地獄蝶々



CHAPTER.06

『地獄蝶々』







 吼え猛る不死獣の噛みつきを、アドルフは寸前で回避する。
 同時に、不死獣の眼球に剣を突き刺していた――不死獣が、激しい苦痛に怨嗟の声を上げる。
 続いて振るわれた爪も、アドルフは難なくかわしてみせる。片方の視界を奪われた不死獣の遠近感が狂ったおかげで、回避を容易にしていた。眼球はすでに再生を始めているが、それが完了する前にアドルフは猛攻を仕掛ける。
 もう片方の目を奪い、喉を抉り、左前肢を断ち斬った。見るも鮮やかな剣舞――不死獣がバランスを崩して横倒しになったところへ、さらに剣を突き入れる。腹部を切り開き、あふれ出した臓物を踏み潰す――獣の絶叫が上がる。
 起き上がり、めちゃくちゃに肢を振るう不死獣だが、当然、それでアドルフを捉えられるはずもない。彼はすでに獣の背後に回り、脊髄に斬りつけていた。普通の生き物なら即死して然るべき一撃だったが、不死獣は動きを止めず、振り向きざまアドルフに噛みつこうとさえした。これをかわしたアドルフは、とん、と後ろに跳躍して距離を取り、ひとつ吐息する。
「厄介な奴だな――おまえは」
 取るべき戦法は、普通の不死者と変わらない。異形の攻撃をかわしつつ、全身を攻撃して、とにかくひたすら弱点を探すだけだ。
 低級の不死者なら、首を刎ねるか脊髄を斬るかすれば大方片づくものだが、上級の不死者が相手となると、身体のどこかにある弱点を探し出さねばならない、根気の要る戦いとなる。
 そして目の前の不死獣は、まぎれもなく上級の不死者であると同時に、その攻撃性は群を抜いていた。
 悠長に弱点を探している間に、いつ攻撃を受けるか知れない。アドルフほどの剣士だからこそ、こうも見事に攻勢を切り抜けることができている。
 ごあっ、と、応じるように不死獣が吼える。斬り断たれた肢も、裂かれた腹部も、すでに再生を完了していた。再生速度にしてからが、まず普通の不死者とは段違いだ。
「さて、どう攻めたものかな――」
 アドルフがつぶやいた次の瞬間、
 不死獣の首が、伸びた。
「!」
 横っ飛びに回避する――脇の空間を、がぎんッ、と獣の顎が食いちぎっていく。起き上がったアドルフへ、さらに首が伸びる――かわしても、かわしても、喰らいついてくる。
 アドルフは、あえて前に踏み込んだ。
 向かい来る首とすれ違う格好になる――そのまま、顎の真下に剣を突き刺し、
「うぉおおおおおおおおおッ!」
 全力で疾走した。
 ぞぞぞぞぞぞッ、と刃が長い首を切り開きながら駆け抜け、血飛沫の豪雨を広間にぶち撒ける。
 そのまま胴体まで到達すると、「はあッ!」真横に剣を薙ぎ、一気に離脱した。たまらず、不死獣が横倒しになる。
 次の瞬間、今度は四肢が伸びた。
「っ……!」
 前後左右から、逃げ場を削るようにして襲いかかってくる。いずれも、剣で受けることさえままならない質量を備えている。
「意外性のありすぎる奴だな、おまえは!」
 アドルフは伸び来る四肢をかいくぐるようにしてかわしたが、反撃に打って出る暇をつかめない。回避に専念するのが精いっぱいだ。さすがに、戦士の表情が険しくなる。
 踊り狂う四肢をかわしている間に斬り裂かれた首が再生を終え、攻勢に加わってきた。
 戦士の身体に喰らいつくべく、五つの爪牙が縦横無尽に荒れ狂う。息もつかせぬ多段攻撃に、アドルフが圧倒される――いつかわしきれなくなるとも知れぬ攻防劇に、周囲の兵士たちが思わず息を呑む。
「野郎ども!」
 凛々しくも猛々しい女の声が響いたのは、その瞬間だった。
「やっちまいなさい!」
「おうさ!」
 いくつもの野太い声が上がったかと思うと、それがそのまま形になったかのように、無数の太矢が不死獣の胴体に着弾した!
 ぐぅううううおおおおおおおんッ!
 全身を襲う苦痛に、不死獣が身悶える――制御を失い、ばたばたと暴れる四肢の間から抜け出たアドルフが一気に後退する。
 その先には、パン屋や職人や行商人など、思い思いの格好をした十数人の男たちと、それを束ねるように立つパウラの姿があった。
「遅いぞ」
「これでも手早くまとめた方よ」
 短く会話するふたり――その間に、パウラの率いる男たちがザッと広間中に展開している。弩を捨て、それぞれ長槍や手斧、剣といった種々雑多な武器を構えた。異様な風体の一団に、兵士たちは唖然としているしかない。
 彼らはみな、《不死狩り》隊の人員だった。念のため、それぞれ別口のルートから城下町に潜入し、いざという時に集合できるよう準備を整えていたのだ。そして、パウラが彼らをかき集め、戦列を組み上げたのである。
「大丈夫ですかい、隊長」
「どっか喰われて、縮んじまったりしてませんか?」
 隊員たちが、にやにやと笑いながら声をかけてくる。これほどの異形を前にしてなお軽口を叩けるのは、これまで散々、様々な異形の不死者を相手取ってきたからだ。
「あいにく、まだおまえらの誰より背が高い」
「そりゃ残念だ」
「縮んでくれたら、拳骨を喰らわずに済むんですがね」
 軽く笑いがはじけるが、隊員の誰ひとりとして気を緩めている者はいない――苦痛にのたうつ不死獣から片時も目を離さず、いつでも仕掛けられる態勢でいる。
「拳骨を喰らいたくなかったら、とっとと片づけることだな――かめの陣!」
 アドルフが発した号令に、隊員たちは即座に反応した。
 長槍使いが三名、前に出て不死獣の四肢を串刺しにする。首と右前肢が余ってしまうが、仕方がない。
 不死獣が悶え、めちゃくちゃに四肢が暴れのを、隊員たちは必死の形相で押さえつける。
 その間に、アドルフ以下、他の隊員たちが不死獣の肉体に殺到した。
 剣が、手斧が、次々と不死獣の肉を裂き、骨を断つ。一撃するだけでは終わらない――すぐさま、別の部位を打撃している。背中に飛び乗り、集中攻撃を見舞っている者の姿もある。瞬く間に血の渦が巻き起こり、辺り一面を色濃く濡らした。
「すげえ……」
 茫然と見ている兵士たちのひとりが、思わずつぶやきを漏らす。
 異形の肉体――不死なる命。そんなものが何の意味も為さないほど徹底的に相手の攻勢を封じ込め、余すところなく全身を撃ち尽くす。《不死狩り》隊が得手とする戦い方だ。
 じたばたともがく不死獣だが、全身を押さえつけられていては対処のしようがない。そして、それでもまだ《不死狩り》隊が警戒を怠ることはない――不死者が、どんな異形を発揮するかわからないからだ。たとえ、この不死獣が突如として全身に棘を生やしたとしても、彼らは冷静に対応するだろう。
 次第に、不死獣の動きが鈍くなっていく。どこかにある弱点を突いたのだ。後は、相手の再生具合を確認し、どこが弱点であるのかを見出して、集中攻撃を仕掛けるだけだった。
(これで、こちらは一段落ね)
 そのさまを見つめながら、パウラは周囲に視線を走らせる。
 不死であるはずの兵士たちは、もはや戦意の欠片もない表情で目の前の惨劇を見つめていた。あれほどの不死獣が、手も足も出ない状態で殺されていくのだ。自分たちの不死性など当てにできるものではないだろう。
(後は……クロアゲハとカイか)
 カイが、うまいことクロアゲハを救出できていればいいのだが――


NexT(※未更新)
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