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地獄蝶々



Epilogue





CHAPTER.01へ

 後始末は、それはもう大変だった。
 なにせ、一国の主以下、重鎮たちが揃って不死者と化してしまったのだから、事が単純に運ぶはずもない。
 ただ、そのあたりはパウラがだいたいどうにかしてしまった。
 不死者化した者たちを監視下に置くことを条件に、一方的に領を併呑してしまったのだ。領王以下、不死者となった重鎮たちは、《不死狩り》隊の活躍を目の当たりにして一も二もなく平伏した。
 さらにパウラは、《対不死者連盟》なるものを近隣諸国と結び、不死者に関する情報を適宜自国へもたらしてもらう代わりに、今回手にした領を分譲するという遠慮のなさを発揮した。近隣諸国からすれば、パウラに協力しておけば自国の不死者を討伐してもらえる上に、ただで新たな領地が手に入るのだ。異を唱えようはずもない。
 この勝手な行いに、大陸を統治する帝国はさすがに文句を入れてきたが、結局は引き下がるしかなかった。パウラがあれこれ手を尽くしたというのもあるが、ここで活躍したのはクロアゲハだった。彼女は単身、大帝に会談を申し入れ、事態を収拾してみせたのだ。
「あんた、何やったわけ……?」
 さすがに驚くパウラに、
「まあ、その、お知り合いのよしみという感じで……」
 クロアゲハは遠慮がちに答え、関係者一同を絶句させた。
 ともあれ――この一件によって、これまでどちらかと言えば日陰の活躍を強いられてきた《不死狩り》隊は、にわかに注目を浴びることとなったのだった。



「大陸各地、あっちこっちから、不死者情報が届いてるわ」
 広い会議室のなかで、ばんッと地図をぶっ叩き、パウラは意気軒昂に告げた。
「片っ端から葬るわよ、野郎ども!」
「お……おー……」
 場に集った《不死狩り》隊の主だった面々――つまりはアドルフとクロアゲハと、新たに隊に加わったカイは、若干圧倒され気味に、同意の声を上げるのだった。



 エィリアスがいなくなったことで、不死者を操る存在も消えた。後は、大陸中に散った不死者を逐一見つけ出して葬り続けるという、地道な戦いが待つばかりだった。
 対不死者戦においては、エィリアスの遺した魔剣がたいそう役に立った。
 この剣で致命傷を与えれば、急所であるかどうかに関係なく、不死者を殺すことができるのだ。必然、《不死狩り》隊の隊長であるアドルフが持つことになった。アドルフは当初、クロアゲハにそれを託そうとしたのだが、彼女は《擬するもの》があるから、と受け取りを固辞したのだ。



「納得いかねえ」
 《不死狩り》隊の修練場で、練習用の剣を片手にカイは口を尖らせた。
「倒した――いや、葬った不死者の数なら、俺の方が多いんだぜ」
「上に立つ者の役得というものだ」
 彼と相対する位置に立ち、こちらも練習用の剣を携えたまま、アドルフは苦笑した。
「どうしても欲しければ――そうだな。実力で奪い取ってみせろ」
「言ったな」カイは、にやりとした。「見てやがれ――寝首かいてやる」
「俺の首は太いぞ」
 アドルフは、肩をすくめて笑った。



 その後、監視下にあった不死者との融合者たちが反乱を起こした。
 贅沢な暮らしに慣れた上で、永遠の命を求めた者たちだ。監視下の暮らしで満足できるはずがない。彼らは、いっせいに蜂起しパウラを殺そうと図った。
 だが、それは無駄なあがきというものだった。
 カイが、アドルフが、クロアゲハが、そして、《不死狩り》隊の面々が、彼らをことごとく打ち倒し、葬り尽くした。
 結果として――不死者と融合した者たちは全滅することと相成った。B  クロアゲハは、ただ悲しそうにその光景を見つめていた。



 修練場で、カイは、静かに得物を下ろした。
 槍と斧と金槌を掛け合わせた、彼独特の武器だ。不死獣との戦いで壊れてしまったのを、修復したものである。これさえあればどんな不死者とも渡り合えるという自信が、カイにはあった。
 いつもの訓練を終え、手拭いを取り出そうとしたところで――
「はい」
 やわらかな声とともに、手拭いが差し出された。
 クロアゲハだった。
 いつの間に近づいて来ていたのか。いつまでもあどけない相貌に浮かんだ微笑を見て、カイは、どきりとした。まるで、少年の頃に戻ったようだった。
「あ、ああ……悪い」
 どぎまぎしながら、手拭いを受け取る。
「精が出ますね」
「不死者と戦うのに、鍛えすぎるってことはないからな。おまえも、こっそり訓練してるだろ」
 その言葉に、クロアゲハが驚きの表情を浮かべた。
「気づいていたのですか?」
「夜に、ちょっとな。散歩をしていて、中庭で剣を振るうおまえを見た。なんでまた、隠れて訓練してるんだ?」
「パウラの設定≠フおかげで、こう、剣の達人というイメージがついてしまったものですから……普通に訓練していると、視線が気になるんです」
 気恥ずかしそうに、クロアゲハは語った。
「ああ……なるほどな。あの姫さまも、困ったもんだ」
「そうなんですよ。この間なんて――」
 くすくすと笑いながら、世間話に興じるクロアゲハ――そんな彼女の姿を、今、初めて目の当たりにしているという事実に、カイは小さな感動を覚え、
 修練場の兵士たちの、槍穂のごとく研ぎ澄まされた視線に気づいた。
「……」
「……? ……どうかしました?」
「あ、いや……なんでもない」
 クロアゲハが、きょとんとして首を傾げる。長い金髪が、さらりと揺れた。
 その仕草が、どれほど愛らしく見えるのか――彼女は、まるで気づいていない。
 突き刺されるような周囲の視線を浴びながら、カイは、辟易して頭をかいた。



 まだまだ課題はあったが、不死者を葬る態勢は、完全に整ったと言えた。
 後はただ、戦うだけだった。
 クロアゲハたちは、寄せられる情報を元に幾度も幾度も遠征に出た。
 時に仲間の命が失われ、時に予想外の悲劇が待ち受けていたが、それでもなお、戦い続けた。
 絶えざる苦痛と悲痛のなかで。
 いつかはそれが、安らぎに変わると信じて。



 そして――



 老人は、蒼い空を見上げていた。
 背筋をしゃんと伸ばした、かくしゃくとした感のある老人だ。口元に蓄えられた白い髭は、彼がこれまで培ってきた苦労のほどを思わせるようだった。
 場は、河原である。穏やかな光をたたえた清流が、緩やかに通り過ぎていく。それを包むのは、優しい緑の木々たちだ。
 静けさをそのまま形にしたかのような場所だったが、小さき子らにはそんな感傷は無縁であるようだった。
 数人の子供たちが、きゃいきゃいと騒ぎ立てながら、追いかけっこをしている。誰が次の薪を石炉にくべるか、決めようとしているらしい。
 十にもならぬ少女が、とてとてと短い歩幅で走り回り、さっと老人の背後に隠れた。「あ、こら!」彼女を追いかけていた少年が、憤懣の声を上げて捕まえようとするが、老人を軸にダンスを踊るような形になって、どうにもうまくいかない。しまいには、当初の目的など忘れて、ふたりとも楽しそうに老人の周囲を回るありさまだった。
「目を回すぞ」
 苦笑しながら、老人はあっさりとふたりの挙動を見切り、これを捕まえた。
 そうしていると、
「ごめんなさい、遅くなりましたっ」
 快活な声が響き、ふたりの少女が、場に姿を現した。
 ともに、十四、五くらいだろうか。片方は長い金髪を後ろで束ね、くくっており、もう片方は金髪を短く切りそろえている。よく似た風貌の少女たちだった。どちらも明るい笑顔を浮かべていて、長髪の少女の方が先の快活な声を上げたのだった。
「ねーちゃん、おっせー!」「おなか減ったよぉ」
 子供たちが、わっと少女らに群がる。「こらこらっ」短髪の少女が、両手に抱えた荷物を――串刺しにした肉や野菜を取り落しそうになりながら、笑う。「ちょっと、引っつかないでってば! せっかくのご飯、落としちゃうでしょお!」
 それからふたりは、てきぱきと準備を整えていった。
 河原に設置された石炉にはすでに薪や炭がくべられており、ぱちぱちと火の粉を散らして燃え上がっている。その上に鉄製の網を敷いて、串刺しにした肉や野菜を焼こうという算段だ。なんとも贅沢な昼餉だが、何しろ一国の後ろ盾があるので費用の心配は不要である。
「ねーちゃん、おれ、肉、多めね! 多め!」
「野菜も食べなきゃだめでしょお? あっ、こらっ! 勝手に持って行かないっ。ちゃんと順序ってもんがあるんだからっ」
「大ねーちゃん、お腹減ったー」
「はいはい、もう少し待ってくださいね。いい子にしてたら、たくさん食べられますよ」
 楽しそうに準備を続ける子供たちを、老人は、目を細めて見つめていた。
 かつては、望んでも得られないと思ってばかりいた光景だった。
 いつからだろうか――こんな眺めを、心から望み、欲するようになったのは。
 彼女と再会し、自らの本心に気づいた時からだろうか。
 思い起こすと、不意に、ひとつの問いが胸の奥から湧き上がってきた。
 本当なら、問うまでもない。それはまさしく愚問だった。
 ただ、それを口にすることにこそ――何か、意味があるような気がした。
「クロアゲハ」
 ぽん、と。
 老人は、呼びかけを放った。
「はい? なんでしょう」
 手を後頭部にやり、緩んだ髪留めを締め直していた長い金髪の少女が、きょとんとして振り向く。
 変わらぬ美しさに目を細めながら、老人は愚問≠投げかけた。
「今――幸せか?」
 一瞬、クロアゲハは、問いの意味が理解できないようだった。
 当たり前すぎて、答えが即座には思い浮かばないようだった。
 だが――すぐに、彼女は答えた。
 天使のように清らかな、とびきりの、心からの笑顔で。
「――はいっ!」
 それを見て――老人も、「そうか」と優しく微笑んだ。
 そして、自分の予感が正しかったことを知った。
 自分はこの問いを発することで、彼女のこの笑顔をこそ見たかったのだと。
 憎んだこともある。恨んだこともある。
 だが――今は。
 彼女が幸せでいられるならそれで良いと、確かに思えた。
 だからこそ、この一瞬を、大事にしようと。
 それが、失われたすべての命に対して、確かに報いることになるのだろうと――




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