×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。



≪揺るぎなき蒼、誇りあるブルー≫


※作中に出てくる設定のほとんどは、ノリで勝手につけられたものです。
基本、信用しないでください。




「よっ、と……」
 その青年は、目の前の道を塞ぐ邪魔な木を、手にした鉈で切り払った。
 一見して、狩人ハンターとわかる出で立ちをしている。
 しなやかにして強靭な特性を持つことで知られる、ユクモ産の木材繊維をベースとした、厚手の胴着を身に着け、頭頂に鳥の羽を付け加えた笠をかぶっている。背中には、さまざまな道具を収納した背嚢と、鞘に納められた長大な太刀が見受けられた。
 人々の安全と、生活環境の向上のため、危険なモンスターを狩ることが、彼らハンターの役割だ。
 この青年も、その例に漏れない。だからこそ、鳥竜種ジャギィを初めとする獰猛なモンスターが跋扈する、この孤島まで足を運んでいる。
 ただ、今回、彼が請けた依頼は、いささか特殊なものだった。
 この孤島に暮らす村の住人から、涙ながらに頼み込まれたのは、行方不明になった幼子を探してほしい、というものだった。まだ二歳にならぬ女の子が、孤島のどこかにいるらしいのだ。なんでも、彼女をおぶって山菜を集めていた際、鳥竜種の群れに襲われ、なんとか逃げ出して、気がついた時には、娘の姿がなかったのだという。
 なんとも不注意な話だが、奈落のどん底に突き落とされたような表情をする親たちを責めたところで、仕方がない。
 ハンターが請けた依頼は、女の子の捜索――もちろん、可能であれば無事に連れ帰ることだ。ただ、その可能性は残念ながら低そうだと、彼は見積もっていた。その場合、無惨な遺体を届けることになるだろう。
(島の奥には、強大種もいるらしいからな……)
 モンスターのなかには、恐るべき力を秘めた強大種が存在する。
 彼らの力は、普通のモンスターとは比較にならない。多くは、頑強な肉体と、強靭な膂力と、巨大な体躯とを兼ね備えた、獰猛なる捕食者たちだ。人間のような知性は持たないはずだが、時として、驚くほどの賢さを見せることもある。
(気の滅入る話だぜ……)
 暗澹たる思いに嘆息を吐きながら、ハンターは足を進めた。
 ちょうど、開けた平原に出たところだった。木々が豊かに繁茂し、揺れる草々を、ふさふさの毛に覆われた大きな草食獣、アプノトスがもそもそと喰らっている。奥には滝壺があり、弾け散る飛沫が、照りつける太陽の光を反射して、宝石箱のように、きらきらとした輝きを放っていた。
 ジャギィどもが現れたのは、この辺りだということだった。幼子を抱えて山菜取りに訪れるのも、むべなるかな――ジャギィは本来、もう少し奥に入り込んだあたりに棲息しているらしい。それが、どういうわけか、人里の近くまで出て来ていたのだ。
 ジャギィも馬鹿ではない。人間の領域というものを知っている。不用意にそれを侵せば、手痛い反撃を喰らうだけだということも。
(なのにどうして、群れで出てくるかな……)
 と、思いを馳せた時だった。
 不意に、アプノトスたちが顔を上げた。そして、すぐさま食事を中断し、そそくさと、その場から離れるべく移動を開始する。
(おっと、こいつは……)
 ハンターの青年は、緩やかにたたえていた緊張の念を研ぎ澄ませ、背中の太刀を引き抜いた。
 鈍重で、戦う力を持たないアプノトスたちは、他のモンスターの気配を敏感に察する。彼らが逃げるということは――脅威が接近しているということに、他ならない。
 果たして、それはすぐに姿を現した。
 狗竜ドスジャギィだ。
 灰色がかった鱗を持つ、四足の竜種である。前肢は短く、太い後ろ肢だけで身体を支え、かなり前のめりの前傾姿勢を取っている。蜥蜴と猛犬を合体させたような、尖った鼻先からは荒い鼻息が漏れ、獰猛な気配を周囲に撒き散らす。耳の付近に、まるで飾りのごとき、巨大な皮膜が生えており、それが、ゆらゆらと風にあおられていた。
 全長にして、四〜五メートルはあるだろうか。後ろ肢で立っているため、ぬうっとした威圧感がある。
 周囲には、その姿を二回りほど小さくしたジャギィが二体、付き添っていた。ドスジャギィは、ジャギィたちの群れの長なのだ。
 ぎょろぎょろと、忙しなく周囲を見回していた金色の瞳が、不意に、ハンターを捉える。
「よう」ハンターは、不敵に挨拶を贈った。「元気してる?」
 ぎゅぅああぁああっ、という咆哮が、返事となった。
 明確な敵意を秘めた、耳障りな吼え声だ。長の意図を悟って、ジャギィたちが左右に展開する。
「やるしかないのな……」
 苦笑しつつ――ハンターは、前に出た。
 噛みつくべく近づいて来るジャギィ一体の方へ、自ら接近して行ったのだ。
 ぎょっとしたように身を引くジャギィとすれ違いざま、ハンターは、太刀を一閃した。
 重厚なる鋼鉄の刃が、確かな太刀筋でジャギィの身体へと吸い込まれ、その身をざっくりと一文字に切り裂く。ばあっ、と赤い血飛沫が弾け、ジャギィが絶叫を上げた――倒れ、地面をのたうち回る。ほどなくして動かなくなるだろう。
「続いてッ……!」
 ハンターは、先程までの緩やかな挙動から一転、高速で反転しざま、もう一体のジャギィへと肉薄した。
 相手が反応する暇も与えず、真っ向、正面から切り伏せる。ためらいのない一刀をまともに浴びて、そのジャギィも、一撃のもとに倒れた。
 仲間を殺された怒りに、ドスジャギィが嚇怒の咆哮を上げる。
 どすどすと、重い足音を立てながら近づいて来る――ぐわっ、という噛みつきを、ハンターは横に転がることでかわした。さらに、起き上がりざま、ドスジャギィの左足に、強烈な一刀をくれてやる。寸断するには至らなかったが、骨にまで達する打撃を受けて、ドスジャギィはたまらず転倒した。
 油断はしない。警戒を怠ることなく、倒れたドスジャギィへと追撃を加える。鋼の刃が喉元を切り裂き、確かな致命傷を与えた。鮮やかな手口に驚嘆する間もなく、ドスジャギィが身悶える。そこへ、ハンターは、二度、三度と、さらに刃を振るっていった。
 何度目かの斬撃を浴びせたところで、ようやく、ドスジャギィは動きを止めた。
「ふう……」
 ぶんッ、と太刀を虚空に振るい、塗りたくられた血脂を散らす。
 ドスジャギィは、強大種のなかでも、いっとうランクが低い部類に入る。多くの場合、駆け出しのハンターが最初に遭遇することになるのだ。歴戦の猛者であるこの青年が遅れを取る理由は、なんらなかった。
 とはいえ、油断していたなら、喉首を喰い千切られていたかもしれない。ハンターは、この強大種の恐るべき生命力を知悉していた。完全に動きを止めるまで攻撃を続けなければ、いつ、思わぬ反撃を受けるか知れないのだ。
(しかし、こいつら……なんで、こんなとこまで出てきたんだ?)
 疑問には思うが――考えていても、仕方がない。
 ハンターは、太刀を鞘に納めると、懐から鉈を取り出した。
 ドスジャギィの強靭な皮は、種々の武具のいい素材となる。ハンターの仕事は、ただモンスターを倒すことではない。彼らの素材を剥ぎ取り、持ち帰ることで、人々の生活を豊かにすることも、立派な役割なのだ。
 さっそく剥ぎ取りを始めようとしたところで――
「……!?」
 彼は、鉈を仕舞いざま、バッと背後を振り向いた。
 磨き抜かれた鋭敏な感覚が、のそりと近づいて来る足音を察知したのだ。
 油断なく見据えられた視線の先に――
 蒼い鬼神の姿が、あった。




 鮮やかな蒼の毛並みが、全身を覆っている。
 四足獣だが、ドスジャギィと同じく、後ろ肢だけで直立している。ただ、ドスジャギィほど前傾姿勢ではなく、やや猫背ではあったが、ほぼ真っ直ぐな背筋をしていた。そのせいで、ずんぐりとした巨体が、より威圧感を増している――ハンターより、三、四回りも大きな体格だ。
 人間の戦士が装着する手甲のごとき、硬い殻に覆われた手先からは、鋭い爪が伸びている。その爪による一撃を、あの体格から繰り出されれば、人体など、簡単にもげてしまうだろう。
 青熊獣アオアシラ
 強大種である。
 魚類やハチミツを好物としており、多くは河口や山中に棲息する。これもまた、こんな人里近くに姿を現すことは、極めて珍しい種だった。
「立て続けとはね……」
 ハンターは、納めたばかりの太刀を引き抜いた。
 アオアシラは、ドスジャギィよりも強大なモンスターだ。太い両腕をぶんぶんと振り回し、強烈な打撃を加えてくる。毒や炎を吐くというような、特殊な能力こそ持たないものの、重い体躯から放たれるシンプルな打撃は、じゅうぶんな痛手となる。
(カウンターだな)
 ハンターは、そう決めた。
 アオアシラの攻撃は、たいていが大振りだ。それを見切り、かわす。そして、無防備な相手の腹部に斬りつける算段だ。
 太刀を構えたまま、相手が仕掛けてくるのを待つ――
 しかし。
 いつまで経っても、アオアシラが攻めて来る様子はなかった。
「……?」
 ハンターの眉根が、訝しさに寄る。
 アオアシラは、まるでこちらを値踏みするかのように、じっと見つめてきている。それだけなのだ。本来、人間を見かけたなら、食料とするため襲いかかってくるべき強大種が、そのそぶりを見せない。
「おまえ……?」
 ハンターは、思わず太刀を下ろした。
 と言って、警戒を断ったわけではない。いつ相手が襲いかかってきても反応できるよう、心気を整えている。ただ、明確な敵対姿勢を崩しはした。
 アオアシラの眼が、緩やかに細められる。それでいい、とでも言うように。
「……妙な奴だな」
 つぶやいて、ハンターは、ややズレていた笠の位置を、片手で直した。
「なんだ? 俺に、何か用でもあるのかい?」
 言葉を投げかける――さすがに、相手がうなずくことはなかったが。
 不意に、アオアシラが、こちらに背を向けた。
 そして、ゆっくりと、歩き始める。
「……は?」
 唐突な展開に、ハンターの口から、間の抜けた声がこぼれた。
 野生の猛獣が、人間相手に、こうもあっさりと背を向けるというのが、驚きだったのだ。アオアシラの背中は、これも硬い甲殻に覆われているから、斬りつけても致命傷を与えられないが――だからと言って、こんな反応を見せるだろうか?
 アオアシラが、首だけを振り向かせた。
 ついて来い。
 そう言っているように、ハンターには思えた。
(……まさか、とは思うけどさ)
 だが――そんな風に見えてならないのだ。
 青年の口元に、にっ、と笑みが浮かぶ。
「……面白ぇ」
 太刀を下げたまま、彼は、アオアシラについて歩き出した。
「どこへ行くのか知らないが――案内してもらおうじゃないの」
 こちらが動き出したのを見て、アオアシラが首を戻し、歩みを再開する。
 その姿に、妙な愛嬌を感じて、ハンターは噴き出しそうになった。
 と。
 刹那。
 不意に、暴力的なまでの風の渦が、ふたりを呑み込んだ!
「っ……!?」
 思わず、腕で顔をかばいながら後退する――
「今度はなんだってんだ……!?」
 うめきながら、顔を上げて――
 ハンターは、その表情を、完全に凍りつかせた。
 風の渦は、自然現象ではなかった。
 それを引き起こした主が、ちょうど、遥けき天から、舞い降りてくるところだったのだ。
 焦げ茶と濃い緑を混ぜ合わせたような色の、ぬらぬらと輝く鱗に覆われた――
 竜だった。
 胎動する筋肉を全身に備えた、アオアシラよりもさらに巨大な、飛竜種だ。背中には、その身の丈に匹敵せんばかりの大きさをした皮膜の翼が生えている。頭から背中から、尻尾から翼に至るまで、全身のあちこちに生えた鋭い棘が、その気性を何よりも如実にあらわしていた。
 そんなものが、翼をはばたかせ、暴風を生み出しながら、降りてきたのだ。
雌火竜リオレイア……!?」
 その名は、ハンターたちにとって、あまりにも有名だった。
 雄大なる空を我がもの顔で飛び回り、数々の猛獣を獲物として食い殺す、死の運び手。その堂々たる姿は、本能的な畏怖を呼び覚ますものとして、紋章のモチーフに、頻繁に用いられる。
 名もなきハンターたちが、どれほどの数、この覇者に挑み、散っていったことだろう。
 逆に言えば、リオレイアの討伐に成功すれば、ハンターとして一気に名を挙げることが可能である。
 それほどの相手なのだ。
「おいおいおいおい……」
 戦慄を、ハンターはつぶやきと成してこぼした。
 彼も、リオレイアとの戦闘経験はない。戦うにしても、もう少し修業を積んで、装備を整えてから、というつもりでいた。いつか打倒するべき目標のようなものだったのだ。
 それが、いる。
 目の前に。
 姿をあらわしている。
 背筋が凍り、足がすくみそうになるのを、彼は、全力で堪えなければならなかった。
(ジャギィどもは……こいつに棲み処を追い出されたのか!)
 ずぅぅううううぅんんんッ、という重々しい地響きが、轟き渡る。
 リオレイアが、その巨体を大地に撃ちつけた音だった。
 次いで、爆音じみた咆哮が、牙並ぶ口元から放たれる。
 もう少し近くにいたなら、思わず耳を塞いでいただろう。そして、その隙を突かれ、鋭い牙の餌食となっていただろう。
 格の違いを、本能で悟りながら――ハンターは、太刀を構えた。
(逃げても、追いつかれる距離だ……)
 なら、戦うしかない。
(予定が、ちょいと早まっただけのことさ)
 胸中で軽口を叩き、唇を舌で湿らす。
 その不遜さを咎めるように、リオレイアが、牙を剥いた。
 迫り来る顎を、横転によって、辛うじてかわす。起き上がりざま攻撃を――と思ったが、続けざまに、ぶんと尻尾が唸った。これも回避――したところで、リオレイアの口腔に、紅蓮の光が燈る。
 炎だ。
「!」
 体内の火炎袋で生成された丸い火球が、解き放たれていた。
「くっ……!」
 さらに転がる――ぎりぎりで、脇を火球がかすめていく。背後に着弾。爆発――爆風にあおられる。
(やばいっ……!)
 追い込まれている。回避に専念せざるを得ない――それも、いつまで保つか。
 限界は、思ったより早かった。
 足が、もつれたのだ。
(しまった……!)
 ドスジャギィとの戦いで、神経をすり減らされていたところに、度重なる緊急回避を要求されて、身体が悲鳴を上げていた。一瞬――ほんの一瞬だけ、動きが停滞する。だが、それは致命的な一瞬だった。
 リオレイアが、飛ぶ。
 翼をはばたかせ、わずかに宙に浮きながら、迫り来る。
 浮いた両肢が、ハンターの胸部を捉え、大地へと叩きつけた。
「ぐうっ……!」
 肋骨をへし折られる痛みが、脳天を突き抜ける。
 それだけでは終わらない。リオレイアは、全体重をかけて、こちらを踏み潰しにかかった。凄まじい重量がかかり、肺が圧迫される――息ができない――骨が砕けそうだ!
(まずい……!)
 なんとかして抜け出さなければ――焦燥を感じながらも、その意識すらが、朦朧と遠のいていく。
 ハンターが、生命の危機を感じた瞬間――
 リオレイアの身体が、横ざまに吹き飛ばされた。
「!?」
 アオアシラだ。
 アオアシラが、その巨体を雌火竜に叩きつけ、これを吹き飛ばしたのだ。
 大して痛手ではなかったようだが、狩りを邪魔された憤りに、リオレイアが怒号を上げる。アオアシラは、すっと目を細め、甘んじてそれを受けた。
「な……?」
 ハンターは、全身を襲う激痛に顔をしかめながら、アオアシラの威容を見つめる。
 疑いようもなく、助けられていた。
 人を襲い、喰らうはずの強大種に――命を、救われていた。
 リオレイアが、火球を吐きつける。
 アオアシラは、両腕を交差させ、甲殻でこれを受けた。
 爆炎が弾け、巨体が数歩、後ずさる。
 ぶすぶすと黒く焦げた両腕に構わず、アオアシラは前進した。
 腕を大きく振りかぶり、リオレイアの首筋を刈りに行く。脅威の巨体が、この時ばかりは災いした――避けきれず、雌火竜は、首元に痛烈な打撃を受けて、よろける。
 さらに一撃――一撃――一撃――一撃! 両腕を左右に繰り出しての、アオアシラお得意の連続攻撃が、リオレイアを襲う。硬い鱗が弾け、血が飛び散った。しかし――浅い。アオアシラの腕力を以ってしても、致命打には程遠い。
 リオレイアが、身体を真横に振るった。
 棘だらけの巨躯が、アオアシラを真っ向から直撃する。さしもの青熊獣も、これには踏ん張りが効かなかった。よろけ、数歩、後ずさる。
 そこへ、リオレイアが強襲をかけた。
 飛び上がりざま、空中で逆上がりを放ったのだ。
 人間で言うなら、サマーソルトキックだろうか。空を舞う飛竜ならではの、強烈な突き上げが、アオアシラの顎を下から撃ち抜く。脳震盪を起こしたか、アオアシラは、がっくりと膝を着いた。
「く……そっ!」
 その時になって、ハンターは、ようやく起き上がっていた。
 このままでは勝てない。自分とアオアシラ、ふたりがかりでも、リオレイアという相手は、高みにありすぎている。
 だが、この命のある限り――諦めるというのは、性に合わない。
 ハンターは、太刀を構え、静かに呼吸を整えた。
「はぁぁあああぁあああッ……!」
 息を吸い、吐くだけでも、胸の傷が疼き、集中をかき乱そうとする。
 だが、それを上回る克己心が、確かな精神統一を可能とした。
 練気と言う。
 体内を巡る“気”を練り上げ、力に変える技法だ。ハンターのなかでも、太刀を使う者たちに伝わるものだ。
 練気は、攻撃を加える程に昂ぶっていく。幸い、先程ドスジャギィを攻め立てた際に練り上げておいた“気”が、まだじゅうぶんに残っていた。
 こちらの気配に気づいて、リオレイアが火球を放とうと口を開く。
 そこに、アオアシラが右腕を突っ込んだ。
 絶叫と、爆裂。
 リオレイアの口腔内で火球が炸裂し、二体の強大種に、ともに悲鳴を上げさせた。リオレイアの口は爆ぜる炎で焼け爛れ、アオアシラの右腕は、甲殻が砕けて皮膚がめくれあがっていた。
 隙が、生じた。
 アオアシラがくれた隙だ――無駄にするわけにはいかない!
 ハンターは、カッとその眼を見開いて、瞬時に踏み込む。
「おおおおおおおぉおおおおぉぉおおおッ!」
 練気を太刀に通し伝え、さらなる切れ味を呼び覚まし――豪胆無比なる斬撃を放つ。
 人呼んで――気刃斬り!
 放たれた一刀は、リオレイアを袈裟懸けに直撃した。鱗を吹き飛ばし、肉を斬り裂き、血潮を散らす。骨にすら達する刃だった。雌火竜が、衝撃にたたらを踏む。
 まだだ。まだ、“気”は残っている。
「ふたつ!」
 気刃斬り――再び。
 返す刀で斬りつけ、消えない傷を相手に刻む。
「みっつ!」
 三度。
 鋼の刃が奮い猛り、リオレイアを切り伏せる。
 先程の意趣返しのごとく、大地に叩きつけられるリオレイア――動きが止まったその身へと、ハンターは、最後の剣を放つ!
「てぁあああぁああああぁあああッ……!」
 全身を捻りながらの、剛剣――
 奥義、気刃大回転斬り!
 華咲くような斬撃が、リオレイアを直撃した!
 激痛に、雌火竜が咆哮する。
 至近距離から咆哮を浴びて、ハンターは朦朧となり、膝を着いた。そうでなくとも、“気”を使い過ぎて、身体が限界だった。
(これで、倒せなければ……)
 後は、ただ喰われるのみの運命だ。
 果たして――
 リオレイアは、飛んだ。
 ぼたぼたと、胸部から血をこぼしながら、大きな翼で飛び上がり――大いなる天へと、一目散に向かって行ったのだ。
 茫然と、それを見上げて――
 ハンターは、倒れた。
「は……はは……」
 口元から、笑いがこぼれる。
「倒せなかったけど……、勝ちは、したかな……はは……」
 震える手で、背嚢から回復薬を取り出し、一気にあおる。それだけでも相当な激痛が身体を苛んだが、すぐに鎮痛効果が発生し、ふわりと全身が軽くなる心地がした。
「よ、っと……」
 なんとか起き上がり、太刀を拭って、鞘に納める。
 そして、振り向けば、アオアシラもまた、立ち上がっていた。
 相変わらず、目を細めてこちらを見つめている。
 ハンターは、笠の位置を整え、微笑みを返した。
「さっきは助かったぜ。ありがとうな」
 答えず――アオアシラは、くるりと背中を向ける。
 そして、足を引きずりながら、進んでいく。
「そういえば……、ついて来い、ってことだったな……」
 うなずいて、ハンターは、彼の後を追い始めた。
「助けられた恩があるからな。こうなりゃ、どこまでだって、行ってやるぜ」




 目的の場所には、すぐ辿り着いた。
 滝壺の近くに穿たれた、自然の洞窟――アオアシラが、その入り口を覆っていたツタの葉をどけると、なかから、何かが這い出してきた。
 少女だった。
 ぼろぼろの衣服をまとった、二歳になるかならぬかの、幼い少女――
「……って」
 愕然と、ハンターは凍った。
 その目の前で、少女は、アオアシラにすり寄っていく。アオアシラは、静かに目を細め、長い舌を伸ばして、彼女の頬を、ざり、と舐め上げた。
 そして、ハンターの方を振り向く。
 何をすればいいのか、わかっているはずだ――とでも、言うように。
 ハンターは、唖然と彼を見返した。
「おまえ……、まさか……」
 まさかも何も――目の前の光景を見れば、結論は、ひとつしかあるまい。
 行方知れずの少女は、アオアシラに保護されていたのだ。
 アオアシラは、彼女を喰らわず、傷つけることさえせず――あまつさえ、その係累を探し、人間の姿を求めていた。
 そして、現れたハンターに、白羽の矢を立てたのだ。
 リオレイアに立ち向かったのも――ハンターを殺されては、この子を連れて戻る人間がいなくなると、そう思ったからだろう。
 時として、獣が人間の赤子を育てることがある、という話は聞いたことがある。
 犬が、仔猫を育てることだってあるのだ。相手がどんな生物であれ、幼く弱々しい存在であれば、母性本能が働くものなのかもしれない。
 だが――これは。
 それのみならず、この子の本来の仲間を探してやる、なんてことは。
 並みの獣にできる真似ではあるまい――
(『人間のような知性は持たないはずだが、時として、驚くほどの賢さを見せることもある』……)
 ハンターは、それが強大種だと、知っていた。
 そして、今――その事実を、まざまざと、見せつけられていた。
 アオアシラが、壁を背に座り込む。
 リオレイアから受けた打撃は、相当深刻なダメージであるはずだ。息が浅くなっている――もう長くないのだろう。同じ強大種とはいえ、遥かに格が違う雌火竜に戦いを挑んだのだ――こうなることは、必然だった。
 少女が、心配そうに、その身体にすり寄る。
 アオアシラの瞳が、ハンターを見つめた。
 何をしている、早くしろ――とでも、言っているかのようだった。
 ハンターは、言葉という言葉を失いながら――
 少女に手を伸ばし、抱き上げた。
 腕のなかで、少女が暴れる。アオアシラが自分を守ってくれていると、理解しているのか――彼のもとへ、戻ろうともがく。
 そのさまを、じっと見つめてから。
 アオアシラは、細めた眼を、ついに、閉じた。
 同時に、その身体から力が抜ける。首がうなだれ、ゆっくりと前に傾いでいく。
 ハンターは――
 深い敬意を以って、その遺体に視線をやった。
「すぐ……」
 ようやく、言葉が滑り出る。震えながら、紡がれた言葉が。
「すぐ……、戻って来るからな。アオアシラ……」
 青熊獣が応えることは、なかった。




 港の酒場には、多くのハンターがごった返していた。
 太刀、ボウガン、ハンマー、スラッシュアックス――思い思いの装備を身に着けたハンターたちが、互いの狩りの成果を肴に、やかましく飲み、喰らい、騒いでいる。まだ昼間だというのに、とんでもない騒ぎだ。
(俺も、その一員になるんだ)
 希望に胸を高鳴らせながら、少年は、その酒場に足を踏み入れた。
 この酒場は、ハンターズギルド直営だ。モンスターに関わるものなど、ライセンスを有するハンター向けの依頼が、壁の掲示板にたくさん貼り出されている。奥のカウンターでは、実際に依頼を請けることも可能だ。
 少年は、ハンターを目指していた。
 幼い頃から、モンスターを狩って生計を立てる、雄々しい暮らしに憧れていたのだ。それで、十五になった今、親の反対を振り切って、粗末な装備を整え、こうしてギルドを訪れたというわけである。
(まずは、ライセンスをもらわなきゃ……!)
 焦り、気の逸る足で、奥へ進もうとする。
 その身体が、硬い何かにぶつかった。
 ちょうど席を立ったばかりの、鎧を身に着けた赤ら顔のハンターと激突したのだ。
「おう?」
 鎧のハンターは、じろりと少年を睨んだ。
「なんだ、てめえ。邪魔くせえところにいやがって!」
「あ、いや、その……」
 鋭い眼光で睨みつけられ、少年は縮こまった。
 その時、
「どいて」
 涼やかな声とともに、何かが割り込んだ。
 それは、青い流星だった。
 鮮やかにきらめく、青い毛並みを全身にまとったひとりの少女が、ふたりの間に立ちふさがっていたのだ。
 よく見れば、その毛並みは、れっきとした防具だった。おそらくは、モンスターの毛皮を素材として利用したものなのだろう。背中に負ったヘビィボウガンも、青い毛皮に覆われている。
 静謐でありながら、染み入るような威圧感を備えた少女の姿に、ハンターは鼻白んで後ずさった。
「ああ――、悪ぃ……」
 空いた間を、少女は泰然と進んでいく。遥かに年上であるはずの、赤ら顔のハンターより、よっぽど風格が満ちていた。
 少年は、思わずそれを目で追った――
 と。
「あー、悪かったな、坊主。ちょいと酔ってた」
 がりがりと頭をかきながら、ハンターが謝ってきた。
 少年は、慌ててそちらに向き直る。
「あ、いや……俺も悪かったから……」
 ただ、その目線は、ちらちらと、去りゆく少女の背中を追っていた。
 それに気づいたか、ハンターがにやりと笑う。
「なんだ、おまえ。あの子のことが気になるのか?」
「え? ああ……うん」
 少年は、素直にうなずいた。
「俺と、そんなに変わらないように見えるのに……あの子もハンターなの?」
「ああ。奴ァ、筋金入りのサラブレッドさ」
 ハンターは、大仰に両腕を広げた。
「この辺りじゃ、ちょいとした有名人でな。伝説の達人ハンターに直に手ほどきを受けた、魔性の少女。通称、《蒼阿修羅》」
「魔性?」
「なんでも、モンスターに育てられたんだとよ」
 にやにやと、ハンターは笑う。言いながら、まるで信じていない風情だった。
 ただ、あの子ならそれもありうるのかもしれない、と少年は思った。そうであってもおかしくないだけの雰囲気が、彼女にあった。
「で、おめえ、ひょっとして、ハンター志望かい?」
「あ、うん。ライセンスを貰おうと思って――」
「そうかそうか。うんうん。俺にもそんな時代があったなあ」
 何やらしみじみとうなずきながら、ハンターが肩を組んでくる。猛烈な酒のにおいがして、少年は、顔をしかめた。
「そら。あっちがギルドカウンターだ。最初のクエストは、まあ、キノコ集めとか、そんなもんだろうが。ちまちまこなして行きゃ、おめえさんも立派なハンターになれるってもんよ。俺みたいにな。はぁっはっはっは!」
「あ、ありがとう」
 ひとりでウケて馬鹿笑いを始めたハンターを、やんわりとかわして、少年は、指差されたカウンターへと足を踏み出した。
(ハンターになれば……、あの子といっしょに働くこともあるのかな)
 まだ見ぬ光景を夢想して、胸がさらなる高鳴りを得る。
 希望の光を両目に宿しながら、少年は、受付嬢へと声をかけた――