
「なら、やるか」
 無造作に言って、カイは剣を構えた。奪ってきたらしい、この国の兵士のものだ。
「おまえを幸せにするよう、あの女から依頼を請けた。あいつが邪魔なら、斬るだけだ」
「やれやれ……」
 エィリアスが、肩をすくめる。
「俺を幸せにする依頼も請けてくれればいいんだがな」
「知ったことかよ。いいから黙って殺されろ」
「残念だが」す、と、その目が細められる。「俺は死なない」
「そうかい!」
 吼えて、カイは疾駆した。
 真っ向から斬りつける――当然のように剣で受けられる。そこから、青年はぐるりと身体を回転させざま、足もとに薙ぎ払いを仕掛けた。エィリアスが大きく後退し、それを避けると、次いで胸元めがけて猛烈な突きを放つ。奔騰する刃がまともに目標を捉え、切っ先が背中から突き出た。刃をひねって傷口を広げ、即座に引き抜く――血潮がはじける。
 ごぼ、と血の塊を吐いてから、エィリアスは左手で口元を拭った。
「さすがの腕前だ」
 素直な称賛に、カイは舌打ちで答える。
「不死なら見飽きた。弱点を教えろ――そうしたら、無駄に苦しめずに殺してやる」
「あいにく、俺の身体は完全なる不死でな。弱点などはない――ついでに言えば、痛覚もないから、苦しむこともない」
「そんなことをするから――他人の痛みがわからなくなるんです」
 言いながら、クロアゲハが前に出ていた。カイの隣に並び、決然として長剣を構える。
「命の尊さも――傷つくことの苦しみも。本当に大事なことを、わからなくしてしまうんです!」
「命の尊さなら、知っているさ。俺にとって、妻子の命は何より尊い。それ以外の命は、どうでもいいがね――」
 言うなり、ぞ、と、エィリアスの周囲に、紫色の燐光が渦巻いた。
 ぞぞ……ぞぞぞ……、と、不気味な音色を響かせながら、蛇が鎌首をもたげるように、しゅらしゅらと蠢く。
 死者の魂だ――と、クロアゲハたちは気づいた。これまでエィリアスが殺してきた者たちの魂が、呼び起こされ、利用されているのだ。
「いちばんどうでもいいのは、てめえの命だ」
「葬ります――あなたの意志を!」
 瞬間、紫の輝きが破裂した。幾条にも別れた矢となって、ふたりに目がけて降り注ぐ。
 対し――ふたりは、臆することなく駆け出した!


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