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≪白銀に吼ゆる孤影≫


※作中に出てくる設定のほとんどは、ノリで勝手につけられたものです。
基本、信用しないでください。




 大地を白く化粧する深い霜が、ざあっと風に弾けて散った。
 脇目もふらずに駆け抜けてきた毛むくじゃらの四足獣ポポが、馬車ほどもある巨大な身体を大地に叩きつけられ、その衝撃が、風花を舞わせたのだ。
 ポポの身体の上には、節くれだった白い腕が一本、乗っている。
 その持ち主は、成人男性の数倍の全長を誇る、一頭の竜だった。
 白くなめらかな鱗に覆われたヤモリのような印象だ。丸く膨らんだ頭部には目というものがなく、ぎざぎざした細かい牙が何重と生え揃ったおそろしい口だけが、不気味に刻まれている。また、尻尾は頭部と良く似た形状をしており、一見、見分けがつかないほどだ。
 毒怪竜ギギネブラ――そう呼ばれる竜である。前肢の脇に折り畳まれた翼を広げて飛ぶことができるため、飛竜種に分類されている。
 極寒の地に棲息し、体内に猛毒を持つギギネブラは、なまなかな狩人ハンターでは太刀打ちすることもできない、強大な種として知られている。ポポごとき、一撃の元に沈めるのは、わけのないことだった。
 だが、彼はいま、そのために窮地に陥っていた。
 獲物を探していた彼は、脇道からあたふたと飛び出してきたポポを、反射的に仕留めていた。ポポは温厚かつ鈍重な種であり、通常、それほど急ぐことはない――何かに追い立てられていない限りは。
 つまり彼は、他人の獲物を横から掠め取った格好になる。そしてすぐに、ポポが出てきた脇道から、その相手が姿をあらわしたのだった。
 轟竜ティガレックスである。
 ギギネブラより、さらに一回りは大きな体格を持つ飛竜種だ。地を這うような低い姿勢を取るギギネブラに対して、「レックス」の名が示すように、傲然と胸を張り、肩をそびやかしている。赤と青のまだら模様で構成された鱗の下には、ぎちぎちに練り上げられた筋肉がうねり、いかなる爪牙も徹しようがない、硬質の弾力に満ち満ちている。その威容たるや、ギギネブラをして、己が猛毒が通じると微塵も思わされないものだった。
 睨み合う二頭の竜――その間を、凍れる風が吹き抜けていく。山も、大地も、草木さえも白銀に染め上げられるこの凍土にあって、いまや時間すら、白く凍てついているかのようだった。
 先に動いたのは、ギギネブラだった。
 うなり声をあげながら、前肢でポポの身体を引き寄せる。その挙動には、いつ相手が牙を剥いても対応できるように、極度の緊張が張り詰めていた。およそ、勝ち目があるとは思われない強大な種との邂逅に、野生の生存本能が悲鳴を上げ続けている。ギギネブラは、強固な精神力でその叫びをねじ伏せ、じっと相手の様子をうかがった。
 凍りついた時は、いつ溶けるとも知れず、彼の精神をすり減らし続けた。ティガレックスは、すぐに怒りをあらわにはせず、値踏みするような視線を送ってきている。自らに楯突いた、不遜な下僕を見下すような眼に、烈火のごとき嚇怒がじわじわと宿りつつあった。
 やがて、ふい、と轟竜が顔を背けた。
 そのわずかな挙動に、びくりとなるギギネブラには目もくれず、きびすを返して歩き始める。彼の気迫に気圧された様子など微塵もなく、まるで、興が削がれたとでも言わんばかりの態度だった。
 やがて、轟竜ティガレックスの姿が完全に霧氷の奥へ消え去ると、ギギネブラはようやく、長い長い溜息を吐き出した。体内の毒袋で生成される致死性の猛毒を含んだ、紫色の霧を。
 そして、彼もまた、ポポの巨体を引きずりながら、吹雪の奥へと姿を消した。




 ギギネブラの巣は、暗く湿った洞窟の中にある。
 表皮を覆う粘性の体液を壁に擦りつけることで、縄張りの主張マーキングと巣作りの両方を成している。彼の鱗をなめらかに覆う体液は、体内の毒袋で生成された猛毒を混ぜ合わせたもので、襲い来る硬い爪や牙をぬるりと滑らせる防御効果を持つほか、強く糸を引いてなかなか千切れない特性を持つため、快適な寝床を制作するのに役立つのだ。
 そのためか、洞窟内には粘り気のある独特の異臭が立ち込め、この凍土にあって奇妙なまでの湿度の高さを誇っている。
 当然、このような洞窟に差し込む灯りはわずかなものだが、ギギネブラにとっては何ら苦ではない。吸血種である彼らは、生物が放つ赤外線や、吐息が放つ二酸化炭素成分を感知して喰らいつく習性があり、目視を必要としないのだ。実際、目にあたる器官はほぼ退化しており、今は単なる名残として、傷跡のように残されているに過ぎない。
 ギギネブラは、洞窟の行き当たりに築き上げた粘液の巣までポポの屍を運ぶと、ぎゅるぅうういい、と、わずかな声を上げた。
 すると、巣のあちこちから、人間の子供の腕程の大きさの、小さな幼生ギィギたちが這い出してきた。
 前足も後足も、飛竜種の特徴たる皮膜の翼も持たない彼らは、尺取虫のような挙動で地を這い、獲物にかぶりついた。親同様に目はなく、大きな口だけが開かれている。蛇――というよりは、ツチノコの類に近い外見だ。
 仔らが食事にありつくのを、ギギネブラは黙って見守っている。
 本来、毒怪竜は子育てをしない。彼らは強い繁殖力を持つ雌雄同体の種であり、一度交尾すれば、以降数十年の間は産卵が可能になるのだ。粘り気のある塊としか見えない卵を産みつけると、そこから数匹のギィギが生まれる。自らの縄張りのあちこちに、日課のように産卵するのだから、生長した毒怪竜にとって、産卵はマーキングと同義と言っていい。当然、野放図に産卵をするわけだから、個々の仔らの面倒を見ることなどないのだ。
 ギィギは、数十年の時を経てギギネブラに生長するが、その域に辿り着けるものは、ほんのわずかだった。体内に猛毒を宿しているとはいえ、轟竜ティガレックスのように、それすらものともしない種は数多く、動きの鈍いギィギたちは、恰好の獲物となる。むしろ、幼生の生存率が低いからこそ、数撃てば当たるとばかりの産卵性を持つに至ったのだ。
 だが、このギギネブラは、自分の巣の仔らのために、自ら獲物を狩ってきた。それも、強大種と渡り合う危険を冒してまでだ。そのイレギュラーには、当然、理由があった。
 もともと彼は、この地に生まれたわけではなかった。広い凍土のなかでも、より南方の地域に生息していたのだ。そこには、多数のギギネブラと、無数のギィギが生息していた。
 だが、あるとき人間が足を踏み入れた。
 ギギネブラの体液は白子液アルビノエキスと呼ばれ、人間たちの間では、様々な用法に活用される貴重な資源となっていた。そのため、ギギネブラの乱獲が行われたのだ。
 巣を襲撃された彼は、まだ幼いギィギの身であったから、必死になって逃げた。肢も翼もない小さな身体をくねらせ、とにかく逃げた。そうして、気がついたときには、凍土の最奥にさまよいこんでいたのだ。
 そこは、轟竜ティガレックス氷牙竜ベリオロスといった強大種が闊歩する、秘境と言っていい土地だった。ギギネブラがそこをテリトリーから外していたのは、彼らと鉢合わせる危険を考慮してのことに他ならない。
 だが、戻るわけにもいかず、彼はそこで暮らすしかなかった。
 幼い頃は苦難の連続だった。ギィギの身では、鈍重なポポさえ打ち倒すことはできない。気がつかれないよう、こっそりとポポの肢にかじりついて、わずかずつ、吸血して飢えをしのぐのが、精いっぱいだった。
 強大種に目をつけられないよう、できるだけ、夜や暗い場所を渡り歩いた。それでも、氷鳥竜種バギィの群れに目をつけられ、硬いくちばしで全身を突つかれるなど、危難はいくらでも起こった。そのたびに、どうにかそれらを退けて――彼は、成体ギギネブラの域まで脱皮を繰り返すことができたのだ。
 生長した彼の心を占めるのは、強烈な孤独感だった。
 同族が――頼れる仲間が、苦難を分かち合える友が、誰一人としていない世界。そのなかで必死に、がむしゃらに生き続け、一角の実力を形成するに至った彼の胸中には、凍土の風よりなお冷たい、寂寥の渦が吹き荒れていた。
 そこに、もう一頭のギギネブラが迷い込んできた。
 涙腺があれば、涙を流していただろう。爆発的な歓喜を覚えながら、彼はすぐさま求愛し、交わった。胸の孤独を埋め尽くす相手との出会いに、これまでの苦労が報われる気がした。
 だが、その数日後、彼が見たものは、氷鳥竜種バギィの群れにはらわたを食い破られる同胞の姿だった。
 凄まじいまでの憤激が、彼の全身を焦がした。全身の鱗を包む粘液が、瞬時にして毒性を増し、黒く染まって凝固するほどだった。
 十数頭の氷鳥竜種バギィと、それを率いる眠狗竜ドスバギィとの戦いは、熾烈を極めた。彼にとって、それは弔い合戦であり、尊厳を懸けた戦争だった。壁や天井に張りついて、相手の射程距離外から毒の吐息を放ち、近づくものには全身から毒霧を噴き出して応戦した。
 自らも全身を食い破られながらも、彼はとうとう、敵を全滅させた。だが、満足感はいっさいなかった――喪失感の方が、はるかに大きかった。
 彼が子育てをするようになったのは、それからのことだった。
 この暗く澱んだ白の世界で、仲間を得るのが、彼の至高の目的だった。だからこそ、弱々しいギィギたちを自ら守り、育てることが、彼の主上命題となっていた。
 必死に獲物にかぶりつくギィギたちの動きを感じ取りながら、ギギネブラは、未来を夢想する。
 いつの日か――生まれ故郷と同じように、多くの同族が、この地を闊歩する未来を。



 いつものように獲物を探して、ギギネブラは、巣とは異なる場所にある洞窟に来ていた。そこは氷鳥竜種バギィどものねぐらで、彼らが仕留めたポポやガウシカの屍が転がっていることがあるのだ。
 実力差を知っているのか、うなり声を上げつつも遠巻きにこちらの様子をうかがっている氷鳥竜種バギィどもの存在など意にも介さず、辺りを物色していると、ふいに、何か軽いものがぶつかってきた。
 かと思うと、それは一瞬にしてパンと破裂し、赤い粘液を彼の身体にぶちまけた。
 不快感にうなりを上げ、振り向いた彼の感覚は、四つの熱源を捉えていた。
「本当にいやがった――毒怪竜ギギネブラだぜ」
「こっち方面ならいると思ったんだ」
 何事か口にしながら歩み寄ってくる人影――人間たちだった。あるものは巨大な剣を、あるものは重い金槌を、あるものは重厚なる槍を、あるものは火砲を手にしていた。
「行くぜッ」
 一人が、火砲から弾丸を発射した。それは、ギギネブラの表皮を突き破り、体内に食い込んだかと思うと、その場で爆発した――火炎と金属片をまき散らして、ギギネブラの身体をずたずたに引き裂き、焼き焦がす。かつて感じたことのない激痛に、彼は身悶えた。
 その隙に、他の三人が肉薄していた。
 凄まじい重量を備えた金槌がギギネブラの頭部を直撃し、脳震盪を起こさせる。同時に、閃いた大剣が後ろ足を深々と切り裂き、腹部を突き抜く銃槍ガンランスが、至近距離からの砲撃を放つ。瞬く間に全身を暴威に翻弄されていた。
 ギギネブラの咆哮が上がる。
 激痛が嚇怒を呼び覚まし、表皮の粘液が黒く染まった。同時に、全身の穴という穴から紫色の毒霧を噴き出すが、そのときには、前衛たちは鋭く後退し、毒霧の範囲から逃れていた。
 戦い慣れている――巨大なる強大種と。それだけではない、おそらく、同族たる毒怪竜たちとも。
 ギギネブラは巨大な頭をぐいんと伸ばし、狩人どもを薙ぎ払った。たまらず、大剣使いと金槌使いが転倒するが、銃槍使いは得物を楯にして一撃を堪え、あまつさえ、反撃を加えてきた。また、遠距離に陣取る火砲使いが、隙を見ては弾丸を発射してくる。
 ぎゅいいいいいあああああ……!
 ギギネブラは、どんと大地を蹴りつけ、天井に逆さまに張りついた。さらに、そこから毒を含んだ唾液を放つ。爆雷のごとく投下されう猛毒の嵐を、狩人たちは素早い動きで回避していく。
「おい、さっさと叩き落とせよッ」
「てめえらと違って、こちとら再装填リロードの手間が要るんだよッ」
 火砲使いが、初撃と同じ徹甲榴弾を装填し、乱射してきた。何発かは角度が悪く、外れるか、硬化した外皮に弾かれたが、二発ほどがギギネブラに突き刺さり、爆裂した。その衝撃に耐えきれず、ギギネブラは大地に落下してしまう。
 好機とばかりに、前衛たちが斬り込んできた。大剣の刃が右の翼を引き裂き、金槌は相変わらず頭部を狙ってくる。それを振り払ったかと思うと、銃槍と火砲の連撃が、毒怪竜の身体を付け狙ってくる。ギギネブラの皮膚はあちこちが破れ、どろりとした毒性の体液が噴き出した。
 勝てない、と彼は踏んだ。
 再度天井に跳び上がり、這うようにして、進んでいく。火砲使いの弾丸が身体をかすめるが、致命傷には至らなかった。
 奴らに翼はない。天井や空を逃げ回れば、追いつくすべとてあろうはずもない。しばらくすれば、諦めて退散するだろう。
 とにかく、必要なのは一刻も早く姿を隠すことだ。
 洞窟の天井付近にある横穴に、ギギネブラはなんとか身を躍らせた。「待ちやがれッ」人間どもの放つ弾丸は、壁を穿つにとどまる。
 ずりずりと、狭い横穴を這いながら、彼の胸中には、安堵が広がっていた。
 またひとつ危難を乗り越えた――それは、これまで幾度となく感じてきた感覚だった。

 だが、今度ばかりは、それは間違いだった。

 洞窟を出て、白銀の吹雪く平原を渡り、巣のある洞窟に戻ってきた彼が見たものは、炎の嵐だった。
 ぎゅいいいいいいい――――!
 ぎゅぅいいいぃいいいぃいいい……!
 ギィギたちの悲愴な叫びが、爆ぜるようにして響き渡っていた。
 巨大な熱量が我が巣を席巻しているのを、ギギネブラは、茫然となって感じ取っていた。
 巣に、火がつけられている。孵化前の卵も、育ててきたギィギたちも、みな炎に焼かれ、苦しみながら死んでいく。そのそばには、覚えのある、四つの熱源が存在していた。
「お、見ろよ。戻ってきたみたいだぜ」
「お先してまーす、ってな」
「おい、そろそろ塗料ペイントが剥がれてきてるぜ。誰か塗料玉ペイントボール持ってるか?」
「もう要らねえだろ。あとちょっとだぜ?」
 ギギネブラは、咆哮した。
 なぜかはわからないが、巣を特定し、先んじていた不埒な人間たち――勝てるかどうかという打算は、頭の中から吹き飛んでいた。自らの尊厳すべてを守り通すためには、噛み砕かねばならない敵だと知った。
 怒号を発し、その巨体を以って叩き潰さんと、決死の突進を仕掛けるギギネブラ――
 その足元が、不意に崩れた。
「……!?」
 落とし穴だ。
 わずかな穴に全身が埋没し、同時に、設置されていたネットが起動して、彼の全身を絡め取った。肢から翼から、粘着質の網に絡め取られて、容易に動けなくなる。ほんのわずかな穴ですら、乗り越えられなくなるほどに。
「そらよッ」
 そこへ、人間たちが一斉に何かを投げつけてきた。赤いボールが次々とギギネブラの表皮に当たり、弾け、紅の霧を噴き出した。その匂いを嗅いだ瞬間、頭がぐらりと揺れて震え、身体中から力が抜けていくのがわかった。
 常ならば、苦にもならない程度の麻酔だったが、さんざん打撃され、弱りきっていた今の彼には、もたらされる睡魔に抵抗する体力はなかった。
 ぎゅぅうううるああああああああッ……!
 屈するまいと、悲痛の叫びを上げ放つ。その鼻には、未だなお、炎の中でのた打ち回り、死んでいく子らの匂いが届いていた。失われていく未来――奪われていく尊厳――そうはさせまいと願うのに、倒すべき敵が目の前にいるのに、身体が応じず、動かない……そのどうしようもない地獄に、哭くことしかできなかった。
「なんだ、まだ足りねえのか? もう一、二発殴っとくか」
「やりすぎんなよ。生きたまま捕獲する方が、あとあとお得なんだからな」
 笑いながら、人間どもが接近してくる。薄れゆく意識の中で、ギギネブラは、最後の力を振り絞ろうとした。せめて一矢、せめて一太刀でも、奴らに報いてやるために――
 強烈な爆音が轟いたのは、そのときだった。
 叩きつけるような、打ち据えるような、打撃するような、強烈な音の嵐が、狭い洞窟内に反響し、その場の全員を直撃していた。
 狩人たちは口々に苦悶の声を上げながら、耳を塞いでのたうち回った――あるいは、鼓膜が破裂した者もいたかもしれない。
「な……なんだッ」
 激痛を堪え、倒れたギギネブラに背を向けて、辛うじて起き上った大剣使いが、次の瞬間、ぎょっとして叫んだ。
「に――逃げろッ」
 それは、ギギネブラからやや遠く、洞窟の別の入り口付近に位置取っていた、火砲使いに向けての叫びだった。ふらふらになりつつも起き上がった火砲使いが、「え?」と聞き返し、
 真上からの衝撃に圧砕された。
 頭の上から、凄まじい重量を押しつけられ、全身の骨格を粉砕されながら、地面に叩き潰されたのだ。断末魔の悲鳴とてなかった。何が何だかわからないうちに、彼の命は殺戮されていた。
 その上に、凄まじい熱量を湛えた何かがいるのを、ギギネブラの器官は感知した。その熱量には、覚えがあった。
 轟竜――ティガレックス。
 のっそりと、ギギネブラの巣たる洞窟の中に踏み込んできた氷原の王者が、登場と同時に踏み潰した命のことなど気づいてすらいないような風情で、ゆっくりと、洞窟内を睥睨していた。
「ティ……ティガレックスっ!?」
「う、うそだろっ!」
 狩人たちが血相を変えた。いまだおぼつかない足取りで、あたふたと、ギギネブラが入ってきた入り口に向けて逃げ出そうとする。
 遅かった。
 その瞬間、轟竜ティガレックスあぎとから、衝撃波じみた咆哮が放たれていた。
 さながら音の爆弾だ――鼓膜を直接暴打されるような衝撃に、狩人たちが再び悶絶し、もんどり打って倒れた。
 耐えきられなかったのは、彼らばかりではない。天井に張りついていた氷柱が、ばきりと崩壊し、次々と降り注いだ。得物の重さゆえに逃げ遅れていた銃槍ガンランス使いが、ちょうど巨大な氷柱の下敷きになり、胴体をまともにぶちぬかれて、速やかに絶命した。
 そこから先は、蹂躙とでも呼ぶべきものだった。
 逃げる力さえ失った狩人たちに、轟竜は図体に見合わぬ素早さで接近し、まず金槌使いを噛み砕いた。強靭な顎で挟み込んだだけで、金属の鎧がべきべきとひしゃげ、中の内臓ごとぐしゃぐしゃに破砕されてしまった。
 逃げられぬと悟った大剣使いが、顔中に恐怖を貼りつけながら、絶叫とともに躍りかかった。真っ向からの豪快な一撃が炸裂する――だが、それは、轟竜ティガレックスの強固な鱗を傷つけることすらあたわなかった。「ひっ……」愕然と凍った彼の身体は、前肢で横薙ぎに振り払われ、凄まじい勢いで壁に叩きつけられて、そのまま動かなくなった。
 瞬く間の殺戮――まさに、格が違っていた。
 四人の狩人を血祭りに上げた轟竜は、そのまま重い地響きを立てながら、歩いていく――ギギネブラが入ってきた洞窟の入り口へ。絡まって動けずにいるギギネブラの脇を、あっさりと通り抜けて。
 ぎゅうい、と、ギギネブラは鳴いた。
 なぜ、助けたのか、と――なぜ、自分を喰わないのか、と。
 ティガレックスが、わずかに足を止め、振り返った。
 かと思うと、彼はすぐにフンと荒く鼻を鳴らし、顔を戻して、歩き去ってしまった。
 つまらないことを訊くなとでも言わんばかりに。
 地響きが遠ざかっていくのを感じながら――ギギネブラは、ゆっくりと、身体を動かしてみた。
 麻酔は抜け始めていたが、体力が限界に達していた。程なくして自らの命が尽きることを、彼は本能的に察知した。
 彼は、これまで築き上げてきたすべてを粉砕され、その命すらも、ここに果てようとしていた。
 だが――、だからこそ。
 彼は動いた。力を込めた。終わるわけにはいかない――たとえこの命が果てたとしても。
 哭く。
 自らを奮い立たせるように。すべての想いを込めるように。
 絶命間際の白鳥が、最期の歌を奏でるように。
 彼は、残されたすべての力を振り絞った。
 最期にひとつ――自分にできる、すべてのことをやりきるために。




 凍れる烈風かぜが吹きつける。
 骨の芯まで凍てつかせてしまいそうな白銀の脅威は、とうてい、人間が対抗できる類のものではなかった。彼が凍土ここにいられるのは、全身を温める暖気剤ホットドリンクのおかげである。それがなければ、とっくに凍死していただろう。
 編み笠をかぶった、まだ年若い狩人ハンターだ。手には、緩く湾曲した長い刀身を持つ武器――太刀を手にしている。
 落ち着き払った風情で、抜身の太刀を構えた彼の視線の先には、なめらかな鱗を持つ、一頭の白い竜の姿があった。
 毒怪竜ギギネブラである。
 こちらもまだ年若いのか、彼が聞いていたより、その全長はやや小さい。それでも、彼を殺すには十分な毒性と、凄まじい爪牙を備えていることは、想像に難くなかった。
「初めまして――だな」
 旧知の友に接するように、狩人は朗らかに語りかけた。その言葉を解するはずもなく、ギギネブラは、警戒のうなりを放つ。
「おまえが毒怪竜ギギネブラって奴か。悪いが、おまえの縄張りは、行商人の使うルートに差しかかってるんだ」
 穏やかな風情ながら、手にした太刀の切っ先には、まったくとしてブレがない。その態度から、彼の実力を看破したのだろう――ギギネブラも、不用意に動こうとはしなかった。
「こっちも命がかかっていてね。なんせ、辺境の村だから、薬の類が届かなくなっちまうと、困っちまうわけよ」
 ぎゅぅううるぁあああああぁあああ……!
 ギギネブラが咆哮を上げると、狩人が、頬に楽しげなえくぼを刻んだ。
「いいね――おぞましい化け物だって聞いちゃいたけど、そんなことねえ。誇りに満ちた、いいツラしてるぜ」
 男の身体がたわむ。いつでも仕掛けられるように。いや、本当なら、とっくに先手を打っていておかしくないのだが、まるで、彼は会話を楽しんでいるようだった。
「おまえにも生きる理由があるんだな。当然か――生きてんだもんな。嫁さん見つけて、子供作って、ああ生きた、って言いながら死にてえよな」
 応じるように、ギギネブラが哭いた。何かを感じ取ったかのように。あるいは、言葉を解さぬながらも、彼なりに、返答していたのかもしれない。
 だとすれば――たとえ言葉が通じなくとも、互いの意志が通じ合うのだとすれば、それはまさしく会話だった。
「全力で来い」
 男の刃が、ぎらりきらめく。
「俺も全力で行く。命を懸ける。おまえに失礼のないようにな……!」
 瞬間、ふたつの影が同時に跳ねた。
 強大なる爪牙と、鋭利なる剛刃が、霧氷のなかで、きらめき踊った。
 それはまさしく、命の光だった。
 儚げなくせに、太陽のように烈しく燃える、大いなる命の輝きだった。